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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
5章 限界
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旧王国

「アルノルト、お前冒険者だろう。この村では聞くだけしか出来ないことを見て触れることができる。記録役としてはこの上ない立場だろう」


 言われてみればそうかもしれない。

 村にいるだけでは見たこともないような物や生物を直接見ることができるし、村にはない文化に触れることもできる。

 村を出たことで意図せずして皇族と会話することまで出来たのだ。

 確かに僕だからこそできる記録もあるだろう。


「あー……、思い出したぞ……。冒険者ではなく騎士だからお前とは違うが、ユーリス爺さんも記録を寄越していたな」


 確かこの辺に……、と顔役は部屋に置かれた棚を漁り始めた。

 そして待つことしばらく。

 顔役が小さいながらも分厚い手帳のようなものを持って戻ってきた。


「全部は読んでいないが、騎士と言っても下っ端だったようで国の中枢に関することは噂程度しか書かれていなかったな」


 渡されたのでパラパラと捲れば一枚の厚めの紙が落ちた。

 片面は白紙のそれを裏返せば写絵であることがすぐにわかった。

 何が写っているのか見ようと灯りの近くによって、僕は驚き声を漏らした。


 写絵には五人の若い男女が写っていた。

 一組のきれいに着飾った男女を中心に残りの三人が囲むような並びだ。

 着ている服装と表情から慶事であることが窺えた。

 囲んでいる三人のうち一人はエルム殿下にそっくりで、中心で微笑んでいる女性もリーゼさんにそっくりだが、わずかに見える目の色が黄金色なので別人だろう。

 その女性の隣にいる男性は、雰囲気や年齢こそ違うが僕にそっくりだった。

 一体どういうことだろうか。


「ねえ、父さん、この写絵って……」


 暗いところではわからないだろうと、父を手招きして呼び寄せてそれを見せた。

 しかし、父は思案顔になった後に首を振り、顔役を呼ぶだけだった。


「ああ、これは旧王国式の結婚式だな。これをどこで?」

「この手帳に挟まっていたみたい」

「……ということはユーリス爺さんの写絵か。多分真ん中にいる男がユーリス爺さんだと思うが、後で長老に見てもらえ。──しっかし、よく似ているなあ……」


 顔役はしきりに僕と写絵を往復した。

 似ていることは否定しないが、中心の男性の方がやや細身で柔らかい印象を与える顔つきだ。

 そこまで見比べるほど似ているだろうか。


 このまま黙っていれば顔役の見比べが終わりそうにもないので、先程の掟の話で気になっていたことを訊ねることにした。

 もしかしたら答えてくれないかもしれないが、ここまで様々な記録を残してきているのだから、何かしら知っているはずだ。


「あの……、掟で〝レスヴェラルの名を使ってはいけない〟ってあったよね? 国の名前は大丈夫なの? もしかして偶然の一致──なんてことはないか……」


 僕の問いに顔役はようやく写絵との見比べをやめてすっと目を細めた。

 その動きになぜか既視感を覚えた。


「……その話もしなければな。結論から言えば、ほぼ問題ない。その名をつけざるを得なかった、というのもあるだろうが、帝国の建国者がその名を名乗ることを許された一族だからな」


 帝国の建国者、つまり初代皇帝アルシウスは〝流浪の民(ロヒツクシア)〟であり、更にその中でも特殊な立場だったということだろう。

 そしてその子孫である皇族も姓はレスヴェラルだ。


「許された一族、というのは役目が関係している?」

「ああ、そうだ。〝流浪の民〟の中でも滅多に表に出ない血脈だ。担う役目は審判。簡単に言えば、〝流浪の民〟における掟の番人といったところだな。他にも〝流浪の民〟に関わる約束事などの管理もしている。国名にレスヴェラルをつけざるを得なかった理由はおそらく後者だろう」


 顔役曰く、旧王国の王族は〝流浪の民〟に譲られる形で王族となったらしい。

 その時に出された条件は五代続いた後は血縁のないものに王位を譲ることだったのだが、王族はその条件を反故にした。

 〝流浪の民〟から一度警告を受けたものの王位を譲らず、国はどんどん腐敗していき、結果一〇代目から十一代目に移るはずだったタイミングでアルシウスが審判を下したということらしい。


