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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
4章 悲劇の地
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苦しめていると言ってもか⁉

 翌朝、眠たい目をこすりながら食堂へ行くと、そこで羽トカゲが待っていた。

 なんでもリーゼさんがヴィンドルゼさんに用があるからとでかけているらしい。

 戻ってくるまでに身支度を済ませておけ、という言伝を伝えるためにいたようだ。

 口は悪いが律儀なトカゲだ。


「なんでまたこんな朝早くに?」

「さあ? オレだって全部聞いてるわけじゃねえし」


 ちょこんとテーブルに座り、大きなあくびをするその姿はまるで猫のようで少し可愛いと思ってしまった。


「……なあ、ヴィンドルゼから何を聞いたんだよ?」


 席について粗食にかぶりつこうとしたところで突然羽トカゲが訊ねた。

 まだ口に入れる前だったので、僕はそれを戻して答えることにした。


「え? うーん、簡単に言うとリーゼさんがやろうとしていることについて、かな。……リーゼさんに聞けって言われたの?」

「リーゼがそんな事を気にするわけねえだろ。それ以前におおよそどんな話をしたか予想はできてると思うぞ」

「なるほど?」


 ではなぜ聞いたんだ? と首を傾げれば、羽トカゲがポツリとこぼした。


「本当についてくるつもりなのか?」


 どうやらマジックバッグに入った後も会話は聞いていたらしい。

 今までのからかうような勢いはなく、本音をこぼしたようだった。


「──そうだよ」

「帰れるかどうか分からなくてもか?」

「うん。それも聞いた上での結論だから」

「お前が! ついてくることでリーゼを苦しめていると言ってもか⁉」


 叫ぶように放たれた言葉に部屋がしんと静まり返った。

 直後、羽トカゲはしまったと言わんばかりに背を向けた。


「……それは、僕がリーゼさんを苦しめてるって……どういう意味……?」


 小さな背に、恐る恐る訊ねた。

 知らないほうが良いことに触れているような緊張感に押しつぶされそうだが、必死に堪える。

 また何も知らないままなのはもう嫌なのだ。


「……………………」


 羽トカゲは背を向けたまま答えようとしない。

 そしてしばらくの沈黙の後、すっと飛んで部屋を出て行ってしまった。


 手に持ったままの朝食を見る。

 どうにも食べる気にならなくて、包み直して手に入れたばかりのマジックバッグの中にしまった。




▓   ▓   ▓




 朝の一件からしばらくしてリーゼさんが戻ってきた。

 あれから羽トカゲはどこへ行ってしまったのか、その姿を見かけていない。


「リーゼさん、羽トカゲ──エリアルを見ていませんか?」

「見てないけど……。どうかした? またあの子にいじられでもしたかい?」


 訊ねてしまった以上何も話さないわけにもいかず、羽トカゲに言われたことを話した。

 そうすればリーゼさんは大きなため息とともに食堂で待つように言って、屋敷の三階に向かった。


 大人しく食堂で待つこと十数分。

 羽トカゲを伴ってリーゼさんがやってきた。

 昨夜と同じ席に着きおもむろに口を開いた。


「エルムの馬鹿から昔の話をしたって聞いているよ。私が一時パーティから離れていたことも聞いているだろう?」


 問いに僕は頷く。

 詳しくは聞いていないが、確かにそんな事を言っていた。


「私には夫がいたんだ。亡くなってもうだいぶ経つけどね。……その夫に君はよく似ている。だから、私が君に彼を重ねていると思ったみたいでエリアルがいらない気を使った、ということらしい」


 よほど似ているのだろう。話すリーゼさんの表情はどこか切なげだ。

 それでもどうとでもなさそうに振る舞っているあたり、リーゼさんの中では整理できていることで、似ているから一緒にいるのは辛いというわけでもなさそうだ。

 本人の説明通り、本当に羽トカゲが気を使いすぎただけなのかもしれない。


「……事情はわかりました。話してくださってありがとうございます。……あの、一つ確認させてください。今までリーゼさんが説明をしてくれなかったのは、リーゼさんの個人的な理由ではないのであれば、なぜなのでしょうか?」


 僕の問いにリーゼさんは柔らかく息を吐きだして答えてくれた。


「そうだね。この際その話もするべきだね。今まで君に目的その他諸々を話してこなかったのは、無関係な人を巻き込むことに抵抗があった、といえば信じてもらえるだろうか」


 ヴィンドルゼに言っていたままだ。

 だが、どうしてもそれだけだとは思えない。

 それでは僕の扱いがあまりにも杜撰なのだ。

 それに迷いのようなものも見え隠れしている。


「なら、どうして僕の指導を受け入れてくれたんですか? 巻き込みたくないのであれば拒否だってできたはずです」

「……できただろうね。いや、実際には拒否したんだよ。決定したエルムに直談判もした。でも最終的には実利を優先した──と言うべきかな」


 そう話すリーゼさんは微笑みながらも苦しそうに見えた。

 そして一つ息を吐き出せば、そんな表情も消えていつも通りになった。


「君も知っての通り、現在の冒険者には名だたる実力者がいない。いざという時に模範となるべき者や、先頭に立つ者はこれからも必要だからね、そういった人材を育てるチャンスは今が最後なんだ。私には後進を育成する義務もあるからね」

