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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
4章 悲劇の地
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樹海

 樹海に入ってすぐの場所でリーゼさんが僕を待っていた。

 そして振り返ってごらんと言われてそのとおりにしてみれば、まだあの門が見えてもおかしくない場所なのにその姿容はなく、樹海の奥深くに入ってきてしまったような景色に変わっていた。


「これが樹海に入ったら出られない理由だよ」


 確かにこうも景色が変わってしまえば、そこが出口だと言われてもわからない。これは間違いなく迷う。


「帰りはどうすれば良いんでしょうか。絶対迷いますよ、こんなの」

「対策は意外と単純なんだよ。ただ、自分がどの方向にどれぐらい進んだのかは把握できないと無理だね。ここではぐれたら私も探す手段がないから絶対離れるんじゃないよ」


 僕は無言でうなずきながら固唾を呑んだ。あまりにも重たい言葉だ。


 そんな僕に構うことなくリーゼさんはポーチから少し大きめの紙を取り出した。

 折りたたまれたそれを広げて、僕に渡してくれた。それはかなり古ぼけた地図だった。


「旧レイノール辺境伯領の地図だよ。とはいっても樹海の情報が反映されていないからあまりアテにはできないけど、大体の場所を把握するのには十分だよ」

「そう言えば、今回はどんな依頼なんですか? 遺跡探索となると調査依頼──ってそれなら門で止められることはないですよね……」


 目的もなくこんなところに来るはずがない。

 一体どんな理由で来たのか気になって訊ねてみれば、少し渋い顔になって口を開いた。


「これは依頼じゃないよ。さっきも言った通り私用なんだ」


 え──? 遺跡に私用とは一体。

 それが顔に出ていたのか、リーゼさんは更に続ける。


「ずっと探している情報があってね。それがある可能性が残っているのがあとはここだけなんだよ。あるとすれば領主邸なんだけど、あそこにはあまり行きたくなくてずっと後回しにしていたんだ」


 あまり仕事に選り好みをするイメージはなかったのだが、そんなこともあるんだと少し驚いた。


 地図によれば領主邸は辺境伯領でも北寄りに位置していて、唯一の出入り口である門からはかなり離れている。

 ざっと三日、いや、今はかなりペースを落としているので五日といったところだろうか。

 結構時間がかかりそうだ。


「……ようやく街道に出たようだね」


 言われて初めて、足元が石畳になっていることに気付いた。

 ところどころと言うにはいささか多すぎるぐらいあちらこちらから樹木が伸びており、きれいに舗装されていたであろう街道も荒れ放題だ。


「……あれ、果物ですよね? そう言えばさっき収穫がどうとか言ってましたっけ」


 騎士が近隣住民が収穫をしたがっているとか言っていたはずだ。

 先程は不思議に思っていたが、見回してみれば果樹だらけだ。


「そうだよ。ここは珍しい果実が多くて、遺跡認定されて封鎖されるまではここまで取りに来る者が多かったんだ。まあ、結果全員が遭難して、救助とともに取った物を没収されたわけだけど。気候的に育たないとされる種類も見事に実をつけているから、この樹海はだいぶ特殊な環境なんだろうね」


