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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
5章 限界
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共闘

「大丈夫⁉ ──ってアルくん⁉」


 同時に僕は担ぎ上げられていた。

 それをしたのは、ここからはるか南方にいるはずのゼインさんだった。


 ゼインさんは微動だにしない僕を見て状況を察したらしく、少し離れた場所まで僕を運んでくれた。

 そして彼自身はすぐに魔物のもとに向かう。

 その先では炎をまとった戦斧を振り回すドレークさんの姿があった。


 九死に一生を得るとはまさにこのことだろう。まさか助けが来るなど思いもしなかった。

 それも近くにいるはずのない人物たちがだ。

 御者さんがギルドに駆け込んでくれたのだったとしてもありえない状況だ。


 先程まで僕がいた場所付近でドレークさんたちは二体の魔物と戦っている。

 僕のような危うげな動きはなく、堅実に相手と渡り合っていっている。

 二対二であるため標的から外れている方から不意打ちをされることもなく、互いに牽制しあって膠着に近い状況でもある。


 しかし事態はそこから先に進むことはなかった。

 魔物の攻撃はゼインさんが悉く妨害して不発にしているが、ドレークさんの攻撃も決定打に欠けている。

 僕と同じように火魔法をまとっているにも関わらずだ。


 こうなればどちらが均衡を崩すかにかかってくる。

 この場合先制したほうが勝者となるだろう。

 ゼインさんの矢が尽きるのが早いか、ドレークさんの攻撃が通るのが早いか。


 そんな状況を僕は見ていることしかできない。

 指先を動かすことも、スキルを使うことも未だにできずにいる。

 それが悔しくてたまらない。


 それまで善戦していたドレークさんの動きも少しずつ鈍くなってきている。

 疲労が溜まってきているのだろう。

 いくらAランクとはいえ、元は同じ人間。動けば当然疲れるものだ。

 その疲労をどれだけ遅らせられるのか、というのも強さの基準なのかもしれない。


 樹に凭れたまま二人の戦いを眺める。

 その間考えるのは、もしもそこに参戦するならどう立ち回るか、だ。


 冒険者になりたての頃はよく二人に同行させてもらっていたが、その頃と今とでは互いにだいぶスタイルに違いが生じている。

 僕なら武器の構え方から戦い方もさることながら基礎的なところも大きく異なっているはずだ。

 そしてドレークさんたちも殿下の無茶な依頼を受け続けたことで何かしら変わっているはずだ。

 なのでかつてのようにできるかと言えば、それはわからないのだ。


 ゆえに今こうしてできることが殆どないうちに、どうすればうまく噛み合うのか考えていた。


 考えることしばらく、ある程度の算段がつきそうな気がし始めた頃になってふと気づいた。

 無意識に手を動かしていたことに。


 スキルの代償は疲労や怪我とは異なり痛みや異常があるわけではないので、解消したのかどうかを判断するには動かすしかない。

 考えることに集中しすぎていたわけではないのだが、僕の癖なのか気づかずに手を動かしていたのだ。

 手をついて立ち上がることも出来た。その他異常もなく、問題なく戦えそうだ。


 さらに一つ良いことがあった。

 大人しく待機している間に消費した魔力が回復していた。

 通常、自然回復するにはそれなりの時間が必要なのだが、思っていたよりも消費していなかったのか、このあたりの魔素が多いのか、ほぼ全快の状態だ。

 流石に身体超化を使う訳にはいかないが、火炎条を使うことは可能だろう。


 二人と魔物の動きを見据えて、僕は駆け出した。

 狙うはゼインさんに牽制されるのみでほとんどダメージがない方の魔物だ。


「身体強化、剣技威力強化、魔法威力強化、硬化!」


 走りながらスキルで自身を強化すれば、走るスピードがぐんと上がったのがわかった。

 身体強化だけでもそれなりに効果はあるということだ。


 そのまま突っ込む勢いで駆け抜けて、剣を振り抜いた。

 当然振り抜く前に詠唱は終わらせてある。


 最初の一体の時のような効果はないものの、切りつけた箇所は深めの火傷となったようで、魔物はジタバタともがきながら走り回り始めた。

 それに動揺したもう一体の魔物の動きは止まり、突然の僕の登場にドレークさんたちも驚きながらこちらをちらりと見た。


 魔物とドレークさんたちの違いは適応力というところで差が出た。

 仲間の突然の乱心に固まった魔物に対して、ドレークさんたちはすぐに気を取り直して魔物に切りかかった。

 その差が戦いの均衡を崩し、ついに大きなダメージを与えるに至った。


 それでも倒せたわけではない。早く仕留めなければもう一体が戻ってきてしまう。

 そうなれば先程のような不意打ちはできず、膠着状態に逆戻りになるだろう。


「ドレークさん! さっきのやつは連撃できますかっ?」

「ああ、あまり長くは保たないが一呼吸の間、二、三回ぐらいならできるはずだ」


 問われたドレークさんはこちらを見ることなく答えてくれた。


 回答と現状を合わせて計画を大幅に変更する。

