幕引き
「少年はリーゼリアの任が終わると同時に、その後任にされるだろう」
風生の洞でヴィンドルゼはそう予言した。
予言というよりも確信があったのかもしれない。
そんな言葉に僕は意味を理解できずに首を傾げた。
「…………? どういうことですか? すべてを終えたから任が終わるんですよね? なぜ後任が出てくるのですか?」
問いにヴィンドルゼは瞑目した。
そしてゆっくり目を開いた後に僕を見据える。
「──リーゼリアが負っているものは到底人の身で扱えるものではない。故に少なからず取り零しているのだ。それは誰かが始末をつけねばならぬことだ。……そしてその後始末をリーゼリアが行うことはかなわぬ」
その言葉に口の中が苦くなった。
嫌な予想が頭の中を占め始め、動揺のあまり焦点が定まらない。
「後始末をできないって──」
「リーゼリアはその任を終えるとともに、生も終える」
その口の動きが不自然なほど緩慢に感じた。
そして不必要なほどその言葉が木霊する。
そんな酷い話があるだろうか。
崩れている均衡を正そうと頑張り続けている人が、役目を終えたからとそのまま……。
「そんな……」
絶句する僕にヴィンドルゼは続ける。
「後釜になることで少年が同じ道を辿ることは絶対ではない。だが、リーゼリアが取り零したものを扱えるだけの器でなければ、後釜となった時点で少年も終いだ」
「……………………」
リーゼさんが危惧していたのはこういうことなのだろう。
自身が死んだ後に誰かが代わりを務めて死ぬことになる。
それも代行者の力量次第。
場合によっては事を成せずに、無意味に屍が積み上がっていくことだってありえる。
「少年にはまだ猶予がある。少年がどうなるかは、その猶予期間にどれだけ己を高められるか次第だ」
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──リーゼリアはその任を終えるとともに、生も終える。
風生の洞でヴィンドルゼはあの日たしかにそう言った。
それが今まさに起ころうとしていることを理解してしまったから。
この瞬間を迎えることを知っていて、覚悟してこの場に臨んだはずなのに。
ズキズキとした痛みとこみ上げるような感情がそうさせた。
とても受け入れられない、と。
最初に動いたのは風竜だった。
人の姿になった彼は、倒れたリーゼさんを抱き上げていた。
その姿勢から、地面に倒れる前に抱き止めたのだろう。
「これまでの務め、よくぞ最後まで果たし遂せた」
そんなつぶやきを零した彼の腕の中から、リーゼさんの姿は風にさらわれた砂のように消えていった。
そして、地面に突き刺さっている剣も、持っていた槍や腕輪も内側から爆ぜるように砕け散った。
風竜はそのまま僕のもとにやってくると、僕に小さな黄水晶のペンダントとポーチを渡した。
「持っていけ。お前たちには必要なものだろう」
「え──?」
わけがわからない僕を気にすることなく風竜は元いた場所に戻った。
「──うわっ!」
小さくなった状態で突然僕の前に飛び出たエリアルが何かに弾き飛ばされたかのように転がった。
そして気づけば、王竜に視線が集まっていた。
一体何が起こったのかはわからない。
「エリアル、大丈夫?」
「いてて……。オレは大丈夫だけど……、いきなり契約魔法飛ばすなんて、あんなのを王竜にして大丈夫なのかよ」
たしか契約魔法は魔法を行使する側と受ける側双方の同意を得て実行する前提の、強大な強制力を持った魔法のはずだ。
それを受けて何も起こらなかったということは、エリアルは受ける側に指定されていないということだ。
一体誰に向けられたものだったのかは状況的に想像に難くない。
理解した途端、全身から血の気が引いた。
「どういうことぞ? 王竜とは、無断で契約を強制できるほどの強権を持っているものじゃったか?」
訊ねてはいるが、睨んでいる様子から水竜はかなり怒っていることがわかった。
「どのみち必要なこと。説得する手間を省いただけだ」
「聞き捨てならぬな。それは合理的ではなく怠慢だぞ」
水竜、風竜から非難を浴びせられても王竜は動じない。
まるで当然のことをしたかのようなふるまいだ。
しかし、それが琴線に触れてしまったようでもある。
「ねえ、どういうこと⁉ ママとの約束は⁉」
王竜に対峙するように火竜が中央に飛び出た。
「知らぬ」
「そんなことないよ! ママ、みんなと約束したって言ってたもん。ママがおじいちゃんとの約束を果たしたら、人にはわるいことしないって」
「言ったはずだ。必要なことだと」
「ママは約束を守ったのに、約束やぶるなんてゆるさない‼」
火竜はそのまま王竜に向かって火の息を吐き出した。