 そんな他愛のない会話をしながら僕たちは進む。

 魔物が出る気配はなく、張り詰めた空気感はないが、迷子にならないようお互いの位置は常に気をつけている。

 夜になれば、街道沿いの適当なところで野営して、日の出とともに出発する。

 それを繰り返し、代わり映えのない景色に飽きてきた頃になって、広場のような場所に出た。

 地図上でも広場となっていたので広場のような場所ではなく本当に広場だったわけだ。


「う、わあ……。なんでこんなものがここにあるんですか……」


 広場の中央には、長い年月放置されていたせいでほとんど原型をとどめていないが、断頭台だったであろうものが鎮座していた。

 外枠の木材は完全に朽ちてしまって、大きな刃は下に落ちてしまっている。


「だから言っただろう。辺境伯がどんなやつだったのか覚悟しておけって」

「何か記録が残っているんですか?」


 呆然とそれを見上げたままの僕をおいて先に進むリーゼさんを追いかけながら訊ねた。

 それでもリーゼさんは振り返らない。


「レイノールの悲劇については聞いたことがあるだろう?」


 いつか聞いたそのワードに思わずぎくりとした。


 レイノールの悲劇は領民の反乱とその後の土地の樹海化を指しているが、そもそも反乱が起きた原因については触れられることは少ない。

 だから気にもとめていなかった。


 歴史では領民や国民の反乱は度々起こっている。

 その原因の殆どが領主や国王などの支配層による圧政なのだが、レイノールの悲劇についてはその様な話を聞かないのだ。


「領民の反乱があったということは聞きますが、なぜ反乱が起きたのかまでは全然……」

「なるほどね……」


 僕の反応にリーゼさんは少し考える素振りを見せて、ぽつりぽつりと話し始めた。


 曰く、レイノール辺境伯は予てより領民に圧政を強いていたそうだ。

 領民に必要以上に高い税を収めさせ、自らは贅沢三昧。

 貴賤を特に重視し、領主一家は生活におけるありとあらゆることを卑しい者たちの仕事だとして、一切自ら行うことはなかったらしい。

 常に良いことは自らの手柄とし、意に沿わないことはすべて領民の責任として時には処刑という形で見せしめていたという。

 それがあの断頭台というわけだ。


 当然、国王もそれを耳にしていたが、領主から納められている税は群を抜いて多く、更には食料を握られていることもあり、特に何もすることなく領民の陳情を切って捨てたそうだ。


 その後、ついに領民の怒りが爆発して反乱が起き、領主夫妻は国の中央に逃げた。


 その当時は既に旧王国は瓦解し、現代では賢帝と名高い初代皇帝アルシウスが治める帝国となっていた。

 当然、逃げた領主夫妻は皇帝に泣きついた。

 金を積み、うまい話をちらつかせ、なんとかして助力を得ようとしたが、皇帝がそれを許すはずもなく、そのまま捕らえられて処断された。


 ──というのが、レイノール辺境伯家の顛末らしい。樹海化したのはその後の事だそうだ。


「今となっては信じられない話ですね。なんというか、貴族の典型例と言いますか……」

「辺境伯というかなり高い地位にあったというのもあるけど、その当時、既に国も王家も腐敗していたからね。起こるべくして起きたということだろうね」


 そう話したリーゼさんは苦虫を噛み潰したようだった。

 ここに来たくなかったという話も然りで、ここに何か思い入れか何かがあるのだろうか。


 そんな話をしている間に視界がひらけ、荒廃した町並みが姿を表した。

 やはり、どの建物も樹々が貫くように伸びており、まともな状態のものはなさそうだ。


「こうやって見ると植物の生命力って凄まじいですね。あの建物なんてかなり堅牢そうじゃないですか」


 僕は今見える範囲でもっとも大きな建物を指していった。

 そちらをちらりと見たリーゼさんはすぐに別の場所に視線を移した。


「ああ、そうだね。あれはここで一番金をかけて作られたものだから、当然頑強だろうさ」


 かなり素っ気なく返された言葉の節々に棘のようなものを感じた。

 僕は何か悪いことをしたのだろうか?


「アルノルト、このあたりなら迷うことはないだろうから自由に行動しな。せっかく遺跡に来たんだ、アーティファクトの一つや二つ見つけられるかもしれないよ」

「え、でも……。探しものをするのも大変じゃないですか? 僕も手伝いますよ」

「それは大丈夫だから。──そうだね、三時間でここに戻るよ」


 取り付く島もなかった。

 僕が諦めることを見るまでもなく、リーゼさんはまるで逃げるように僕が指さした建物の中に入っていった。

 ──やっぱり、何かしてしまったのだろうか。


 そういえば、三年前のあの日からリーゼさんとまともに向き合った覚えがない。

 その前の訓練の時はもっと自然に話せていたと思うのだが……。

 しかし、今ここで僕が悩んだところで答えは出ない。

 リーゼさんの言った通りせっかく遺跡に来たのだから、この時間を有効活用しなくてはもったいないだろう。

 そもそも並の冒険者が遺跡に入ることなどほぼありえないのだから。

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