後悔先に立たず
風生の洞の入り口で、リーゼはうなだれるように座り込んでいた。
何度目とも知れない深いため息をつく。
「……最低だね」
振り向くことなく、エリアルが後を追ってきたことに気付いたのかそう呟いた。
そんな彼女にエリアルはどう返せば良いのか迷った。
「このままで良いのかよ? もう手遅れってのもわかるけど、何か手が──」
「ないよ。私の役目は次の王竜が決まるまで。きっとその後を見届けることはできない。──はあ……。押し付けるならアルが適任だと思っていたんだけどねえ」
遠くを見るような眼差しでリーゼは冗談めかして言う。
乾いた笑いはすぐに鳴りを潜めてしまった。
「……なあ、なんであいつをここに連れてきたんだよ? 何も知らなければ大丈夫だって思ってたのは分かってるけどさ……」
エリアルの問いにリーゼはうずくまるように姿勢を変え、額を膝に載せた。
「……見せたくなかったんだ。屋敷にあるあれを。見られたら全部話さないといけなくなるだろうから」
二人で探しものをしたほうが早いにも関わらず街の中を散策させたのも、合流してから洞まで連れてきたのも、ただそれだけだと腕に力を込めた。
「じゃあ、なんで──。……すまねえ、言い過ぎた」
未だうずくまったままのリーゼに再び問いかけようとしてエリアルは言葉を飲み込んだ。
投げかけようとした言葉が配慮不足だったからだ。
エリアルとリーゼの付き合いは長い。
リーゼにとって最も付き合いが長いのはエルムだが、彼と比肩するぐらいだという自負がある。
リーゼの交友関係も知っていれば、胸の内もそれなりには理解しているつもりだった。
だから彼女が色々と背負い過ぎていることも、そして疾うの昔に限界を超えてしまっていることも知っている。
それに最終的にとどめを刺したのはエリアルだ。祭壇前でためらっていた少年を押し込んだのだから。
あそこで少年を放置していれば、リーゼが今のように自責の念に苛まれることはなかったかもしれない。
「ああ、もう! あいつがあいつに似すぎてるのがいけねえんだよ! だから余計な気を使うんだ!」
考えに考えた結果、答えが出なかったことをごまかすために話題をすり替えたエリアルはそっぽを向いた。
冗談っぽく言ったのは我ながら良かったのでは? と思ったもののそれを態度には出さない。
「あいつって、それじゃ誰のことを言っているのかわからないじゃないか」
小さく苦笑いを浮かべたリーゼを見てエリアルは思った。
──長年連れ添うとこうも似るもんなんだな、と。
そして脳裏に過るのは少し困ったような笑みを浮かべる黒髪の青年。
あいつなら、この状況をどうしたんだろう。そんな事を考えて頭を振った。
「話すのか……?」
何を、とはお互いに言わない。そんな必要はないのだから。
「まだ考えがまとまらない。──でもいつかは話さなくちゃいけないんだろうね。私の罪を」
「……………………」
リーゼの答えに返す言葉をエリアルは持ち合わせていなかった。
ただ、物悲しそうな彼女を心配そうに見つめるしかない。
「……さあ、そろそろ顔を洗ってくるかな。こんなみっともない姿見せるわけにもいかないからね」
すっくと立ち上がったリーゼはそのまま森の中に消えていった。
「え⁉ あいつをオレ一人で待つのかよ⁉ えぇ~……」
そんなエリアルの叫びはリーゼに届いたのかどうか分かるはずもなく、エリアルは頬を膨らませて不満をにじませたままその場に残った。
そんな姿を戻ってきたリーゼに見られて笑いものにされたのは、それから程なくしてのことだった。
「──あ……」
完全に調子を取り戻したリーゼにエリアルが散々からかわれているところで、アルノルトが戻ってきた。
そんな二人を見て思わず声を漏らしたアルノルトは、少し迷った素振りを見せながらもその輪に入る。
「もしかして待っていてくれたんですか?」
「はあ~? お前を待つわけねえだろ」
リーゼの矛先を変えようと、やってきたアルノルトに突っかかってみたが、リーゼにはそれは無理があると笑われ、言われたアルノルトもきょとんとするのみだ。
失敗を悟ったエリアルは大きく息を吐きだして、するりとリーゼのマジックバッグの中に入っていった。
「え、えっと……。なんと言いますか……」
それはエリアルの態度に対してなのか、ヴィンドルゼに聞いた話に対してなのか。
とても言い辛そうに口を開いたアルノルトにリーゼは少し柔らかな笑みを浮かべて肩をたたき、街に向かって歩いていく。
「あの、ヴィンドルゼから言伝を預かっています。『森の結界はもうお前たちには意味を為さないから好きに出入りすれば良い。ただし、他のものには今まで通りだということを忘れるな』と『思い残すことがないように、やるべきことをなしてから来い』だそうです」
「……そうかい。それで、アルノルトはどうするんだい? エルムの阿呆の指示に従ってついてくるのか、ここまでにするのか」
立ち止まって振り向いたリーゼにそう訊ねられてアルノルトは俯き押し黙った。
そしてしばらくして顔を上げたその顔はそれまでとはまったく別人のようだ。
「ついていきます。僕の意思で」
その様子に意志の強さを汲み取ったリーゼは「わかった」とだけ言って再び街に向かって歩き出した。