 逃げ回っていた魔物がすぐ近くまで戻ってきていたのだ。

 ここは一体ずつではなくまとめて倒す他ない。


「僕が二体の動きを止めます! その間に奴らにさっきと同じものを! ゼインさんは補助をお願いします!」


 二人は何も聞くことなく頷いてくれた。

 先程まで考えていたことが全て無駄になってしまったが、そんなことよりも魔物を倒すことのほうが優先だ。


「熾場!」


 詠唱を終えるとともに発動させた魔法は一定の範囲を火の海にするものだ。

 火の海と言っても激しく燃え盛るようなものではなく、いわゆる無炎燃焼のように炎は見えない。

 そのうえ地面に触れているものが焦げる程度の威力しかないので、今相対している魔物を倒せはしない。

 それでも魔物の足止めには十分だった。


「どおりゃああぁぁぁ‼」


 動きを止めた魔物に向かってドレークさんが一撃を浴びせた。

 まずは目の前の魔物、そして遅れて熾場の範囲内に入り込んだ魔物だ。


 ドレークさんの攻撃は当然のことながら火属性になっている。

 その攻撃は熾場の副効果で威力が底上げされている。

 さらに後追いで放たれたゼインさんの補助魔法で先程よりもダメージは大きくなっているはずだ。


 二体の魔物はその場で倒れた。

 まだ息はあるようで腹が上下している。

 だが、そこは熾場の範囲内。少ないながらも火属性のダメージを受け続けることになる。

 やがて起き上がる力も失い、だらりと頭が地面につき、動きもなくなった。


 ドレークさんの指示で熾場を解除すると、ドレークさんたちは二体の確認を始めた。

 そして二人が頷いたことで討伐が完了したことを理解した。


 途端に僕は地面に座り込んでしまった。両手も小さく震えている。

 今頃になって怖くなったのだ。

 考えてみれば、Bランクの魔物を相手にすることが多かったとはいえ、暫定Bランク以上の変異種を相手にすることはなかった。

 それにドレークさんたちが来てくれていなかったら死んでいたであろう状況だったのだ。

 怖くなかったほうがおかしい。


「大丈夫? 立てる?」


 手を差し伸べてくれたのはゼインさんだ。

 お礼を言って立ち上がり、ずっとあった疑問を口にした。


「どうしてここに? 確か、まだルーメア伯爵領にいる予定だったんじゃ……」

「向こうでもここの魔物のことが話題になっていてね。僕たちの最優先事項は変異種の討伐だから、殿下に頼んで転移してきたんだよ」


 きっと一度帝都に転移して、ここに再度転移したのだろう。

 変異種討伐は殿下が依頼したことだから融通してくれたのかもしれない。


「合計で三体か……。いくらなんでも多すぎだろ」


 ワイルドボアの処理を終えてやって来たドレークさんがうんざりしているような口調でこぼした。


「同時に複数体というのは今までなかったね……。殿下もそんな報告は今までなかったって」


 いつの間にかゼインさんは殿下に報告していたようで、そのまま殿下に言われたことを伝えてくれた。

 その中には今回の件とは関係のないものまで含まれていて、僕は驚きに固まってしまった。


 そんな僕のことなどお構いなしに目の前に転移魔法の陣が現れ、程なくして大きな渦が浮かび上がった。

 そして否応なくそこに押し込まれるのだった。




▓   ▓   ▓




 転移した僕たちはそのまま真っすぐ皇弟エルム殿下の部屋に向かった。

 ドレークさんたちは先程のワイルドボアの件とルーメア伯爵領での件の報告に、僕は依頼されたものを届けに、と別々の目的を持って。


 出迎えたエルム殿下はいつものように爽やかな笑みを浮かべていた。

 真っ先に霊草を受け取り、それを片手で弄ぶ姿はとても扱いに慣れているように見えた。


「殿下、霊草はそのまま使わないように、と言付かっています。くれぐれも扱いにはお気をつけください」

「──ああ、よくわかっているとも」


 その返事に言い表しようのない違和感を覚えた。

 懐かしそうにも見えるが忌々しげにも見える。

 殿下と霊草にどんな繋がりがあるのか、僕には想像もできない。


「さて、アルノルト。霊草の入手、ご苦労だった。報酬を渡すとしよう──と言いたいが、変異種の件がある。そちらと合わせて渡そう。その前に今回の変異種について詳細を報告してくれるかな」


 言われるがまま、どういう経緯で遭遇し、何があったのかを話した。

 変異種の強さについてはドレークさんとゼインさんの意見も添えられる形で報告を終えた。


 その後殿下は考えるように手を顎に添え、眉間にしわを作った。


「…………。ついに我々では対処できない所まで来てしまったか……。リーゼ、考えを聞かせてほしい」


 殿下の呼びかけに応じるように扉が開いた。

 そこから現れたリーゼさんとともに入り込む気配に息を呑んだ。

 それは僕が今まで感じていたものとは異なるのだから。


「……限界だろうね。これ以上先延ばしにはできない」

「そうか……。行くんだな」


 普段は明るい印象を与える表情ばかりをしていた殿下が珍しく表情を曇らせた。

 そして大きく息を吐きだし、何か決意めいたものをにじませて僕たちを見据えた。

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