依頼
体調はほぼ良くなっている。明日からいつも通りに過ごして問題ないだろう。
『アルノルト、今大丈夫かな?』
ぼんやりとそんなことを考えていれば、念話が響いた。エルム殿下からだ。
『はい、大丈夫です』
『頼みたいことがあってね。確か、ロヒカルメ村出身だったよね? ちょっと村まで霊草を取りに行ってもらいたいんだけど、どうかな?』
霊草とは、ロヒカルメ村の近くにある泉に自生している薬草だ。
その効能は煎じて飲めばどんな病も怪我も治ると言われている。
当然、昔はその効果目当てで多くの者が求めたと言われているが、霊草はあの泉でしか育たず、さらには現在は市場で取引することが禁じられているため手に入れるには許可を得た上で村まで取りに行くしかない。
加えて、村人は基本、他所から来た人とはまともに取り合わない。霊草をわけてもらうには村人の知り合いを作るか、出入りしている行商人に口を利いてもらうしかない。
その点、村出身の僕なら問題にはならない。人選としては妥当性がある。
『それは構いませんが……。理由を伺っても……?』
『まだ確証はないんだけど、もしかしたら【不死鳥】のメンバーを助けられるかもしれないんだよ。本当なら【風矢と炎斧】に任せたいところだけど、生憎と遠出してもらってるからね。霊草の取り扱い許可は私が出せるから、近いうちに取りに来てくれるかな』
これはこちらの都合などお構いなしの依頼だ。
一応僕もリーゼさんからの悪夢のような試練を抱えているのだが。
とはいえ瘴気に侵された【不死鳥】のメンバーが助かるかもしれないのであれば、ここは積極的に協力するべきところだろう。
直接の関わりはないが、長らくこの国の冒険者の中核を担ってきた人たちなのだから。
『期間はどれぐらいいただけますか?』
『そうだねぇ……。ここからの往復も含めて二週間でどうだろう?』
ロヒカルメ村まで馬車を使っておおよそ五日かかる。
往復分を引けば動けるのは四日。
何事もなければ余裕はあるが、交渉しなければならなくなるとぎりぎりになるかもしれない。
それに、村に帰るならついでに両親や長老に聞きたいこともある。
試練の量を減らせないか相談しようかと考えたが、その前にロヒカルメ村までの道中にできるものはないか確認してみる。
やはり残りの試練の殆どはBランクの魔物討伐だ。
他はスキル強化に魔法の習得、薬学の研究といった細かなものだ。
幸いマジックバッグを手に入れたおかげで、魔法の習得や薬学研究に必要な書物の持ち運びは容易だ。
このあたりであれば移動しながらでも出来そうだ。──まあ、何事もなければ、なのだが。
『わかりました。遅れた場合の罰則は?』
『うん? ないよ? ……そうだなあ、強いて挙げるなら、レイモンたちが苦しむ期間が長引くことぐらい──あ、まだあったな。君の友人に幻滅されるね』
いい笑顔で放ったのではないかと思えるような声音を聞いて、聞くんじゃなかったと後悔した。
強いて挙げるにしては随分と嫌なペナルティだ。僕の友人というのも気になる。
『……殿下……』
思わずこぼした言葉に笑い声が返ってきた。
きっと腹を抱えているに違いない。
『ごめんごめん。君なら期限は守ってくれると信じているから、罰則は特に設けないよ。でもまあ、できるだけ早く届けてもらえると助かるのは事実だよ。助けられるならできるだけ早く助けたいからね。──そうだ、報酬は期待してくれていいよ』
その後事務的なことを軽く話して念話を終えた。
安静に、と言われているにも関わらずどっと疲労感が押し寄せる。
近距離ではあるものの、これだけ長いこと話せばそれなりに魔力を消費する。もう枯渇寸前だ。
昼間に女性が用意してくれていた料理を温めて、さっさと寝ることにした。
