頼ったって良いじゃないですか
「エルムから昔同じパーティにいたことは聞いていたよね?」
風生の洞の前。
少し開けた場所で腰を下ろすなりリーゼさんがそう口を開いた。
その視線は地面に向けられたままだ。
エリアルは小さくなってリーゼさんのマジックバッグの中。
今この場で話を聞いているのは僕だけだ。
「──はい」
エルム殿下からリーゼさんに付いて回るよう命じられた日、明言はされていないものの、エルム殿下とリーゼさんが同じパーティにいたことを聞いている。
そしてそのパーティの顛末も……。
「そのパーティがどうなったかまでは聞いているかい?」
「……仕事中にお二人亡くなって、エルム殿下も瀕死になったと聞いています。何があったのかまではわかりませんが……」
「じゃあ、そこから話さなければね……」
ほんの一瞬だけリーゼさんがこちらを見て視線が合った。
しかし、すぐにそれは悲しげに伏せられた。
「私達はあの日、南方の火山地帯を探索していた。探し求めていた三賜物の残り二つ、〝天空の宝器〟、〝深海の秘杖〟の手がかりを求めて、ね」
「……………………」
「……そんなところを探し歩いている時に、落盤があったんだ。亡くなった二人はその下敷きになった」
無意識にゴクリと喉を鳴らした。
火山地帯は危険が多いと聞くが、まさかそんな事があったとは。
「そして、直後に火竜が落ちた岩盤に乗るようにそこに現れたんだ。二人を助けようにも助けられる状況ではなかった。更にすぐ近くにいたエルムは反応が遅れて火竜の攻撃をまともに受けてしまった」
それがどれほどのダメージか想像に難くない。
相手は竜だ。まともに受けた攻撃で瀕死で済んだのは奇跡に近いだろう。
「遠目にもエルムの息があることがわかったから助けるためにも、私は火竜と対峙し、そして…………火竜を殺した」
そう話したリーゼさんが握った手に力を込めたのがわかった。
後悔してやまないのだろう。
それが何に対してなのかは、今の僕に知る由もない。
「……長老がリーゼさんを竜殺しだと言ったのは真実だったんですね……」
言われた当時はなぜそんな人を貶めるようなことを言うのかと思った。
そして、村に帰って本当のことを聞いたときも不思議に思っていた。
後腐れないという言葉に納得だ。
「ああ、そうだね……」
僕のつぶやきにリーゼさんは頷いた。しかしやはり力ない印象だ。
「……今私が負っている役目は火竜を殺した罰なんだよ。竜を殺せば竜に報復されるんじゃない。竜は竜を殺した者にふさわしい罰を与えるんだ……」
「……リーゼさんに科された罰というのは一体……」
訊ねた僕に向けられたのは、憂いや後悔、哀しみといった負の感情が綯交ぜになったような微笑みだった。
つられて僕自身も苦しくなった。
一体どれだけのものを背負わされているのだろう。
「──新たな火竜を育てること。そして、次代に託せなかった王竜に代わってその力を預かり、次代の王竜に繋ぐこと。それが私に科せられた罰だよ」
一拍置いてリーゼさんは続けた。
「……いま起きている問題も、いま私がやらなければならないことも、全て私が原因だ。それに君を巻き込んでしまった。本当に申し訳ない」
ついに深々と頭を下げたリーゼさんにどう答えれば良いのか分からず、頭の中が真っ白になった。
めちゃくちゃになった思考を整理するように深呼吸をして、思ったことをそのまま言葉にすることにした。
「…………。僕、本当はリーゼさんに村で起きたことの真実を聞いたら、その後はそこそこの暮らしができる程度に仕事ができればいいって思っていたんです」
あの時は村に戻ることなんて一切考えていなかった。
信用できない人たちに指図されながら暮らしていくなんて嫌だと思っていた。
「いざ冒険者になってみたら、ギルドの雰囲気はどこか悪くて、魔物も変異種なんて出てきちゃうし……冒険者になったのは失敗だったかなって思ったこともあります」
いきなり絡まれたし、肝心な説明がされないこともあったし、訓練所で学んだことも通用しなかった。
「でも、僕のことを気にかけてくれる先輩方やギルマスに出会えたこと、何よりリーゼさんに指導してもらえて良かったって思っています。これも結局冒険者になっていなければ得られなかった経験ですし、知ることすらできなかったことだってあります」
ドレークさんやゼインさんが気にかけてくれなければ、今頃割に合わない依頼ばかり受けていたかもしれない。
ギルマスが目にかけてくれていなければ未だにDランクのままだったかもしれない。