「僕が育てるのに適している、と?」

「……少なくても誰でも良かったわけじゃないよ。まとめて複数人は目が届かなくなるし、やる気はあっても実力が伴わない人の面倒を見られるほど暇でもない。その点君はやる気もあるし、実力も可能性もある。君だから受け入れたという側面もあるね」


 誰でも良かったわけじゃないという言葉に安堵した。

 僕を嫌々指導していたのであれば羽トカゲが放った言葉もあながち嘘ではなくなってしまう。

 教える気もない相手を指導するのは苦痛でしかないだろう。

 そうではない、と知れたのは大きい。


「──本当に僕は足手まといになっていないんですね?」


 足手まとい……? と首を傾げたリーゼさんは一拍置いて堪えきれないように肩を揺らし始めた。

 なにかおかしなことを言っただろうか?


「君だから、ってことはないけど、足手まといかと言われると否定はできないね」


 ぎょっとする僕にリーゼさんは優しく微笑みかけ、とどめの一言を放った。


「実力不足。今のままだと爪痕まで連れて行くことはできないよ」


 体温が一気に上がったのがわかった。全身が僕の意思に反して沸き立つように赤くなっていく。

 なんと馬鹿な問いを言ったんだろうか。恥ずかしすぎる。


「あ、いや、そういうつもりでは……」


 しどろもどろになりながら言い訳をしようとするが、もはや口から出る言葉はめちゃくちゃだ。

 声を出すたびにどんどん事態は悪くなっていく。

 もう自力では立て直すことができない。


「言いたいことは分かっているから、とりあえず落ち着きなよ」


 そう言われたのはひとしきり笑われた後だ。

 分かっているならもっと早く止めてくれてもいいのに、意地悪ではないだろうか。


「アルノルト、聞いていると思うけれど残された時間は少ない。これからは厳しくするよ」


 ガラリと変わった雰囲気で言われたそれに、それまで四散していた僕の思考が落ち着きを取り戻した。


 リーゼさんには時間の制約があるということをヴィンドルゼから聞いている。

 それまでに目的の場所までたどり着かなければならないのだが、僕がついていくともなれば僕自身がそれに見合うだけの力をつける時間も必要になる。

 残された時間と力をつけるための時間、どちらが多いかはやってみなければわからない。

 だが、僕がたどり着かなければならない境地を考えれば、並大抵の努力では到底足りないのは確実だ。


「覚悟の上です」


 僕の回答に満足したのか、席を立ったリーゼさんは出発の号令を出した。




▓   ▓   ▓




 旧辺境伯領を抜け門から出た僕たちは、街道を進まずに近くの街とは違う方向に向かった。

 理由はまだ聞いていない。


「……このあたりなら大丈夫かい?」

「うーん。まあ大丈夫じゃないか?」


 少し開けたところでリーゼさんと羽トカゲがそんな会話をした後、僕を見た。


「そう言えば、まだちゃんと紹介していなかったね。この子はエリアル。新しく生まれた〝空竜〟という種族だ。竜の中で唯一飛びながら行動ができる種族なんだよ。何かと便利だから普段はこの姿になってもらっているけど──」


 気づけば見上げるほどの巨体がリーゼさんの後ろにあった。

 空色の鱗に覆われた体に、爬虫類を思わせる目。

 それは、僕たちが畏怖すべき絶対強者だ。


「この通り本来は成体なんだ」


 威嚇されているわけでもないのに、全身が粟立つように細かく震える。

 噛み合わせていた歯がカチカチと鳴り、荒い息を吐き出す口の中はカラカラに乾いていた。

 次第に全身から血の気が引き、立っている感覚がなくなったのと同時にその後のことをまったく覚えていない。


 ────。


 僕が意識を取り戻した時には、眼の前は宿屋の天井だった。

 どうやら倒れた僕を近くの街まで運んでくれたらしい。


「エリアルでも倒れるなんて、前途多難だねえ……」


 しばらくして様子を見に来たリーゼさんはそんな事を言っていた。

 覚悟を語った直後にこれでは呆れられて当然だ。


「まあ、これから移動するには時間も遅いから今日はここで大人しく休んでいなよ」

「はい……」


 申し訳なさと不甲斐なさに身を縮こまらせて、その日、夜を明かすことになった。


 翌日、この日から僕の竜に慣れる訓練が始まり、エリアルに乗れるようになるまで二週間かかったのだった。

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