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皇城、エルムの執務室で、エルムは大きく息を吐きながら背もたれにもたれた。
とりあえず問題の一つはこれで片付きそうだ。
そんな事を考えながら真正面に立って控えている青年に目を向けた。
「あの……いかがでしたか?」
やや緊張気味に訊ねた青年とはもうかれこれ三年の仲だ。
そろそろ慣れてほしいものだと思いながら、エルムはいつもの微笑みを浮かべた。
「引き受けてもらえたよ。彼のことだからきっちり二週間で持ってきてくれると思うよ」
そう話せば、青年はあからさまにほっと胸をなでおろした。
そうやって素直に感情を出せる青年のことをエルムは羨ましく思った。
立場が上がるほど感情を押し殺さなければならなくなる。
青年のように感情を表せたのはもう遥か昔のことだ。
更に本心を見せられるかつての仲間たちも残すはあと一人のみ。
心から笑える日はもう来ないだろうと予感した。
「ありがとうございます」
「お礼を言われるほどのことでもないよ。断られたら強権を発動すれば良いだけだからね」
ほんの冗談のつもりで言ったのだが、青年はそれを字面通りに受け取ったらしく少し青ざめた顔をした。
彼もそれなりにいじりがいがありそうだ。
そんな邪な気持ちが過ぎった。
「……ところで、殿下。例の件は伝えられましたか?」
例の件とは、ルオ──アルノルトが冒険者登録した日に絡んできた痩せぎすの男が釈放されたことだ。
強化訓練時に捕縛され、つい最近まで強制労働の刑を受けていた。
そのことについては公示されているのだが、ルオ本人は既に冒険者登録を抹消されているため冒険者ギルド内で話題にされることも少ない。
更にはアルノルトもここしばらく冒険者ギルドに顔を出していないことから知らないだろう、ということで霊草の依頼ついでに話すつもりだったのだ。
「──あ、忘れてた。まあ、知らなくても大丈夫じゃないかな。ほら、これから遠出するし」
青年に問われて少し目を見開いた後、大した問題ではないとふざけるような素振りでエルムは答えた。
それに対して青年は呆れ半分心配半分といった視線を送った。
「大丈夫なのかなあ……」
そんな青年の疑問にエルムは答えなかった。
ただ微笑むだけだ。
本来であれば、アルノルトには伝えるべき内容だ。
既にルオはアルノルトに絡んだ過去がある。
更にはルオが妙な対抗心を見せているリーゼの指導を受けているという事実もある。
リーゼの指導についてはルオはまだ知らないだろうが、知られればまた何かちょっかいをかけるかもしれない。
面倒事になる前に警戒させるべきなのだが、エルムはこうも思う。
仮にルオが受刑を経て真っ当に鍛錬をするようになったとしても、アルノルトには勝てない。
ルオが弱いという話ではなく、すでにアルノルトが冒険者として頭一つ抜きん出る実力を持っているのだ。
本人が自覚しているかは分からないが、おそらくドレークたちと比肩するかそれ以上──。
「まあ、彼が無事に帰ってくることを期待しよう。ペニー」
青年は少し唇を噛みながらも一つ頷いて退室していった。
エルムは椅子から立ち上がって、窓を開け放つと同時に外を見た。
庭師が丁寧に手入れした庭は今日も美しい。
だが、それも上辺だけだ。
遠くに目を向ければ枯れかけた植栽が目につく。
奥に行けば行くほどその比率は増えていく。
まるで不吉な何かが少しずつ迫ってきているようだ。
「無茶な賭けだが、急げよ──リーゼ、アルノルト」
リーゼに与えられている猶予は尽きかけている。
そして、それまでにリーゼに代わる旗印も必要だ。
アルノルトには酷なことであることは重々理解しているが、今取れる手でこれ以上のものはエルムにはなかった。
知らず知らずの内にエルムは手をきつく握りしめていた。




