あの日の真実
「みつかった?」
「ああ。ただ、この村には詳しい状況は伝え及ばなかったようだ。記録として残っているのは国王崩御と王都が戦火に見舞われているといったことぐらいだな。その後はだいぶ飛んで新国王即位だ」
そう答えた顔役たちに、僕は手帳に書かれていたことをかいつまんで伝えた。
「──これは……その手帳を精査する必要が出てきたな」
「どういうこと?」
「その手帳はユーリス爺さんが死んでしばらくしてから村まで届けられたものらしいんだが、その頃には当時の情報はすぐに記録庫行きになっていたようで、ちゃんと読んだ者がいないんだ」
ああ、なるほど。だから写絵のことも知られていなかったのか。
手帳を顔役に渡せば、顔役はそれを小脇に抱えて長老の部屋へ向かった。
「おぉ、戻ったか。随分時間がかかったのう……。あまりにも遅いからウトウトしとったわ」
「いや、寝てたでしょう……」
顔役のツッコミを無視した長老は僕を見た。
「それで、知りたいことは知れたかね?」
確かに知りたいことの一つはわかった。
だが、長老にはもう一つ聞きたいことがある。
「〝レスヴェラルの血筋〟については。長老、もう一つ聞きたいことがあります」
「なにかね?」
「あの飛竜が来たときのことです。あの日の真実を教えてください」
問うた瞬間、長老と顔役の醸す空気感が一気に変わった。
張り詰めた緊張感のようなものが伝わってくる。
「──あの日話した通りじゃよ」
そう返されることは想定していた。
なので話さない理由を取り除くことにした。
「……リーゼさんが構わない、と言っていました。互いに気を使って話が食い違うほうが問題だろう、と」
旧レイノール辺境伯領から戻った後、訓練の最中にリーゼさんにも同じ問いを投げかけた。
しばらくの沈黙の後に返ってきた言葉がそれだった。
リーゼさんは何も言わなかったが、おそらく長老たちとの間で何かしら約束があって言うに言えなかったのだろう。
「……なんとも、こんなちっぽけな村の内情にまで気を使ってくださるとは……」
長老が目配せすると、顔役が小さく頷いたのが見えた。
「これから話すことは他言無用で頼む」
それは僕だけではなく、同席している父にも向けられていた。
よほど重要な秘密なのだろうか。
「あの日、飛竜が来たのは偶然ではない。明確にこの村を襲うつもりでやって来たのだ。すぐに襲われなかったのは、村にリーゼ殿がいたからだ。そして、あの方は我々の事情を聞かずに飛竜を説得してくださった」
「なら、なんで竜殺しなどと……」
顔役の話し方からして、リーゼさんに対して悪感情を抱いているようには見えない。
ならばなぜ他者を貶めるような理由にしたのかが理解できない。
本来の意味では竜殺しは栄誉の称号のはずだ。
だが、実際には竜を殺せば他の竜が報復に来るという伝承から不吉の象徴として取られることが多く、敬遠されがちだ。
なぜその様に汚名を着せるような理由にしたのか。
僕が知りたいのはそういった真相部分なのかもしれない。
「──飛竜が来た理由が必要だった。飛竜とて馬鹿ではない。ただなんとなくやって来て襲おうなどとはしない。それはあの頃のお前でもわかっただろう?」
「…………」
きっとそうだったと思う。
僕が長老たちに不信感を持ったのも、こういった小さなほころびに無意識に気づいていたからなのかもしれない。
「飛竜が来た理由を公にする訳にはいかない。その理由を負わせる代わりにあの方に情報を渡した……」
こんな小さな村ですら隠したいこととは一体何なのか。
その責任をたった一人に押し付け、悪者に仕立て上げるに足るほどのことなのだろうか。
顔役の話に体中が沸き立つような怒りを覚えた。
思わず立ち上がって殴りかかりそうになる衝動を抑えながら訊ねるだけで精一杯で、感情を隠す余裕などない。
「そこまでして隠したい理由ってなに⁉」
「アル……!」
感情をむき出しにした口調に、顔役は酷く怯えた表情をした。
ガクガクと震えた口からは呼気が漏れるのみで、言葉を紡げそうにない。
父も僕を止めようと声をかけたがそれ以上のことは出来ずにいる。
そんな彼らに代わって答えたのは長老だった。
「……この山には地竜様がいらっしゃる。我々はここに住み始めたときから地竜様を崇める誓約をしておった。だが、今ではその信仰がないのは知っておるとおりじゃ。竜は約束を違えたものには容赦はせん。飛竜を寄越したのはその罰じゃ。そしてあの方が求めておったのも地竜様の居場所。……どちらも皆に話すわけにはいかなかった」
「悪者に仕立て上げることを条件に居場所を教えたってこと⁉」
「……いいや。あのお方の提案じゃ。竜殺しであれば後腐れないだろう、と。これであれば嘘を重ねる必要もない、とものう。ワシらにはその言葉に甘えるしか出来なんだ。それ以上に良い案が思いつかなかったのじゃ」
かすれた声でなんとか話した長老を見て、僕は大きく深呼吸をした。
長老はなんとも思っていないような口調だったが、考えてみれば思い通りにならない体に、話すこともままならない口に何も思わないはずがない。
それを態度にすら出さないのはもうそんなことすら出来ないからなのではないだろうか。
つまり、長老は無感情で話しているのではなく、感情を出すことすら出来ないのではないのか。
そう思えば、頭に上った血も引いて、少し冷静さを取り戻せた気がした。
あの言葉の裏にどんな思いがあるのか。わずかにそんな考えが過ぎった。
「…………。本当のことを話すという選択肢はなかったんですか?」
僕の問いに長老は視線を父に移した。
「もしも、ワシが地竜様の話をしたらどう思うかね?」
「……そりゃあ、恐ろしいですよ。自分たちのすぐ近くに竜がいるなんて」
父の回答に長老は小さく頷いた。
そうじゃろう、そうじゃろう、という口元は薄っすらと満足したようにも見えた。
竜の存在は一般には畏怖の存在だ。
ここしばらくあまりにも身近な存在になっていたため感覚が麻痺していたのかもしれない。
竜に対する感覚はこの村も他と変わらない。
そんな中で突然近くに竜がいると言われれば、恐怖を感じないものはいないだろう。
「信仰を失ったワシらには当然の反応じゃ。中には恐ろしくて山を降りるなど言い始める者も出るやもしれん。そうなればこの村は村の体を保てなくなるじゃろう」




