会議
古代竜の爪痕は隣国との国境となっている。
その谷は広く深く、橋をかけることすらできないため、どれほど歴史を遡っても隣国から侵略を受けた記録も侵攻した記録もない。
ある意味で、両国にとって天然の要塞となっているのだ。
そんな谷に近づくほど胸がざわつく。
その原因は間違いなく竜によるものだろう。
このざわつきが強くなった時の感覚はエリアルの本来の姿を見たときのものに似ているからだ。
「この谷を降りれば竜の巣窟に入ったも同然だ。覚悟はできているかい?」
ここまで来たのだ。もう頷く以外に選択肢はない。
エリアルの気配に慣れたことで、ここまではまだ大したことはない。
だが最深部まで行ったらどうなるのかは予想できない。
僕に耐えられるのかどうか。
条件付きとはいえ、きっとその点は問題ないと判断されたから同行を許されたのだと信じる他ない。
必ず生きて帰って、あったことを報告すること──それが僕に課された条件だ。
再びエリアルに乗せてもらいゆっくりと降下を始め、ついに谷に入り込んだ。
次第に周りは暗くなっていくが、それでもまだ谷底は見えない。
降下するにつれ竜の気配が大きく強くなっていく。
少しずつ鳥肌がたつがまだその程度だ。
こちらに向けられた視線のほうが恐ろしく感じる。
降下のスピードが速められ、ついに急降下と言えるほどの速さになった。
その状態がしばらく続いて、着地した頃にはエリアルにしがみつくこと以外考えられなくなっていた。
谷底は不思議なことに陽光が差し込んでいるかのように明るく、見たこともないような植物で溢れていた。
「ようこそ、竜の故郷へ」
そう案内された先には巨大な空間が広がっていた。
そこは周囲とは異なり、切り離された空間のように薄暗くなっていて、中央には円卓を思わせるような低く巨大な岩が置かれているのみだ。それ以外に目立ったものはない。
「これからここに王種が集まる。私達の務めは彼らの意思決定を見守ること。どんなことがあろうとも許可なく口出しはできないからそのつもりで」
「ママ~!」
リーゼさんに念押しされたところで、真横に鮮やかな赤色の竜が降り立った。
大きさはエリアルと同じぐらいだ。今のところ恐怖心を抱くほどの脅威を感じてはいない。
「ママ、ちゃんと一人で来れたよぉ!」
少し舌っ足らずな口調でそう言ったかと思えば、鼻先をリーゼさんにこすりつけている。
非常に懐いているようだ。
「ちゃんと見つからないように高い場所を飛んできたのかい?」
「うん!」
「いい子だね。前も言ったけど、今日は私が教えてあげることはできないから、自分でしっかり考えて答えるんだよ」
「うん! わかったぁ!」
きっと人だったら屈託のない笑みを浮かべていそうな雰囲気で赤い竜はリーゼさんにじゃれつく。
それをリーゼさんは少し困ったような表情で相手をしている。
「リーデル、ここへは一人前だということを見せに来たんじゃないのかい? こんなところで私にじゃれている場合じゃないだろう?」
「あっ! そうだった!」
一向におさまりそうもないスキンシップに困り果てたようで、擦り付けられている鼻を押さえて諭す。
言われた方も大人しく円卓に着くため飛翔した。
「おや、坊やが一番乗りか。やるではないか。褒めて遣わそうぞ」
「あ、メルお姉ちゃん!」
僕たちとは円卓を挟んで反対側に褐色に近い青色の竜が着地した。
この口調には覚えがある。
だが、そろそろ紹介してもらったほうが良いだろう。思い込みで判断するのは良くない。
「あの、リーゼさん。そろそろ紹介してもらっても?」
「ああ、そうだね。──最初に来た赤い竜が火竜のリーデル。あの青っぽい竜が水竜メルストロジア。メルとは会ったことがあるだろう? あれが本来の姿なんだよ。それから──今来たのが風竜ヴィンドルゼ。あとはまだ来ていないのが地竜のガイドルシュだね」
リーゼさんが説明している間に、火竜とは反対の位置に青漆色の竜が降り立った。
多少配慮してくれているのか、今のところ足が震える程度で済んでいる。
そろそろ座らせてもらえないだろうか。
ソワソワしている僕に気づいたのか、リーゼさんは指を鳴らして近くの地面を盛り上がらせた。
どうやら椅子のかわりのようだ。
ありがたく座らせてもらったが、これで震えが収まるわけではない。
