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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
4章 悲劇の地
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導き

 まずい。そう思って足を止めれば、道案内をする子供も僕を見て小首を傾げる。


「ねえ、このまま進む訳にはいかないよ。街には仲間がいるんだ。それに、僕は出口がわからないんだ。戻れなくなったら仲間に迷惑をかけてしまう」


 少し先でこちらを見ている子供が瞬きをしたような気がした。

 そしてにっこりと笑みを見せる。

 こんな状況でもその表情に不気味さはなく、まるで遊んで喜んでいるようなものだった。


「アルノルト!」


 子供の笑みを見た直後、背後から呼ばれて振り返った。

 そこには息を切らしながら走ってくるリーゼさんの姿があった。

 その隣に宙に浮く小さななにかもある。


「──良かった! 見つけられて」

「リーゼさん、苦しいです……」


 僕の前まで駆け寄ったリーゼさんは走る勢いをそのままに僕を抱きしめた。

 突然のことに驚きつつも、成人して暫く経つ大人が抱きしめられているという気恥ずかしさが勝る。

 僕たちの身長差はリーゼさんのほうが少し高いぐらいであまりない。

 なので僕の顔はリーゼさんの肩先に限りなく近づいていて、もう触れる寸前だ。

 払い除けるわけにもいかず、完全に硬直状態だ。どうすれば良いんだ……。


「おい、お前。オレに感謝するんだな。オレが気づかなかったら、お前、このまま樹海で彷徨うことになってたぞ」


 そんな言葉でようやく離してもらえたのだが、それは少年のような聞き覚えのない声だった。

 そちらへ向けば、手のひらほどの大きさの羽の生えた空色のトカゲが飛んでいた。


「──羽の生えたトカゲ?」

「オレはトカゲじゃねえ!」

「エリアル、そう言うんじゃないよ。何も話していないんだ。許してやりなよ」


 妙に威圧感のある目つきのトカゲとの間に割って入るようにリーゼさんが前に出た。

 トカゲは不服そうにしたが、それ以上何も言わなかった。


「それでアルノルト、どうして樹海に入ったんだい? 迷えば出られなくなるって話しただろう?」

「えっと、女の子を追いかけてたらこんなところに……」

「なんだよ、発情期か?」

「エリアル! ……その子は今どこに?」


 からかうトカゲを諌めたリーゼさんに子供がいた方向を教えれば、やはりそこでおさげの子が佇んでいた。

 こちらに来る気配はない。


「…………メリア……」


 近くでもかろうじて聞こえるぐらいの呟きをこぼしたリーゼさんは直ぐに頭を振った。


 子供は再び手招きをして行き先を指し示した。


「あっちは、古代竜の爪痕……いや、風生の(うろ)……?」

「風生の洞?」

「風生の洞というのは、古代竜の爪痕の端にある洞窟みたいなところなんだ。大樹に空いた穴だから大した奥行きはないんだけどね。いつ行っても暗いもんだから、子どもたちの間ではお化け洞窟なんて言われてたね」


 リーゼさんはゆっくりと子供のそばまで近寄り、目線を合わせるようにしゃがんだ。

 子供は僕のときとは異なり、どこかへ消えることなくその場に留まり続けた。


「私に伝えるために残ってくれていたんだね。ありがとう。ずっと来れなくてごめんね」


 子供はどこか満足そうな笑みを浮かべると、もう一度同じ方角を示して消えてしまった。


「……これは一度行ってみるしかないか。わざわざ招いているみたいだし」

「でも、さっきの子はいなくなっちゃいましたよ? ここをどうやって抜けるつもりなんですか?」


 樹海の中を彷徨うのは危険だ。

 先程までは案内があったから無事だったようなもので、今はそれがない。

 方角が分かっていてもなにかの拍子にそれがずれてしまえばとんでもないことになるだろう。

 特に洞のすぐ隣は古代竜の爪痕だ。気づかずに落ちれば、ただで済まないどころではない。


「そうだねえ……。せっかくだし、あれを教えようか」


 そう言ったリーゼさんは僕に地図を出させて地面に広げた。

 更にそれに指を添えて呪文を唱えると、地図上に矢印のようなものが現れた。


「方位の魔法だよ。魔力を流し込んでいる間だけ、現在位置や目的地と向いている方向がわかるんだ。元々は船乗りたちが使っていたものだったんだよ。海は目印が少ないからね」