その熱に場が焼けるように熱くなり、その勢いで突風が生まれた。
とっさに防御するためにかざした腕をずらせば、威嚇したままの火竜の背が見えた。
その先にいる王竜の姿はほとんど隠れていて頭部しか見えない。
「ママにあやまって! ママ、あんなに痛いのがまんしてがんばったのにひどいよ!」
そして火竜は感情のままに子供のように泣きじゃくる。
流石に気遣うかと思ったが、王竜はそこで折れるようなことはなかった。
あやすこともせず淡々と告げる。
「そのママとやらが完全な状態で保てていれば必要なきこと。力を保てなかったリーゼに非がある」
泣きじゃくる火竜には届かなかったのか、理解できなかったのか、火竜の泣き声は止まらない。
かわりに水竜が口を挟んだ。
「王竜の力なぞ人の身に余る物じゃ。保てぬのも無理はない。非が誰にあろうと、必要であるならば相応の手順を踏むべきぞよ。我らが頂点に立つならば決まりを守らねば示しがつかぬ。──例えどのような理由があろうともな」
ゆっくりと瞑目した王竜はフンッと鼻を鳴らした。
そして目を開いて、未だ泣きじゃくる火竜を押しのけ僕を見た。
「……王竜の力は先程確かに受け取った。だが、一周期近くもの間あれに預けられていたことにより、力の一部が失われた。しかし我らは自らの務めのため定められた地より動くことはできぬ。ゆえに貴様を適任と判断した」
──ちょっと待て。情報量が多すぎる。
王竜の力を一周期近くあれに預けていた? 竜の一周期は人の二〇〇年ぐらいだったはず。
そんなに人は長く生きられない。
それに力を失ったからって、僕に一体何をさせる気なんだ? そこまでは流石に聞いていない。
「──僕に何をしろというのですか?」
「この場において貴様に発言する権利はない!」
言葉とともに投げつけられたのは威圧感。いや威圧したのだろう。
正直怖くてたまらない。先程から膝が笑っている。気を抜けば無様に尻餅をつきそうだ。
だがここで怯めばきっと王竜の思う壺だ。
弱みを見せる訳にはいかない。
「それではこの者が何も理解できぬのじゃ。王竜は決まった。会議も終わったとして良いじゃろう。ならば、この者も発言してよかろうよ」
「それは我が決めること。選ばれなかった王種は黙れ」
「──王竜とは、我ら竜の頂点なれども支配者にあらず。我らが創造主の下、己が使命を果たすため、常に対等にあるべし。……吾の記憶違いだったか?」
「妾もそう心得ておるぞよ」
「ならば、先の発言はどう取れば良い? 我ら王種は王竜に命令される立場であったか?」
会議中のときと同じような口調なのだが、先程よりも圧倒的に刺々しい。
風竜の意見で決まったようなものなので、王竜に対する風竜の憤りもひとしおなのかもしれない。
風竜の言ったことが真実なのであれば、王竜になったことで地竜が他の王種より強くなったわけではないのだろう。
ただ竜をまとめる立場──人で言うところの代表者になっただけと取ることができる。
人における王のように強権を持っているといわけでもなさそうだ。
「…………。……汝らの意見を尊重しよう」
力が増したわけではないのであれば、二体の竜を同時に相手取れるわけもなく、王竜は渋々といった様子で威圧をやめた。
「まずはこの者の問いには妾が答えようぞ。どうにも新たな王竜は配慮が足らぬ」
水竜はちらりと王竜を見た後、僕を見据えて続けた。
「主に課せられるのは、世界中に散った王竜の力を集め、王竜に返すことじゃ。じゃが、その力は人には感じ取ることはできぬ。ゆえに、あの者と同じように王竜と契約を交わし、王竜の加護を得ることになろう。加護によって僅かばかりの王竜の力を使うことができる。その力にて自然と見つけることができよう」
ヴィンドルゼが以前言っていた〝大きな力〟とは王竜の加護のことなのだろう。
そしてそれを受けることができる素質が〝流浪の民〟である僕にはある。
しかしそれを受けきれるかは僕次第だ。
素質はあっても器として十分でなければ、力に飲まれて僕の人生は潰えてしまう。
それがこれまでに聞いた話から導き出した全貌だ。
なぜ〝流浪の民〟にその様な素質があるのかまでは分からないが、もしかしたら古代竜から知恵と名を授けられたことに起因しているのかもしれない。
そして散り散りとなってしまった〝流浪の民〟が今現在どれほど残っているのかはわからない。
ましてや確実に条件を満たせる人物を新たに探すなど困難だろう。
なにより、リーゼさんの思いを知っているのだ。
ずっと一人で誰も巻き込まないよう立ち回り続けた彼女に報いるためにも、放置するなんて選択はできない。
それにこれは風生の洞でヴィンドルゼから真実を聞いたその時から決めていたことだ。




