覚悟
「ヴィンドルゼ!」
僕の回答を待つヴィンドルゼに向かって制止するかのようにリーゼさんが叫んだ。
彼が話そうとしていることは、リーゼさんにとっては都合の悪いことなのだろうか。
それならば聞かないほうが良いのかもしれない。
僕はあくまで頼まれてついて回っている立場だ。それも本人の意に沿わない存在でもある。
ならば潔く身を引くのが得策だろう。
だが、皇弟殿下の頼みも無碍にはできない。
それは相手が皇弟だからというわけではなく、わざわざ自身の傷口に塩を塗るような話をしてまで頼んだその心中を思えばこそだ。
殿下がどんな思いで僕に頼んだのかは真相はわからない。でも、相応の覚悟を以って話してくれたはずだ。
「アルノルト、断るんだ! 君を巻き込みたくない!」
「リーゼリア、お前も分かっているだろう。いつかは誰かがやらねばならぬことだ。それにレスヴェラルの血筋であろう。もはや無視できる存在ではない」
ヴィンドルゼの言葉にリーゼさんは押し黙った。
二人の会話はどうにも僕には要領を得ない。
〝レスヴェラルの血筋〟など初めて聞いた言葉だ。
それがわからないままではヴィンドルゼの問いに答えることなどできるわけがない。
「一体何の話なんですかっ? 死ぬとかレスヴェラルの血筋とか、何もわからない状態で覚悟とか言われても、答えられるわけないじゃないですか!」
混乱のあまり叫んでしまった僕を二人は静かに見た。しかしその様相は異なる。
僕の心中を推し量るようなヴィンドルゼに対して、リーゼさんは目線で断れと促している。
もうどうすれば良いのかわからない……。
「……このままリーゼリアについて行けば、いずれ少年は大きな力に触れることになる。それまでに力に耐えられるだけの器にならねば死ぬことになるだろう。そして、少年はそれに耐えうるだけの素質があるのだ」
最初に口を開いたのはヴィンドルゼだった。彼なりの譲歩だったのだろう。
背景がわからなくても、この後のリスクを理解できるように話してくれたように思う。
この状況で僕ができるのは、示された情報からヴィンドルゼが言わんとしていることを推測することぐらいだ。
僕が死ぬという話は言われ通りだとして、リーゼさんの目的はその力に関連するものなのだろう。
それについてはやはり情報が足りない。
それからレスヴェラルの血筋とは、その大きな力に耐えうるだけの素質を持った一族を指すのかもしれない。
しかしそんな話は聞いたことがない。
少なくても僕はただの田舎で育った農民──のはずだ。
それに〝レスヴェラル〟は国の名前であり、皇族の名でもある。
僕の親戚に皇族はいないはずだ。
いよいよ訳がわからなくなってきた。こちらもやはり情報不足だ。
もしかしたら、その不足しているピースを得るかどうかが、僕の今後を決めるのかもしれない。
額に手を当てる。無意識にその手に力が入り、前髪がぐちゃぐちゃになる。
そして脳裏に過るのはユレイアのギルドで瘴気についてどうするか訊ねられた時だ。
あの時、瘴気を知ったことによって言い逃れできない立場になった。
今突きつけられている問題もおそらく同質のものだ。
知ることによって何かしら逃げられない状況になるのかもしれない。
だが、知らないことのリスクも同時に知ったはずだ。
知っていればできた対処も、知らなければ何もできないのだ。
ならば僕の選択肢は一つしかない。
「…………。わかりました。聞かせてください。全部」
「良いだろう。しかし全部とはいかぬ。吾とて話せぬこともある」
「……わかりました」
あっ、リーゼ! と後ろから声がして振り返れば、リーゼさんの姿が消えるところだった。
ここに来たときと同じようにしてあの台座に戻ったのだろう。
その後を追うように羽トカゲも消えた。
「まずは名乗るとしよう。吾はこの地を護りし四竜が一つ、風竜ヴィンドルゼ。この姿は仮初めだが、ここで晒せばまともに話せぬであろう。本来の姿でないことは許せ」
