本題
「ねえ! ボクにもわかるように話してよ!」
その一言にハッとして顔を上げれば、火竜が不満そうに尻尾を振り回していた。
議論は未だ平行線を辿っており何も進展はしていない。
それでも僕だけでなく、エリアルもリーゼさんも発言権はないのでどうにかまとめるように誘導することはできない。
ある意味で火竜のお手柄である。
「……それほど難解なことを話した覚えはないが」
重苦しい口調で零したのは地竜だ。
他の二体も同じ考えのようで、キョトンとした様子で火竜を見ていた。
僕でもそれぞれが主張することは理解できている。
難しいと主張する火竜の問題のような気もするが、今は無駄な議論を中断させたことを称賛するべきかもしれない。
「まあ良かろうよ。先程からずっと同じことばかりじゃったし、ここらで一度話を纏めれば良かろう?」
「リーゼ、頼む」
「はいはい。ここは火竜でも理解できるように噛み砕いて説明するよ」
リーゼさんは、騒がしく尻尾を振り回すリーデルを窘めるように口を開いた。
「今出てきている議論は二つ。一つは霊草について人に再度教えるかどうか。これは本来の議論だね。これの結論が今の議題の最終的な答えになるよ」
火竜に向かって指を一つ立てた。
さらにもう一つ指を立ててリーゼさんは続ける。
「そしてもう一つが、そもそもこの議論をする必要があるのかどうかということ。この議題そのものに問題があるから議論するまでもないというのが理由だけど、その通りならこの議題はここまでだね」
そこで言葉を切ったリーゼさんは全員を見渡すように視線を動かし、肩をすくめた。
まるでこんなことを言わせるな、と言っているようだ。
「まずは水竜の言う通り議題が議論するに値するものかどうか決めれば良いんじゃないかい?」
後はご自由にどうぞ、という雰囲気でリーゼさんは黙った。
その後は今までの平行線が嘘だったかのようにあっという間に話は進み、霊草について再度話すということで決着した。
その場で説明を受けることになるとは思わなかったが……。
瞑目し小さく深呼吸したリーゼさんはマジックバッグから白亜の剣を取り出し、それを目の前に突き刺した。
そして口を開く。
「それじゃあ本題に入ろうか」
その一言で場の空気が変わった。
それまでが茶番だったかのようにそれぞれが放つ存在感が増した。
ついにその圧に耐えられなくなり、僕は口元を押さえた。まるで内蔵を直接押しつぶされたような不快感と痛みに襲われた。
初めてエリアルの圧を浴びたときとは比べ物にならない。これが王種の、王竜候補の力の片鱗なのか。
「まずは王竜に立候補するものは名乗り出よ」
「我こそが次代を担おう」
「妾こそがふさわしい」
リーゼさんが言い終えて間髪入れずに地竜と水竜が名乗り出た。
二体の間で見えない火花が散った気がするほどに睨み合っている。
「他は良いのか?」
問いかけに応答はない。火竜と風竜は立候補する気がないようだ。
「では、立候補しなかったものは立候補者の中から王竜にふさわしいものを選べ。今回は同票だった場合、決闘で決めるものとする」
それまで無関心そうな様子だった風竜も、選べと言われればそうもしていられず閉じていた目を開けた。
「…………。人のような序列などはないが、ここは年長者を立てるとしよう。吾は地竜を支持する」
それだけ言って風竜は再び目を閉じ、地に伏せた。
そして次を待つように視線は火竜に集まった。
突然注目を集めた火竜はなぜか目を瞬かせていた。
「火竜はどちらがふさわしいと考える」
火竜の選択次第で、決闘か決着かが決まる。
ここは穏便に決まったほうが良いのだろうが、僕としては地竜がどういう考えを持っているのかがわからない。
もしも僕たち人間に対して敵意を持っているのならあまり選ばれてほしくはない。
その逆であれば歓迎するのだが。
しかし故郷で聞いた話を踏まえれば、後者の可能性は低い。
火竜は今なお最初と同じように唸り声を上げて悩んでいる。
彼の答えを待つ視線は時間を経るごとに厳しく険しくなっていく。
「答えはいかに?」
ついにこれ以上は待てないとばかりにリーゼさんが再度訊ねた。
それに火竜は慌てたように口をパクパクとさせた。
言いたいことがあるのにうまく言えないという言外の主張だろうか。
「えっと……。……あのね……えっと……えっと……。えっと、わかんない♪」
これだけ引っ張っての無邪気な回答放棄にこの場にいた全員があんぐりと口を開けた。
「リーゼ! 主はちゃんと火竜に教えるべきことを教えたのか⁉」
興奮した様子で叫んだのは水竜だ。
水竜としてはここで同票に持ち込んで決闘で決着をつけたかったのかもしれない。
──二度目の放棄の責任を問いたかっただけかもしれないのだが。
「やれるだけのことはしたさ。まあ、どこぞの誰かがむやみに呼び出したりしなければもう少しマシだったかもしれないけどね」
その自覚があったのだろう。
水竜はぐうの音も出せないようでそのまま黙った。
「それに、本来王種が対処するはずの魔物が放置されたせいで、国中を走り回ったねえ。あれもなければもっと教えることができたんだけど」
今度は地竜と風竜がビクリと反応した。どうやら覚えがあるようだ。
「それで、火竜の回答は無効票にするかい? それとも火竜を説得する場を設けるかい?」
訊ねるリーゼさんの視線の先は水竜だ。
火竜の回答如何で立場が大きく変わるのは水竜だ。その意思を訊ねられるのも仕方がないだろう。
「……………………。わかったのじゃ。此度の王竜の座は地竜に譲ろうぞ」
わかったと言いながらも不服そうな水竜に対して地竜は鼻を鳴らした。
笑ったわけではないだろうが、それに水竜は更に不満の色を濃くした。
「ここに新たな王竜が決まった。王竜ガイドルシュに先代の力を還そう」
その宣言とともにリーゼさんが淡く輝き、その輝きは吸い込まれるように地竜──改め王竜に移っていった。
輝きが収まれば、黒っぽかった鱗は漆黒に変わっていた。
暗いところであればそこにいるのかすらわからないほどに暗闇に同化するような色だ。
そんな変化に目を奪われている間にカラン──と軽い音がした。
気づけばリーゼさんの腕輪が地面に落下したところだった。
そしてリーゼさんの体が大きく揺らめき、そのまま後ろに倒れた。
「────っ‼」
呼びかけることすらできずにいる僕はただ見ていることしかできなかった。
四体の王種──いや、王竜とその候補たちに囲まれている状態で、咄嗟に動けるはずもない。
そして僕はその瞬間から目をそらした。




