始まりも終わりも唐突に
洞の中は聞いた通り真っ暗だ。
入り口から差し込む光はほとんど意味をなさず、どれだけの広さがあるのかなどわかりそうにもない。
一歩ずつ慎重に中に入っていけば、突然ボッと足元から音がした。
そしてすぐ近くで青白い炎がかすかに灯り、道を示すかのようにまっすぐ次々と青白い光が灯っていった。
「これは随分急かされているね」
洞にたどり着いてからまともな説明がされず、どういう状況なのかすら理解できない。
自分で考えなければならないのかもしれないが、僕にはそのための情報が圧倒的に不足しているのだ。
このままついていくことに幾ばくかの不安を覚えた。
「手順の方は大丈夫なのかよ?」
羽トカゲは僕を無視するようにリーゼさんの隣を飛んでいる。
まるで僕に入り込む余地はないと言われているようだ。
「手がかりがないからね……。さっきみたいに何かしら導きがあればいいけど」
程なくして奥の壁に行き当たった。足元に灯っていた炎と同じものが両脇の燭台に灯り、当たりをかすかに照らしている。
地面には円形の台座があり、その上で先程の子供が祈るようにかがんでいる姿が暗闇から浮かび上がった。
しかしその姿はすぐに霞と消え、残ったのは台座だけだ。
「…………なんていうか、ここまで手取り足取りだと逆に不安になるな……」
羽トカゲの独り言のような感想に反応することなく、リーゼさんは台座に上がり子供がしたように跪く。
「おい、もっと近づかねえと置いてかれるぞ」
灯籠が灯った時の場所から動かずにいると、羽トカゲにそんなことを言われた。
置いていかれるとはどういうことだろう。どこかに行くほどの広さはないはずなのだが……。
「うわっ、突くなよ……、ちょ、くすぐったい……いだだだだ!」
意味が分からずその場に棒立ちしていたら羽トカゲが僕の後ろに移動して、台座に向かって押したのだがその小さな体では力が足りずくすぐられた程度だった。
それが気に入らなかったらしく、肩を思いっきり噛まれた。
すごく痛い。これ、抉れてるんじゃないか……?
そんなふざけた戯れをしている内に台座にいたはずの姿がなくなっていた。
「ほら、置いてかれたじゃねえか! さっさと祭壇に上がれって!」
やはり意味がわからないまま僕は押されて祭壇に上がり、突然光に包まれた。
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気づけば、目の前に見知らぬ場所が広がっていた。
先程までの真っ暗な空間ではなく、岩壁に囲まれただだっ広い大穴のような場所だ。
上からは日差しが眩しいほどに降り注いでいる。
「舞台は整えてやったのだ。せいぜい足掻けよ」
そんな場所では既にリーゼさんが何者かと対峙していた。
相手は褐色の肌に緑がかった銀髪の男。
僕から見ても美形だと思うほどに整った顔立ちをしている。
惜しげもなく晒している引き締まった肉体は、只者ではない印象を植え付けるには十分だった。
「またこの展開かい……」
闘志をみなぎらせている男に対して、リーゼさんは呆れたように嘆息した。
面倒に思っているのか、それが表情に出ている。
そして互いに構えの姿勢を見せることなく、戦いの火蓋が切られた。
先に動いたのはリーゼさんだ。
広い空間の対角線上にいた相手まで瞬きの間に肉薄し、みぞおちに拳を打ち込んだ。
男の体がくの字になって吹き飛び、背後の岩壁にぶつかって大きな亀裂を作った。
しかし男の顔色はまったく変わらない。
むしろ闘志に火がついたかのように獰猛な笑みを浮かべた。
「流石は吾が選んだだけのことはある。もっと楽しませろ!」
今度は男が噛みつくようにリーゼさんに突進した。
それを少ない動きでリーゼさんは躱し、通り過ぎていった男を後ろから回し蹴りで再び吹き飛ばす。
「おい、下がれ! 巻き込まれるぞ!」
羽トカゲに言われ、慌てて壁際に寄る。
巻き込まれるような動きは見られないのだが、二人の動きについていけない以上安全な場所まで下がるのは当然だ。
ただし、この空間にそんな場所があるのかどうかは言うまでもないのだが。
そして僕がいた場所を光が通過した。
一拍置いて突風が吹きすさび、羽トカゲが僕の服を掴んでなんとか留まった。
かくいう僕も風圧でジリジリと後ろに押されている。
風から身を守るために腕をかざし、目も閉じ、耐える。
風は一向に収まる気配はなく、背後に壁を感じた。気づかない内にかなり押されたようだ。
そんな中、二人の戦いは今なお続いている。
ペースが上がり、もう僕の目では二人の動きを追うどころか捉えることもできない。
この突風もそれによるものだろう。……それにしては強すぎる気もする。
「あのリーゼさんと互角って、一体何者なんですか……」
「互角なんかじゃねえよ」
「え?」
僕のつぶやきに答えた羽トカゲは、トカゲにも関わらず苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
今更だが、喋ることといい、飛んでいることといい、この羽トカゲは一体何なのだろう。
「まだ全力は出していないが、それでも八割九割は出してる。対して相手のヴィンドルゼはまだまだ余力を残してる。互角なんかじゃねえ。遊ばれてるんだよ。人型なのが救いってぐらいだな」
これで九割……。
その事実に愕然とした。
あまりにも他の冒険者とは違いすぎる。Aランクになったドレークさんたちと比較しても明らかに──いや、比べるべくもなく隔絶された強さだ。
それでもなお届かないなんて、あのヴィンドルゼという人は規格外の力量の持ち主ということになる。
もう人の域にあるのかすら怪しいのではないだろうか。
時々どこかで火花が散る。
きっとそこで攻撃しあっているのだろう。
もはやCランクになった程度の僕には理解の及ばない戦いをただ見守るしかできない。
もう見えてすらいないので見守るという表現が正しいのか怪しいが、こうする他ない。
──そして、突然始まった戦いは突然終りを迎えた。
天から雷が落ち、地面を黒く焦がした。その場所を挟む形で、両者が立ち止まり睨み合う。
「流石だな。移動を挟んだ二連撃。吾でも見えなかったぞ」
「こっちは魔法をかわされるなんて思ってなかった」
「その程度の不意打ちなど見抜くのは容易い。しかしなぜあれを使わなかった? あれさえあれば吾が障壁を破ることなど造作もなかろうに」
「道具に頼った輩を計るのが目的じゃないだろう?」
「違いない。──良いだろう。先代の意志、確と承った。かの地へ向かうが良い」
ヴィンドルゼはどすりと音を立てる勢いで地面に胡座をかいた。
腕組みをし、何かを見定めているように見える。
「しかし、リーゼリアよ。お前が男を連れているなどメルストロジアから聞いておらぬぞ」
あ、値踏みされているのは僕か……。
なんだか僕を見る目がとてつもなく険しい気がする。
「今回初めてだよ。メルが知るわけないじゃないか」
「……まあいい。少年よ、どうせまともに話も聞いておらぬであろう。覚悟があるなら話すがどうする? 知らぬままリーゼリアについて行けば死ぬやもしれんぞ?」
死ぬかもしれないと言われて知らないままでいいなどと答えられるわけがない。
しかしわざわざ確認してきた上に、覚悟が必要となると聞くのも相応にリスクがあるのだろう。
それこそ生死を天秤に乗せるような何かが。