言葉を切り、目線で座るよう促された。示された通り座れば、地面の冷たい感触が伝わってきた。
「人の世で言うところの帝国全域は、我ら四竜と四竜の頂点たる王竜が守護している。我らはこの地を司る存在であると同時に均衡を保つ存在でもある。我らの力の不均衡は即ちこの地の不均衡に繋がる。今まさにその不均衡によってこの地は乱れている。それを対処する任をリーゼリアに与えているというわけだ。そしてその任も間もなく終える」
情報量の多さに呆然とした。
竜に守られているというのも驚きだが、力の不均衡が起きているというのは何とも実感がない。
そもそも均衡を保てている状態がどの様な状態なのかすらわからない。
この問いにも答えてくれるだろうか。
「あの……、この地が乱れているというのは具体的に何が起きているんですか?」
「人の身では感じられぬか。わかりやすいところでは魔物の異常活性といったところだな。身に覚えはあろう」
魔物の異常活性とは変異種のことを言っているのだろうか。
それなら、最近の出現数は異常なぐらいに増えている。
そのせいでドレークさんたちが常に呼び出されているような状況だ。
原因が力の不均衡にあるのなら早く解決しなければいけない問題だろう。
──あれ? それをどうにかするためにリーゼさんが動いていて、それももうすぐ終わるということは、もしかして近いうちに解決するってこと……? でもどうやって?
「……あるには、ありますが……。つまり、魔物とかの問題も近いうちに解消できるってことですか?」
「大枠ではその通りだ。だが、すぐに元通りというわけではない。長い年月を経て起きた変化を戻すにはまた同等の時間が必要だ」
「具体的にはどれぐらいの時間がかかるんですか?」
「我らの単位で一周期──人の時間に置き換えればざっと二〇〇年程度か。だが、実際にはそこまでかからぬだろう。リーゼリアがかなり押さえ込んだおかげで予測よりも変化が少ない。元に戻るまで一〇〇年もかからぬやもしれぬ」
思いもよらない期間にめまいがした。
短くなったとはいえ、それでも人の一生程度はかかるというのだから、僕では本来の世界を見ることができない。
それどころか背負い続けてきたリーゼさんは更に望み薄だ。
報われないどころの話ではない。
残酷──それ以上に適切な言葉が思いつかない。
「一番頑張っているリーゼさんは、元の状態を見れないんですね……」
「それは……。──いや、それは今話すことではないな。……さて、話を戻そう」
そこで一息ついたヴィンドルゼさんは、頬杖をついた。
「リーゼリアの務めは残すところ後僅かになった。残すは我らが創造主が造りし深淵、大地を隔てる標、王種より王竜を決する地に赴き、新たな王竜に力を還すのみ」
深淵、大地を隔てる……。
抽象的な表現でどこを指すのか明確ではないが、一箇所だけ思い当たる場所がある。
未だその全貌が明らかとなっていない場所──
「……古代竜の爪痕、ですか?」
その問いにヴィンドルゼさんは深く頷いた。
するとしかし分からない。
古代竜の爪痕まで行って王竜に力を還して終わりなのであれば、どこに僕が大きな力に触れる要素があるのだろうか。
まさか力を還す時に僕を介する必要があるわけではないだろう。
それにその還す力とは一体どういったものなのだろうか。
「リーゼさんがやらなければならないことはわかりました。ですが、それと僕に一体どんな関係があるのですか? それにレスヴェラルの血筋とは一体何なんですか?」
じっと向かいに座る相手を見て次の言葉を待つ。
その時に見せたヴィンドルゼの考えるような仕草がどうにも本人にも手に余っているように見えた。
「指摘の通りだ。だがレスヴェラルの血筋については人の領分ゆえ吾の口からは話せぬ。少年の両親に訊ねるのが良かろう。そして、少年との関係だが──」
そんな前置きの後、僕は覚悟の正しい意味を知った。




