空にて
「王種会議──ですか?」
古代竜の爪痕を目指して帝都を出た僕たちはエリアルに乗せてもらった。
徒歩で一月かかる距離もあっという間だ。
今向かっている古代竜の爪痕に向かう理由を訊ねたところ、返ってきた答えがそれだった。
王種という言葉は何度か聞いた覚えがあるが、会議とはなんとも人間のような響きだ。
人よりも遥かに個体数が少ない竜でそのような概念が存在していることに驚きを隠せない。
「そう。竜の中でも竜の頂点である王竜にふさわしい力を持つ四竜の中から次代を決める会議だ。竜が力で物事を解決していたら、守っている土地を壊すことになってしまうから話し合いの形を取っているんだろうね」
僕の驚きに気づいているのか、リーゼさんはそう付け加えた。
確かに王竜を決めるのに力を行使されていては、同じ地に住まうものとしてはひとたまりもない事態になりそうだ。
「今は王竜が不在だけど、竜の上位層が一堂に会する少ない機会でもあるから、この機会にエリアルを含めた空竜を序列に加えるのかを決めるのと、人が失った知識を再び明かさせるつもりなんだよ」
本来の目的は理解できる。
そこに他の目的を持ち込むのも分からなくはないのだが、問題はその内容だ。
王種とそれ以外、とはっきりした関係性があるのに空竜だけが決まっていないのはなぜだろう。
それに知識を再び明かさせるとは竜がどうこうというより人の問題ではないだろうか。
「空竜の序列ってどういうことですか? 格を上げるならなんとなく想像はできますが」
「空竜は最近生まれた新しい種族なんだよ。四竜はもとより、他の竜や眷属も古代竜が存在した時代から続いている種族なんだけど、ここに来て突然現れたんだ」
竜が古代竜がいたとされる時代から続く種族であることにも驚きだ。
それも空竜以外全てがそうだというのだから、竜のことをいかに知らないのか突きつけられたような気分になった。
「四竜の眷属とかならこんな話をする必要もないんだけど、どの眷属でもなく、飛竜のような下位種族でもないってなると、放置するわけにもいかなくてね」
眷属、下位種族。どれも聞いたことがない言葉だが、それが分からなくても空竜が異常な状態であることは理解できた。
数百年、数千年も続く歴史の中で突然新たな種族が現れたともなれば、扱いをどうするべきかは決めなければならないだろう。
特に知性があるのであればなおさらだ。
魔物のように本能で行動するだけであれば、力関係で勝手に決まるだろう。
「なるほど。じゃあ、知識を再び明かさせるというのは? なんか人の都合を持ち込んでいるような気がしますが……」
「ほぼ私の都合だよ。とはいえ、失ったままで良いものでもないからね……」
「その知識というのは……?」
「霊草だよ」
霊草について知られているのは、煎じれば万能薬になるということと、そのまま使えば逆効果だということ。
煎じる手順はある一族だけが知っていたが、その一族も生きているか定かではない。
言い伝えも曖昧なものばかりで、具体的な記録についても聞いたことがない。
つまり専門家はもういないと考えても良いだろう。
詳しく知る必要があるというのは、その扱いの難しさからも当然のように思うが、なぜそこで竜が出てくるのかは疑問だ。
単純に寿命の長い種族だからというわけでもないように思う。
「どうしてそれを竜に聞くんですか? 繋がりが見えないんですが……」
「アルノルトは三賜物は知っているかい?」
三賜物──はるか大昔、神々がまだこの地にいた神代と呼ばれる時代に、神々が残したとされる聖遺物のことだ。
そんな大昔のものはせいぜい噂程度のことしか伝えられておらず、具体的に何を指すのかまでは知られていない。
かくいう僕も噂に聞く程度のことしか知らない。
それがなぜここで出てくるのか。
「……名前だけは……」
「まあ、そうだろうね。〝天空の宝器〟、〝深海の秘杖〟、そして〝大地の聖草〟。これが三賜物。〝大地の聖草〟が私達の言う霊草のことなんだ」
一つずつ指を立てながらリーゼさんは話す。
どれも聞いたことのないものだ。
「三賜物は神々が残した物。そして竜はその神々の数少ない眷属なんだよ。私が知る限りでは三賜物について正しく知っているのは竜ぐらいだろうね」
説明を聞きながらふと思った。
一般的に伝え広められていないことでも、レフェスの記録に残っているのではないか、と。
神代の記録はないとしても、霊草を扱っていた一族がいたのだから、関連して残しているのではないだろうか。
「あの、もしかしたら僕の実家に何かしら資料があるかもしれません」
「残念だけど、そこには記されていないよ。レフェスの役目は記録ではあるけれど、主軸は歴史だ。事細かな手順とか役割とかは対象にしていないんだよ」
「でも、調べてみたら見つかるかも……。人によって記録の仕方は違いますし」
この前聞いた話では、記録の仕方、内容についての細かな取り決めはなさそうだった。
ユーリス爺さんの手帳もそうだ。
最初こそ真面目に事件や噂話を記していたが、途中からは個人的なものも混ざっていた。
そうであれば、過去に遡れば専門的なことも記されている可能性もありそうな気がする。
「──昔、問い合わせてもらったことがあったけど、見つからなかったんだよ」
頭を振るリーゼさんは少し残念そうだった。
きっと何かしら見つかることを期待していたのだろう。
「……そうだったんですか……」
「あれから誰かが記録したとも思えないし、今から調べるのも無駄だね」
「…………。──あれ? リーゼさん、僕の実家のこと知ってるんですか?」
よく考えてみれば、リーゼさんに実家のことを話した覚えはない。
なので、僕の実家に大昔の資料があることは知らないはずだ。
そのはずなのに、何故か話が噛み合っている。
偶然、と言うには具体的なことを知りすぎている。
「ん? とっくに気づいていると思ってたけど、私の夫はレフェスだよ」
「えぇ⁉」
驚く僕をよそにリーゼさんはエリアルに下ろすよう指示した。
エリアルに乗ったまま爪痕を降りることも可能なのだが、一度辺境伯領に寄りたいらしい。
なんでも話しておきたいことがあるそうだ。
逼迫した状況で時間を取ってまで話したいこととは一体なんだろうか。




