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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
5章 限界
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帰郷

 馬車に揺られ大きな街までやってきた僕は、その足で村を目指して山道を登った。


 昔は数百メートル登るだけでも苦しかった山道も、今ではなんてことない道のりになった。

 それもこれもかつてリーゼさんに課された試練のおかげだろう。

 それだけ基礎体力がついたということだ。


 久々にやってきた山は昔と寸分違わず、ギリギリ一頭立ての小さな馬車が通れる程度の道がうっすら見える程度しか人工的な部分がない。

 樹々が少ない山肌はほとんど砂地が丸見えだ。


 標高が上がるに連れて息苦しくなってくる。

 村で過ごしていた頃は感じたことのない感覚に思わず溜息を零した。

 この調子では村に数日滞在するのも辛いかもしれない。


 懐かしさに少し景色を眺めながらも殺風景な山道を登り続け、ようやく村にたどり着いた頃には陽は少し高度を下げていた。


 見慣れた村の門をくぐり、生家へ真っ直ぐ進む。

 全員仕事を終えているのか、道中で誰かに会うことはなかった。

 そのほうが都合がいいか、と思いながら慣れた手つきで生家の扉を開け中に入った。


「……誰だ!」


 真っ先に僕を出迎えたのは父だった。

 突然の来訪者に驚いたのか、手近にあったのであろう農具を構えて威嚇している。

 その後ろで母が様子を窺っていた。


「僕だよ、アルノルトだ」


 両手を上げて名乗ったが、父は農具を降ろさず険しい表情で僕を舐めるように見た。


 よくよく考えてみれば、なんの先触れもなくやって来た息子が昔とは姿が変わっていれば他人であることを疑うのは当然だ。

 それぐらい村を出たときから体つきが変わった自覚はある。


 父は警戒したまましばらく僕を観察した後、ゆっくりと農具を下げた。


「…………本当にアルノルトなのか?」


 未だそれを僕に向けたまま父は訊ねた。半信半疑といった様子だ。

 このときばかりは自分の考えの至らなさを呪いたくなった。


「本当だって。父さんの隠し物の在り処を言っても良いけど」

「いや、それはやめてくれ」

「そこは否定しようよ⁉」


 農具を向けられ、両手を上げたままの僕に懇願するとは一体どんな状況なのか。

 端から見ればくすりと笑える状況でも、当の本人は至って真面目だ。

 後ろにいた母がピクリと反応したことは黙っておこう……。


「──そうだな……、村を出ていく時に父さんが話したことを言ってみろ」


 考えたのか、少し間をおいて父が言った。

 あのとき言われたことは今でも覚えている。


「ご先祖様に旧王国の騎士になった人がいたって話だよね?」

「そうだ」


 ようやく農具を置いた父はそのまま破顔した。

 そして近寄ってくるなり僕を抱擁する。


「大きくなったなあ! 小柄だったお前がこんなに逞しくなって! 向こうではうまくやっているか? ちゃんと飯は食えているか?」

「お父さん、それじゃあアルが喋れませんよ」

「おっと……」


 母の言葉にようやく開放された僕は二人を見た。

 たった四年程離れていただけのはずなのに妙に懐かしく思えた。

 大きく背が伸びた僕に対して、二人はまったく変わっていない。


「──それで、急に帰ってきてどうしたんだ? 村に戻る気になったか?」

「違うよ。ちょっと頼まれて霊草を取りに来たんだ」

「霊草? あれは許可がないと渡せないぞ。あれがどういう代物かはお前もよく知っているだろう?」


 居間で胡座をかく父は、僕の答えに少し驚きつつ前のめりになるように訊ねた。


「許可はもらってる。依頼主もどういうものか理解した上で頼んでいる……はず?」


 そういえば殿下はそのあたりについて特に言っていなかった。

 大丈夫なのだろうか。


「本当に大丈夫なのか……? まあ許可が出てるなら断る理由もないが……。今日は遅いし、明日顔役のところへ行ってもらってきなさい」

「わかった。……あとさ、父さんたちに聞きたいことがあるんだ」


 ん? と続きを促されてはたと思った。

 これはストレートに訊いて良いことなのだろうか? と。


 急に黙った僕を父はじっと見つめている。

 続きが気になってウズウズしているようにも見えるが、父はだいたいいつもこんな感じなので気にしない。

 それよりも急かす様子もなく待ち続けてくれることがありがたい。


「えっと──、〝レスヴェラルの血筋〟について知りたいんだ」


 途端に周りの空気が冷えたような気がした。

 先程まで前のめりだった父はすっと身を引き、視線を鋭くした。

 こんな顔をした父を見たのは初めてだ。


「……それをどこで知った?」


 低く唸るような声に思わず肩が揺れた。


 この反応で父が何かを知っているのは確実だが、簡単に話してくれそうでもない。

 どう切り抜けるべきか、と考えに考えた末に風竜から聞いたことを伝えた。

 ヴィンドルゼの名前を出さなかったのは、竜の名を知るものはごく一部だからだ。

 むやみに出す名でもない。


「……お父さん、それは長老に……」

「そうだな……。アル、明日長老のところに行くからついてきなさい」


 少し不安そうな母の様子が気になったが、これ以上訊ねたところで進展はなさそうだ。

 ここは大人しく従うことにした。


 その後は先程までの空気が嘘だったかのように久しぶりの歓談に花が咲き、あっという間に夜が更けていった。

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