エルム殿下に命じられたからという後ろ向きな理由でも、リーゼさんに指導してもらえたからこそ変異種をなんとか倒せるぐらいには強くなれたのだ。
竜や瘴気のことだって、普通に暮らしているだけでは知ることはなかっただろう。
村を出ることを選んだからこそ得られたことだ。
「自分が思っている以上に僕は無知で無力で……。それでも──」
僕自身ができることなど、今でもリーゼさんの足元にも及ばない。
知識も経験も何もかも、この先一生追いつくことなど叶わないかもしれない。
それでも。
「──冒険者になったことに後悔はありません」
「…………アルノルト……」
僕を見る赤い目がゆっくりと見開かれて、そしてまた伏せられた。
「……君は……このあと──」
「実は、このあと起こるであろうことはヴィンドルゼに全部聞いているんです」
言いづらそうな様子のリーゼさんの言葉を遮って僕は続ける。
「リーゼさんは、大勢の人を巻き込んで不幸にしないために今まで一人で背負ってきたんじゃないですか?」
この問いには確信があった。
リーゼさんに科された罰が聞いた通りなら、リーゼさんは冒険者として国内を走り回る必要はないのだ。
次代に繋ぐために四竜に会う必要があったのであれば、彼らを探すだけで良くて、わざわざ関係のない魔物を討伐して回ることなどしなくて良い。
今までそうしてきたのは、魔物の異常の影響、被害を最小限にするためではないだろうか。
リーゼさんは常に自身の罪の償い以上に、大勢の人の平穏に重きをおいていたのではないかと思うのだ。
「……そう、なのかもしれないね……」
ポツリとこぼれた言葉は肯定しながらも自身の中で納得できていないようにも感じた。
彼女の中で整理できていないのかもしれない。
「──それは、リーゼさんが原因を作ったから一人でやらなきゃいけないって思っているんじゃないですか?」
「……………………」
「──頼ったって良いじゃないですか。無関係の人たちを大勢巻き込まないようにするって目的を果たすためなら」
故郷で長老や顔役に全員を助ける道を諦めたくないと豪語しながら、結局長老たちと同じ選択をしている。
情けないなあ……。
「……僕が倒れちゃったときのことを覚えてますか?」
「──? 念話が途中で切れたときかい?」
突然の問いかけにリーゼさんは僅かに疑問を表情に浮かべた。彼女の疑問に僕は頷く。
「あの時、様子を見に来てくれた人が言っていたんです。──迷惑だなんて思ってないって。僕も同じですよ。必要としている人がいるなら少しでも力になりたい──誰だって思うことじゃないですか? だから良いんですよ。リーゼさんが頼り辛いのは、背負っているものが少し大きすぎるからですよね。でも頼られる側にとってその大きさは些細なことなんです」
一息ついて、リーゼさんを見る。そして精一杯の虚勢を張る。
「僕のことはリーゼさんが気に病む必要なんてないんですよ。僕を巻き込んだのはリーゼさんじゃなくてエルム殿下なんですから。僕は思いっきりエルム殿下を巻き込む気でいますよ!」
「……なんだい、それ」
プッと吹き出すように笑ったものの、それは苦笑いのようなものだった。
それでもずっと思い詰めたままより断然良い。
「正直怖いですよ。もしかしたら役目を負った瞬間にあっけなく死んじゃうかもしれないんですから。……でも、僕は〝リーゼさんが鍛えてくれた僕〟を信じます」
はっと顔を上げたリーゼさんと目を合わせるようにして続ける。
初めて出会った時に彼女がそうしたように。
「だから後のことは任せてください。〝あなたが鍛えた僕〟に」
「──…………っ」
今にも泣き出しそうな、それでもすべての感情を押し殺したようなそんな表情を一瞬見せてリーゼさんは俯いた。
「……本当に良いのかい……?」
僕は無言で頷いた。それは初めて風生の洞にやって来た日から決めていたことだ。
「…………あの時、ユーリスはこんな気持だったのかねえ……」
ふわりと柔らかく温かい風が吹き抜けた。
呟くリーゼさんは懐かしくも切なそうだった。
しかし僕にはなんのことか分からず首をひねるしかない。
「…………?」
「──ありがとう、アルノルト。……ここに来てくれたのが君で良かった」
立ち上がって言ったその表情は少しだけ晴れやかだった。
その様子に安堵したものの、素直に喜べない。
先へ進むことすら促せない。
今の僕にできるのは、少しでも前を向けるように支えることだけだ。
「さあ、そろそろ行こうか」