「まあ、歴史上その話を出すわけにもいかないからここだけの話、だがな」


 思い返せば歴史では、腐敗しきった王政に反発した民意で推されたアルシウスが王の首を討ち取った、とかそんな事になっていたような。

 ──あれ? でもリーゼさんは旧王国は瓦解したって……。

 歴史として語られている話と顔役の話、リーゼさんの話、どれが正しいのだろうか。


「その時の記録ってある?」

「あるぞ。その時の記録はこの部屋に移されていたはず……。ああと、ユーリス爺さんもそれぐらいの時代の人だからその手帳にも載っているかもしれん」


 顔役は僕が手に持つ手帳を指さした後、部屋の中央にある棚を漁り始めた。

 当然灯りも持っていかれてしまったので、このまま手帳を読むことは出来ない。

 やむなく部屋を出ることにした。父は顔役を手伝うようで部屋に残っている。


 廊下の明るさに目を細めつつ手帳を開けば、それはどうやら著者が王都についたところから始まっているようだった。


 顔役が言った通り、下っ端である王都の門番を勤めていたことが書かれている。

 始めのうちは役目を成し遂げるためか、仕事で見聞きした情勢を書き記していた。

 だが、ある時を境に日記めいた内容が増えていった。


「流石に個人的な部分を読むわけにはいかないよね……」


 じっくり読むことはせずに該当しそうな場所を探しながら飛ばし飛ばしでページをめくっていき、あるページで手を止めた。


 そのページは、濡らしてしまったのかインクが滲んでいた。

 そして書かれていたのは、悲しみと後悔に満ちた懺悔のような言葉だった。


 その様なページがしばらく続いた後、ようやく目的の記述を見つけた。


「──え?」


 書かれていたのは、最後の国王崩御と後継者争いという名の内乱だった。

 国王は後継者を指名せず亡くなってしまったようだ。

 しかも若くして突然亡くなったわけではなく、齢も八〇近くの老体で老い先も短かったのに、だ。

 そして手帳にはこうも付け足されていた。「国王は誰かに王位を譲る気はなく、不老不死に固執していたようだ。そんなことのために子を失い、妻もいまだ目覚めぬ身にならなければならなかったのか」と。


 後継者争いは王族のみならず、その親族である上位貴族も名乗りを上げていたようだ。

 私兵を使った戦争から暗殺まで、ありとあらゆる手を使って貴族たちは王位を狙った。

 当然、そんな者たちに今まで虐げられてきた国民の視線は冷ややかで、どさくさに紛れて礫を投げるものもいたとか。

 結果、内乱は混沌を極め、王都で安全な場所はなくなった。


 そんな奈落の底を体現するような後継者争いは全員の共倒れという形で終りを迎えた。

 全員が手段を選ばなかったため消耗が激しかったということと、国民の生活基盤を戦場にしたことで国民の恨みを買って殺されたケースも多かったことによるらしい。


 勝者なき後継者争いの後に待っているのは、国を誰がどうやって建て直すのかだ。

 圧政者という共通の敵がいなくなったことで国民のまとまりはなくなり、かろうじて保たれていた秩序も崩壊した。

 法など意味をなさなくなり、ならず者に身を落とすものまで現れたようだ。

 そうした惨状を解決しようと集まった者たちが担ぎ上げたのが、その当時最も信を得ていたアルシウスだった。


「代表を担っていたエイラム・キーメル士爵の説得により国の旗印となったアルシウスは、前国王の王位を受け継がず、新たにレスヴェラル王国を建国した──」


 その後は僕の知る歴史の通りだ。

 王国建国後、旧王国から離反していた小国が属国になり、王国は建国から程なくして帝国となった──。


 そこまで読んだところで部屋の扉が開けられ、中から父と顔役が出てきた。

 その手には一つの丸められた羊皮紙があった。

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