「ようやくお出ましだね」
その言葉に上を見れば、ちょうど限りなく黒に近い赤褐色の竜が降りてきたところだった。
他の竜たちとは異なり無遠慮な様子で砂埃を立てるように着地した。
同時に圧迫感のようなものが一気に増し、思わずえずきそうになった。
四竜が揃い、円卓を囲む形で立ち並んだ彼らを一望する。
並べることでわかることだが、暗い色の竜ほど大きい。
鮮やかな色である火竜は他と比べて二周り程度小さいように見える。
「全員揃ったから始めようか」
場を取り仕切ったのはリーゼさんだ。
不在である王竜の代わりを務めるようだ。
途端にこの場の空気がピリピリしたものに変わった。
全身が震えそうになるのを必死に堪えなければならなくなった。
「本来なら王竜を決めるだけだけど、絶対者が決まる前に決めたい議題がある」
リーゼさんの合図で空間の中央に進み出たのはエリアルだ。
こうやって見ると、エリアルも鮮やかな色合だ。
「まずは、新たに生まれた種族、空竜を王種に含めるか、についてだ。空竜が現れたのは先代王竜亡き後だ。本来次代に受け継がれるべき力の片鱗から生まれたと考えられる」
「妾は王種に含めて構わんよ。とはいえまだ幼い。次代以降というところじゃな」
「吾も構わぬ」
今のところ水竜と風竜が賛成の意を示した。
火竜はキョロキョロと周りを見回し落ち着きのない様子を見せ、地竜は逆に微動だにしない。
「火竜の意見は?」
一向に意見を言おうとしないので、リーゼさんが振った。
それに火竜は満面の笑みを見せたのだが、リーゼさんに一睨みされてピタリとぎこちない様子に変わった。
「うーんと……えっと……。…………。……難しいことはわかんない♪」
彼なりに必死に考えたのだろうが、その悪気は一ミリもなさそうな答えに誰もがずっこけたような気がした。
そして火竜以外の三竜の視線がリーゼさんに集まった。
見られている当人は頭痛を堪えているように頭を押さえていた。
これは一体何を意味するのか……。
「なら地竜の意見を聞くのが良いじゃろう。どうなのじゃ?」
想定外の回答に収集がつかなくなった場を変えたのは水竜だった。
それに視線が今度は地竜に集まる。
「……我が反対したところで二対一。聞くまでもなかろう。まあ、知性も問題ない。反対する理由はあるまい」
どうやらこの会は多数決で決めるようだ。
なのだが、会で発言権があるのは四竜のみ。完全に割れた場合はどうなるのだろうか。
聞きたいが、この場で僕が発言するのは怖すぎる。
「では、この議題は空竜を王種と認めるということでいいね?」
リーゼさんの問いかけにそれぞれが肯定を示した。
一体だけ妙に明るい声だったが、誰もそれには突っ込まなかった。
「では、次だが──霊草の効果を人間へ再び明かすことについて。現状、人間が霊草と呼ぶ薬草の効能を正しく知る者はいない。ゆえに正しく扱えるものもおらず不要な争いの火種になりかねない。本来のあるべき姿を守るべく情報を明かすべきと考えるため議題にさせてもらう」
「……随分と個人的な問題じゃのう。あれこれ言い訳を言っておるが、要は主の旧友のためであろう?」
「それは否定しない。だが、唯一霊草を扱っていた血筋は途絶えてしまった。正確な情報を知る者も必要だと思うが」
「我はどちらでも構わぬ。今となっては正しく保全できる者もおらぬ。荒れた地を何度も直すのはいい加減不愉快だ。人の手で管理できぬならいっそ絶やすことも厭わぬ」
「地竜よ。それはいささか極論であろう。お前の事情は理解できるが、あれは我らが勝手にあり方を決めて良いものでもない。ならば今一度人に正しき知恵を与えるべきではないか?」
「我はどちらでも構わぬと言ったが?」
「またぬか! まずはこれの議題をわざわざ扱う必要があるかについてじゃろう⁉」
先程のような円滑な進行とはいかず、今度はそれぞれが好き勝手に話を進めるせいでまとめられそうにもない。
そして唯一黙ったままの火竜は竜の姿でふくれっ面になっていた。
こうしてみていると、竜もまるで人と大差ないように思える。
見てくれは確かにまったく異なるが、考え方の多様さは案外似通ったものがあるのかもしれない。
混沌とした議論は終わりそうもない。
口出しできない以上やることもなく、進展のなさそうな議論は僕の耳をすり抜けていった。




