変化
自宅の談話室で僕はテーブルに突っ伏していた。
あの日以来、宣言通りリーゼさんの指導は厳しさを増した。
感覚的に倍増どころか四、五倍厳しくなったような気がする。
つい最近までの試練の内容すら生ぬるく感じるほどだ。
しかしお陰で風竜から聞いた話について考える余裕がないので助かっているという側面もある。
考え始めてしまえば、底しれない不安に押しつぶされるに違いない。
そんな指導もしばらく休みを言い渡された。
理由は何でも南方にある火山地帯に行かなければならないからなのだそうだが、ついていくにはまだ早いということで、大量の試練と一日に一度、念話で状況を共有することを言いつけられて今に至る。
ちなみに火山地帯には数少ないSランク認定されている遺跡がある。
そんなところに一体何の用があるのか──聞くのは野暮だろう。
「今日一日ぐらい休んでも……」
試練の殆どはBランクの討伐依頼の単独達成だ。
討伐対象の具体的な指定はないものの、魔物の認定ランクもBであることが条件となっている。
つまるところ依頼のランク相応の魔物を倒して来いということだ。
裏返せば変な条件でランクが上がっているだけのものは認めないということでもある。
そうなると困るのは、僕一人で倒せそうな対象がいないという問題だ。
それぐらい倒せるようにならなければいけないという意図はわかるのだが、いくらなんでも危険すぎる。
今の今までこうやって帰ってこれているのも奇跡のようなものだ──いや、一度神殿にお世話になったか……。
兎にも角にも依頼はいつも死物狂いで、達成報告を終えるたびにその場に倒れたくなるほど疲弊している。
それがこの先暫く続くことを考えれば、今日ぐらいは休みたいのだ。
こうして突っ伏している今も、体は重いし頭もぼうっとしている。
ギルドまで行くのも難しいのではないだろうか。
『──リーゼさん、今日は無理です……』
念話で伝えるだけで魔力がごっそり持っていかれた。不調にめまいが加わる。
『…………、わかった。代わりに今日一日はしっかり休むこと。外出も控えなよ。身の回りのことは──』
念話のはずなのに聞こえている声が遠のき、張り詰めた糸が切れるように意識を失った。
漂う美味しそうな香りで目を覚ませば、僕は談話室のソファで横になっていた。
香りのことといい、ドレークさんたちが帰ってきたのかと思ったが、二人は現在ルーメア伯爵領に行っておりしばらく戻ってこない。
予想外のことがない限り、ここにはまだ戻ってきていないはずだ。
では一体誰が? と疑問に思いながら体を起こせば、あれほど重かった体がだいぶ楽になっていた。
ぼんやりしていた頭も少しスッキリしている。
「おや、起きたかい?」
自身の状態を確認している間に、キッチンから女性が現れた。
見知らぬ──訂正、三年前に帝都の農地で会った女性だ。
「急に伝書鳥が来て、ここの様子を見に来たら倒れてるんだからびっくりしたよ。医者曰く、度を超した酷使だってさ。今日一日は安静にって言ってたよ」
「ご迷惑をおかけしました……」
まさか無関係な人に迷惑をかけることになるとは、何ともいたたまれない気持ちで頭を下げれば、女性は豪快な笑い声を上げた。
「なーに言っているんだい。人に助けを求めないあの地主さんが、こうやって頼ってくれたんだ。迷惑だなんて思ってないよ。──ああ、そうだ。口に合うかわからないけど、簡単な料理を作っておいたから気が向いたら食べておくれよ」
「何から何までありがとうございます」
「私は大したことはしていないよ。お礼を言うなら地主さんにしなよ。いっつもきれいな字を書く人なのに、相当慌ててたんじゃないかってぐらい字が乱れていたからね。きっと心配していると思うよ」
長い付き合いなのだろう。
些細な違いからその人の心理を読み取ることは僕には出来そうもない。
「後で伝えますね。……あの、お仕事の方は大丈夫なんですか?」
まだ日は高い場所にある。まだ農作業をしていてもおかしくないはずだ。
僕一人のために仕事を中断させているのが申し訳なくて、仕事に戻ってもいいという意味も込めて訊ねてみた。
女性は少し驚いたような顔をした後、すぐにそこに昏い影を落とした。
「……今は畑を休めているんだよ。土地が痩せてしまって、実がつかなくなってしまったからね……」
三年前、意図せず聞いてしまった話を思い出す。
確かあのとき、土魔法による土壌の改良を月に一回から二週に一回に変えるようなことを言っていたはずだ。
それでも土地が痩せてしまったということは、状態は三年前から悪化し続けているのだろう。
「そうだったんですか……」
「とはいってもねえ、魔術師の依頼費を負担してもらっているのも心苦しかったし、もっと早くこうしていればよかったとも思っているんだよ。結局減った収入を給料として払わせてしまっているんだけどねえ……。まあこれも後少しの辛抱だって話だから、こうやって笑えてるんだけどね」
なんと返せばよいのか分からず黙っていると、それを察したのか女性は思い出したように手を叩いて、せっかくだからとキッチンに行った。
「せっかくだし出来立てを食べなよ。ちょうど食べ頃だよ」
キッチンから運ばれてきた器からは先程から鼻孔をくすぐる香りが漂っている。
女性はそれをテーブルに置いて、僕に座るよう促した。
大人しく従えば、シンプルながらも工夫に工夫を重ねているであろう料理が目に飛び込んできた。
「風邪ではないけれど、今は栄養があるものが良いだろうと思ってね。売り物にならない作物をたっぷり使ったんだよ。あ、売り物にならないと言っても見た目だけの問題で味は保証するよ」
僕の反応を見たいのか、ニコニコとこちらをずっと見ているのでどうにも食べ辛い。
それでも掬って口に運べば濃厚な味が口いっぱいに広がった。自然と口角が緩む。
お店で出るような完成された味ではないが、素材の味に程よい塩味が絶妙なバランスで少し懐かしさを覚えた。
こんな料理は久しく食べていない気がする。
気づけば食器の中身は空になっていた。
静かに食器を下ろせば、女性が嬉しそうな笑顔でそれを片付けた。
その後も女性は家のことを一通りやってくれた。
とはいえ流石に身の回りのことまでやってもらうわけにはいかないので、せいぜい室内の清掃をしてもらったぐらいだ。
最後に念押しするように「今日一日は絶対に安静にするんだよ!」と言って帰っていった。
女性を見送ってソファに寝転がると、満腹のせいか気が緩んだのかウトウトとそのまま眠ってしまった。
そして再び目覚めた頃には夕日が差し込んでいた。




