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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
5章 限界
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記録

 村の一番奥に長老の家がある。

 なんでも代々受け継いでいるものが多いらしく、村の中でも一際大きな建物のそこは雨風にさらされて至る所がぼろぼろになっている。

 しかし修理したり建て直すことができる者がいないため、そういった場所はずっと放置されたままだ。


「長老、入りますよ」


 父に呼ばれたらしい顔役が長老宅の戸を開け中を窺った。

 声をかけたものの返事はない。


 顔役は長老の返事を待つことなく中に入り僕たちを誘った。

 そのままついていくこと少し、開けられた扉の先で長老は横たわったまま僕たちを出迎えた。


「おぉ、今日は多いのう。……はて、ユーリス爺さん、また随分と若返ったようで」


 長老の一言に全員が顔を見合わせた。聞き覚えのない名前だ。


「長老、何を言っているんですか。ユーリス爺さんが今も生きているわけがないでしょう。アルノルトですよ、レフェスのところの」

「おぉ、アルノルトか。孝行しに帰ってきたのか? 大きくなったのう……」


 そう話す長老の声は力なくかすれており、かろうじて聞き取れる程度だ。

 来客がいるにも関わらず起き上がる様子もなく、だいぶ弱っているようだ。


「長老、今日来たのは一族の話をしてもらうためで……」


 一向に進まなさそうな雰囲気に父が口を開いた。

 それに長老はゆっくりと僅かに頷いた。


「その話なら……、ほれ、奥の部屋に案内してあげなさい。……申し訳ないが、もう立つことも難しくてのう。ほとんどのことは倅に任せているんじゃよ」


 村を出る前から長老はほとんど外に出ていなかった。

 多分、あの飛竜の一件が最後なのではないかと思う。

 それからずっとこんな調子だったのかもしれない。


 顔役の案内で別の部屋に向かう。その間に僕はふと父に訊ねた。


「父さん、ユーリス爺さんって?」


 生まれてこの方聞いたことのない名前だ。

 長老に〝爺さん〟と呼ばれるからには長老より更に前の世代なのだとは思うが……。


「あぁ……、前話した旧王国の騎士になった人だよ。昔、村に写絵があったらしいんだが、無くしてしまったらしくてな、姿を知っているのは今じゃ長老だけらしい」


 そこで目的の部屋についたらしく、顔役が扉を開けて中に入れてくれた。


 少しひんやりとした部屋の中は真っ暗だった。

 灯りはあとから点けられた蝋燭だけだ。


「この部屋は代々村長(むらおさ)が受け継いできた記録が保管されている。壁も重要な記録だから触らないようにな」


 顔役はある壁際に寄って蝋燭でそれを照らした。

 そこには壁一面に絵が刻まれていた。


「大昔の話だ。まだ古代竜がこの大地にいた頃と言われている。その当時の人は大した知恵もなく小さな部族単位で生活していたそうだ。部族同士の交流はなく、狩りをするための手段もなく、動物たちのおこぼれに与るか、食べられそうな草でなんとか食いつないでいたとか」


 顔役が照らす場所を変えれば、人々がなんとか食いつないでいる姿のような絵が浮かび上がった。

 そこに描かれる人々は総じて痩せこけている。


「当然そんな生活は長くは保たない。そこである部族が状況を打開するために行動に出た。その部族はその土地の支配者たる古代竜に『生き抜くための知恵がほしい』と懇願したそうだ」


 壁の縁のほうが照らし出され、人よりも遥かに大きい生き物の絵が姿を表した。

 その大きさは人の数倍、十数倍はある。

 白く塗りつぶされたそれは、それほどまでに大きな存在であることを表しているのだろう。

 これが古代竜なのだろうか。


「古代竜は自らを崇めることを条件に、その部族に知恵と名を与えた。その時に与えられた名が〝レスヴェラル〟だ。レスヴェラルの部族は与えられた知恵を用いて生活を豊かにし、やがて栄えていった。周りの部族も取り込み、いつしか国を形成した。そして、レスヴェラルは歴史から忽然と姿を消した」


 一息つくようにして僕たちを見た顔役は、隣の壁に灯りを移した。

 先程と同じ様な壁画が暗闇に浮かび上がる。


「姿を消したレスヴェラルは一族の掟のもと、それぞれに役目をもって名を残さぬよう散り散りになった。国に留まりひっそりと暮らす一家もあれば、掟の解釈からあてのない旅にでた兄弟もいたと聞く。一所にとどまらず、思うがままに旅した者が多いことから〝流浪の民(ロヒツクシア)〟と名乗るようになったのはこの頃からだそうだ。このロヒカルメ村もそうして流れ着いた〝流浪の民〟が作ったものだ」


