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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
5章 限界
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代償

「身体強化、斬撃強化、加速……」


 有効そうなスキルを使う。

 どれもこの三年で習熟度が上がっており、効果量は三年前とは桁違いだ。


 僕は前に一歩踏み込んで一気に魔物の足元に接近した。

 反応が遅れた魔物の足にそのまま一撃をお見舞する。

 しかし、剣は傷をつけることなく弾かれてしまった。

 三年前の個体と同じく表皮がかなり硬いようだ。


「なら──。風刃!」


 物理がだめなら、試すのは魔法だ。

 とはいっても、風刃は斬撃スキルなので、厳密には魔法とは異なる。

 だが剣身をあてないので物理攻撃とも異なるのだ。


 至近距離で放った風刃は当然のように魔物に命中したが、こちらもやはり無傷だった。


 横目に魔物が後ろ足を振り上げたのが見えた。

 とっさに跳躍を使って後退し距離を取る。


「さっき、御者さんにギルドへ応援を依頼してもらえばよかったかも……」


 思わずそんな独り言が漏れた。

 しかし、この期に及んで悔やんだところで手遅れだ。今更頼みに行くことすら出来ない。


 空いている方の手で頬を叩いて気合を入れ直す。

 泣き言を言うぐらいなら対策を考えるべきだ。


 今の僕なら使える魔法はそれなりにある。

 後先考えずに強めの魔法を使うという選択肢もあるが、詠唱が必要な上に魔力切れで身動きが取れなくなる。

 ここぞというときにとっておきたい。


 本来は雑魚魔物なので魔術師以外で気にする者はあまりいないのだが、通常のワイルドボアは火魔法に弱いとされている。

 僕が使える魔法の中で火魔法に属するものは三つある。

 そのうち詠唱なしで使えるのは一つだけだ。威力は期待できないが、効果を測るぐらいはできるかもしれない。


 試しに先程攻撃した場所めがけて放ってみれば、大きなダメージを与えることはなかったもののひるませることは出来た。

 倒すには魔法も合わせていく必要があるということだ。


 戦闘技術として武器に魔法を纏わせるというものがある。

 言うのは簡単だが、技術としては難易度が高い。

 理論上、剣技に合わせて魔法も維持し続ける必要があるので、それに応じた魔力と精神力が必要とされている。

 剣士は魔法適性が低い者が多いため、魔力も精神力も低く維持できない者が必然的に多い。


 かくいう僕自身も魔法適性が低い。

 いや、正しくは低かった。三年にも及ぶ訓練で無理やり底上げしたのだ。

 とはいえそれにも限度があり、やはり天賦の才には敵わない。

 武器に魔法を纏わせるのも小手先の技で工夫しても数回が限度だ。それだけで倒せるだろうか……。


 そんな泣き言を言ったところで、御者に応援の依頼を頼まなかった時点で救援が来る可能性はない。

 自力でどうにかするしかないのだ。いい加減腹をくくらねば……。


 大きく息を吐きだし、呼吸を整える。剣を構え直して意を決する。


 相対する魔物も準備万端と言わんばかりに前足で何度も地面を掻いている。


「身体超化、剣技威力強化、魔法威力強化、衝撃軽減、硬化」


 言い終わると同時に地面を蹴れば、先程とは比べ物にならない勢いでワイルドボアに接近する。

 身体強化スキルの上位互換である身体超化のおかげだ。

 なんとスキルによる強化量は身体強化の二倍もある優れものだ。

 ただし、その後の代償もあるのであまり乱用は出来ない。


 魔物まで肉薄し剣を振る寸前までに素早く詠唱する。そして振ると同時にそれを放つ。

 結果生み出されるのは別の攻撃。


「火炎条!」


 剣を薙いだ後を追うように炎が線を描く。それは切りつけたワイルドボアの足に巻き付くように燃え広がる。

 それに驚いたのか、ワイルドボアはその場で消火したいかのように地団駄を踏む。


