閑話:グライツ伯爵の覚悟
「お目通りを叶えていただき、感謝いたします」
皇城の中心部とも言える謁見の間にて、男は頭を垂れた。
相手は玉座に座る当代の皇帝エイザム。
白い正装をまとった皇帝に対して、頭を垂れる男は濃い灰色の正装だ。
「良い。して、グライツ伯爵、用とはなにか?」
皇帝の言葉に顔を上げた男は、未だ表情を強張らせており、握った手も小さく震えている。
「はい。先日捕まった愚息につきましてと、当家の今後につきまして陛下にお許しをいただきたく参りました」
「捕まった息子、とは、確かルオだったか。以前は騎士ではなく冒険者だったと聞くが」
グライツ伯爵家はこれまで騎士を多く輩出してきた名家だ。
かくいう伯爵本人も現在は騎士団長を務める強者。
嫡子である長男のルイも騎士団の中でも精鋭とされる部隊に所属している。
そんな名家の出でありながら次男は冒険者。
皇帝は表情を変えず、疑問を投げかけた。
「その通りでございます。当家は長らく国のため尽くしてまいりましたが、愚息はその心得を理解することができませんでした。騎士になれなかったのもそのためにございます。そして此度の愚行。最早当家としては看過し得ぬことと心に決めた次第にございます。ゆえに、愚息ルオを除籍したく」
除籍、すなわち家族の縁を切るということは、貴族にとっては平民にすることを意味する。
一つの家庭の中で下せる最も重い罰だ。
殺すという罰は審議会を経ずに実行されればそれは私刑にあたり、罰を下したものが罪に問われる。
そのため事実上除籍が最も重いのだ。
そして、貴族社会において人事はすべて皇族が管理している。
爵位そのものは当然のこと、その配偶者や後継者など存亡に関わる事はすべて皇族に許可を得なければならない仕組みとなっている。
そのためにわざわざグライツ伯爵はこうして皇帝に謁見を求めたのだ。
「嫡子ではないのだから問題なかろう。除籍を認める」
「ありがとうございます。それから、陛下。……もしも、その後もルオが罪を犯すようであれば、私と息子ルイを騎士団から除名し、爵位もお取上げいただきたいのです」
その覚悟に皇帝は目を細めた。
貴族に生まれた者は、貴族であることに誇りを持つ。
当人に罰を与えるだけではなく、自らも罰としてすべての地位を差し出すとは、よほどルオの罪に重い責任を感じているのだろう。それは見上げた覚悟だ。
この場に騎士服を着て来なかった理由に皇帝は納得した。
「……お前は騎士団長という立場だ。それを弁えての願いか?」
「もちろんでございます、陛下。私共が除名された後の後継は既に決めております」
先程まで強く握られていた拳はだらりと力なく降りている。
もうグライツ伯爵の中では釈放後の息子の行動がわかっているかのように見えた。
グライツ伯爵は諦めに満ちた眼差しを皇帝に向ける。
「そうか。……この件については追って沙汰する」
少しの瞑目の後に出された皇帝の答えは先送りだった。
帝国内における最高権力者である皇帝の決定に異議を唱えられる者は少ない。
ゆえにこの場で結論を出しても何ら問題はない。
それは皇帝自身もグライツ伯爵も理解している。
しかしこの場で結論を言わなかった事にグライツ伯爵は疑問を持たなかった。
そもそも貴族社会では伯爵位以上は、一部の例外を除いて領地を持つ。
更には何かしらの国の重役を担っていることもあり、簡単に爵位を廃止することはできないのだ。
次代の選定から引継ぎまでの時間も必要なこともあり、利害を吟味する必要がある。
そしてグライツ伯爵の場合、幸い騎士という重役と国内の治安維持、防衛という大きな役目を担っていることもあり、領地を持たない例外にあたる。
その分考えることは少ない様に見えるが、その役目は大きく、当然抜ける穴も大きい。
一概に簡単とも言えない問題だった。
たとえ後継者が決まっていたとしても、だ。
皇帝の回答を得てグライツ伯爵は大きく頭を下げ、踵を返した。
後少しで扉にたどり着くというところで後ろから声がかかった。
「グライツ伯爵、貴殿で何代目になる?」
声の主は皇帝だ。
先ほどと微塵も変わらない表情だ。
突然訊ねられたグライツ伯爵は意図が分からないといった様子で口ごもった。
「……私で六代目でございます」
「そうか」
用はそれだけだったようで、皇帝は退室を促した。
対してグライツ伯爵はやはり意味が分からないと首をかしげながら皇城を後にすることになった。
「〝一所に留まるは五代まで〟……か。よく出来た訓戒だな。……一体どんな賢人の言葉なのやら」
そんな皇帝のつぶやきは閉じられた扉の音にかき消された。