 顔役は蝋燭を動かし、更に別の壁を照らした。

 そこは先程までとうってかわって文字のようなものが刻まれている。

 僕たちが使っている文字とは異なるようで、読めそうにない。


「ここにはレスヴェラルの一族の掟が書かれている。かなり古い文字ゆえ残念ながらもう読めるものはいないが……」


 そして近くにある棚から巻物を取り出し、それを床に広げた。

 蝋燭も床に置いて座り込むと巻物に書かれている文字に指を這わせた。


「曰く、レスヴェラルの名は使ってはならぬ。其は主の名なり。曰く、力に驕ってはならぬ。其は獣と変わらず。曰く、一所に留まるは五代までとせよ。其は悪しきの元凶なり。曰く、与えられた役目を使命とせよ。其は小さきことでも無意味にあらず。曰く、──」


 顔役の音読は続く。

 どれもこれも今まで一言も言われたことのない掟で疑問符しか浮かばない。

 どうにも僕の考えていたものとは違うような気がする。


「──ということが書かれているそうだ」


 集中力が切れたあたりで顔役がそう締めくくった。

 あまりの長文に薄ぼんやりと見える顔役の表情に疲れが見えた気がした。


「この村が〝流浪の民〟によって作られたのなら、僕たちも〝流浪の民〟ってこと?」

「ああ。ここは土地柄、他所から人もあまり来ないからな。ほぼ混じり気のない〝流浪の民〟だと言われているな」


 休憩するかのように息を吐いている顔役を傍目に問えば、父が答えてくれた。

 それはつまり村の人全員が親戚ということになるのではないだろうか……。


「つまり、みんな親戚ってこと?」

「それは捉え方による。血縁上では親戚同士というのは一部だけだな。〝流浪の民〟を一括りに考えれば全員親戚というのも間違いではない」


 顔役の話では、〝レスヴェラルの一族〟も国ができた頃には他の部族も婚姻などで繋がりができてかなりの規模になっていたらしい。

 現存している一族もそういった後から加わった者たちの子孫も含まれるため、一口に〝流浪の民〟と言っても血の繋がりがあるのかどうかはわからないのだそうだ。


「へえ……。えっと、僕もその〝流浪の民〟であるなら、その巻物にあった役目って何?」


 僕の問いに父と顔役は顔を見合わせた。

 少しどう答えようか迷っているように見える。


「……それは成人した年に伝えることになっていたんだがなあ……」

「そそくさと村を出ていったからなあ……」


 なるほど。

 僕が今の今まで何も知らなかったのは、成人後すぐに村を出ていったからということか。

 もう少し待っていればこうならなかったのかもしれない。と考えて頭を振った。

 あれほど不信感を募らせていたのだ。

 たとえあと一日の我慢であったとしても耐えられなかっただろう。


「僕が悪かったのはわかったよ。それで何なの?」

「〝記録〟だよ。レフェスの役目は〝記録〟だ」


 その役目はその時々で起こったことを記録として残すことだそうだ。

 それは歴史の教本に載るような大きなことから新聞の小さな記事になるような事柄まで残すそうだ。

 とはいえ、小さなことすべてを取り上げていてはきりがないので、大きな事柄を優先するらしい。


 そしてそんな役目を負う一族が渦中となりやすい都市部ではなく、どうして辺鄙な山奥にいるのかというと、色眼鏡で物事を見ないようにするために俗世から離れた場所を選んだとのことだ。

 こんな山奥では何かと問題が多そうだが、主な情報源である新聞は新しいものが発行されるたびに行商人が運んでくれるので、今日に至るまで役目に支障が出たことがないというのが意外だ。


「──もしかして、それって僕もやらないといけない……?」

「それは、まあ……」


 少し歯切れの悪い父の代わりに今度は顔役がずずいと顔を近づけて答えた。

 少し怖い。


「当たり前だ。役目は代々受け継がれてきたのだ。〝流浪の民〟である以上、どんな理由があってもやらなくていいなんてことはないぞ」

「まあまあ……。アルだって今さっきまで知らなかったんだし……」

「はあ……。今までのことは良い。村のルールを守っているだけではこういった例外は出てしまうからな。それよりも、記録はアルノルトにはうってつけの役目だと思うが?」


 顔役の一言に父と僕は疑問符を浮かべながら顔を見合わせ、互いに肩をすくめてみせた。

 それに顔役は呆れたように大きく息を吐きだした。

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