 風刃のような遠距離攻撃にはならないが、火炎条も剣技でありながら物理攻撃にはならない。

 そして斬撃スキルでもなく、魔法攻撃扱いになる。そのため剣技威力強化と魔法威力強化の両方がかかるのだ。

 それなりにダメージがあるはずだ。──そうでなければお手上げだ。


「あ、あれ……?」


 スキルによる強化を複数得た火炎条は今なおワイルドボアの身を焼き続けている。

 その範囲は徐々に広がり、やがて全身にまで及んだ。

 ──流石にこの結果は想定外だ。


 嘶きのような悲鳴が響き渡り、地響きのような轟音とともにワイルドボアが倒れた。

 微塵も動かずだらりと手足が下がっていることから確認するまでもないと思ったが、念のため生死を確認しなければと近づく。知能の高さからカルラのような狸寝入りも否定できない。

 それにこの後に待っている代償を考えれば、まだ生きていてもらっては困る。


 随分と重くなった足で三歩歩いたところで視界がぐらりと回転した。

 そのままもつれるように盛大に転んだとわかったのは全身に伝わった痛みのおかげだ。

 痛覚もなければ何が起こったのか理解できなかったかもしれない。

 ──これがスキルの代償だ。


 通常、スキルを使って代償が発生することはない。

 僕がこれほどの状況に陥っているのは、身体超化が僕にとっては過ぎた力だからだ。

 身体超化を使うには僕の能力値は少々足りていない。


 身体超化を習得できたのはほとんど偶然のようなものだった。

 本来であれば使用できる能力値になってから習得できるものなのだが、厳しい訓練による──能力値の急上昇で習得できてしまったのだろう、とリーゼさんは言っていた。

 そして、身の丈に合わないスキルは絶対に使うな、と厳命もされていた。

 にも関わらず何度か試しに使ってみて毎度この様な状況だ。

 それがわかっていたから最初は使わなかったのだが、倒せたとはいえこの有様では素直に勝てたとは言えない。


 指先すら動かすことが出来ない……。

 これでは回復薬を飲むことすらできない。まあ、飲めたところでスキルの反動を回復できるかどうかは分からないが……。


 ちゃんと倒せたかどうか確認できていないのが心残りだが、今は回復に専念する他ない。


 ──え⁉ そんな、ここで二体⁉


 運良く使ったままになっている気配察知に新たな反応が現れた。

 それも、探知範囲のだいぶ内側に入った部分に先程の個体に似た反応が突然、だ。

 更にはそれが二体と来た。

 万全な状態でも一体がやっとなのに二体は流石に無理だ。


 今の僕が取れる選択肢は二つ。

 一つは諦めて魔物の餌になること。もう一つはダメ元で救援を求めることだ。

 街から離れているため大声を出したところで届きはしないだろう。やるならば念話だ。

 だが、僕が念話で連絡できるのは全員、近くの街よりも遥か遠くにいる。

 連絡できたとしても間に合う可能性はゼロに等しい。

 そして、最大の問題はスキルが使えるようになるまでの時間と残っている魔力で届くかどうかだ。


 魔物の反応はものすごい勢いで近づいている。考えていられる時間は少ない。


 ──ああ、もう! うじうじ悩んでもしょうがない! 足掻けよ僕‼


 そう自身を叱咤して念話スキルが使えないか試行錯誤している間にも、魔物の反応は近づいてくる。

 そしてついに肉眼でその姿を見つけてしまった。

 何度もスキルを使えないか試しているが、使える気配は未だにない。


 その姿は刻一刻と大きくなっていく。

 このままではあの巨体に踏み潰されて挽き肉と化してしまうだろう。

 せめて動くことさえできれば。そう思いながらも八方塞がりの状況に打てる手が思いつかない。


 もうだめだろう。そう諦めて目を瞑る。

 音でおおよそ想像できてしまうが、何も見えないほうが少しはマシだろうと思ったからだ。


 先程から鳴り響く大きな蹄の音はどんどん近づいてきている。

 もうそろそろだろうか、と思ったところで何かがぶつかったような激しい音が響いた。

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