 なるほど、と感心した。


 魔法というとどうしても戦闘に使うものを想像してしまう。

 他にも治癒魔法や強化魔法も有名所ではあるが、やはりどちらも戦闘に付随する事が多いため戦闘向けの印象だ。

 なので方位の魔法のように生活に使うような魔法はかなり新鮮だ。


 方位の魔法の使い方は非常に簡単だ。

 手順は先程見せてもらった通りで、呪文も短く、ただ目的の場所を強く思い浮かべるだけだ。

 思い浮かべるのは具体的な景色などではなく、「ここに行きたい!」というもので十分なので、初めて行く場所でも問題なく使える。

 ただし場所が特定できない想像は不発に終わる。

 例えば「薬草がたくさんある場所」や「海」といったものがわかりやすいだろう。

 前者は典型的な目的地が不明なパターンだ。これではどこに向かえば良いのかわからない。

 後者は逆に候補が多すぎるものだ。海と一言に言っても、海上なのか、海岸なのか、はたまた海の中なのかまったくわからない。それに海に面しているだけでも候補地がかなり多い。

 ようは、ある程度の具体性がなければならないということだろう。


 付け加えると、この魔法は目的地が載っている地図がなくてはならない。

 本来は目的地に向かうための魔法だ。ただ現在地がわかるだけでは意味がない。

 使用者がどちらへ向かえば良いのかを視覚的に教えるための条件を満たす必要があるというわけだ。


「こんな魔法、どこで覚えたんですか? あまり一般的じゃないですよね?」

「昔、港町の酒場で教えてもらったんだよ。飲み比べ勝負の報酬としてね。この魔法にはさんざん世話になったね」


 そういえば、リーゼさんの昔の話というのはこれが初めてかもしれない。

 歴史の話などはあったものの、個人的な話は聞いた覚えがない。


 今なら当初の目的を達成できるかもしれない。──しかしどう切り出したものか……。


「……ロヒカルメ村に来たときも方位の魔法を?」

「いいや? あそこは一応道があるからね。行商人について行けば調べる必要もないし」

「だから行商人の護衛をしていたんですね」


 リーゼさんが僕をちらりと見た気がした。

 その動きを見たわけではなく、ただなんとなくそんな雰囲気がしただけだ。


「そうだね。……それにしても、あの時の少年がまさか冒険者になるなんて思いもしなかったよ。本当に大きくなったね」


 まさか覚えていてくれたなんて思いもよらず、うっかり気持ちが緩んでしまった。

 それをごまかそうとちゃかすように口を開いた。


「リーゼさんが変わらなさすぎるんですよ」

「よく言われる」


 冗談めかした口調のそれに、二人揃って吹き出すように笑った。


「あの、リーゼさん。実はずっと聞きたいことがあって──」

「……悪いけど雑談はここまでだよ。あれが風生の洞だ」


 意を決して訊ねようとしたところで、間が悪いことに目的地にたどり着いてしまった。


 そこは巨大というよりはその歳月を体現するかのような太い幹の樹がポツリと生えているだけだった。

 その極太の幹に口があるかのようにポッカリと大きな穴が開いている。

 それがどうやら風生の洞らしい。


「…………。これは当たりだろうねえ……」

「だよなあ……。樹の中から気配を感じるぞ」


 それまで不貞腐れた様子で黙っていた羽つきトカゲが相槌を打った。

 少し怯えているようにも見えるが、何に怯えているのか皆目見当もつかない。

 まさかあの樹に? そんなわけないかあ……。


「あの、ここに何が?」


 訊ねれば羽つきトカゲが「それぐらい自分で考えろよな~」と言いたげに嘆息した。


「──竜」


 リーゼさんもそれだけで、洞の中に入っていった。

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