日課
早朝。僕は冒険者ギルドの訓練場で、日課となってしまった基礎鍛錬を終えた。
エルム殿下に頼まれた日から早三年。
ドレークさんたちと同じ馬車に押し込められて、彼らと同じ屋根の下で生活することになって、もうそんなに日が経っていた。
気づけば小柄だった身長も伸び、男性の平均的なところまではあると思う。
たまに会う人からは顔が大人びたと言われるからきっとそうなのだろうが、僕自身はなんともそんな実感はない。
ついでについ最近Cランクに上がったのだが、当然実力によるものだ。決して縁故などは使っていない。
体の成長とともに力も増したおかげで、両手持ちしていた片手剣も今では片手で振るって難なく魔物を倒せるほどになった。
それでもやはり鍛錬は欠かせない。カルラと戦った時のような命懸けはもう懲り懲りなのだ。
──そういえばペニーは今頃どうしているだろうか。
訊ねても殿下は何も教えてくれないままだ。未だにどんな理由で捕まったのかすら分かっていない。
ギルドを出て自宅に戻る道すがら、考え事をするのも日課になった。
考えることといえば専ら殿下から聞いた昔話についてだ。
あの昔話にはおかしな点がいくつかある。
まず、殿下が冒険者だったということを知る者がいないこと。
正確にはその当時のことを知る人がいない。
殿下が冒険者だったという噂話はなくはないのだが、具体的なことが何一つ聞けないのだ。
年齢を聞いていないのでかなり若作りなのかもしれないが、流石に誰も知らないのはおかしい。
そして、パーティが全滅したという記録に残っていてもおかしくないようなことが、何一つとして知られていないこともおかしい。
【不死鳥】のように隠されているのかもしれないが、調べた限り、ここ数十年どころか帝国建国以降、それに似たような記録どころか、有名所のパーティ解散の記録もない。
殿下のあの口ぶりからして低ランクだったとは考え難く、絞り方が良くなかったのかもしれないが、少なくてもCランク以上でその様な記録はなかった。
いくら皇族が関わっているとはいえ、ここまでなにも出てこないなんてことはあるのだろうか。
もみ消されたのだとしても、何かしらの痕跡はあるはずなのだ。
少なくても知っているが話せない、といった反応があってもおかしくはない。
しかし、三年かけて行った先々で調べてみても、その様な素振りを見せる者はいなかった。
あとは生き証人であるリーゼさんに問うしか無いのだが、当の本人は僕に試練を言い渡してすぐにどこかに行ってしまう。
未だ当初の目的を果たせてすらいない。いや、果たす機会など来るのだろうか。
「あ、おかえり」
考え込んでいる内に家に着いていた。
扉を開けてすぐに出迎えたのはゼインさんだった。
「あれ? この時間にいるのは珍しいですね。戻ってきたところですか?」
Aランクパーティになった【風矢と炎斧】は常に忙しい。
依頼を終えるとすぐにギルド職員がやって来ては新たな依頼を渡されている。
運が良ければその日の内に戻ってくるが、ひどい時では数日間は留守だ。
今日もしばらくすればギルド職員がやってくることだろう。
「うん、まあ。流石に今日は休みにしようと思ってね。……はあー、休みが久々すぎてなにやれば良いかわかんないや」
大きく伸びをしながら困ったような笑みを浮かべるゼインさんが言う通り、しばらく休んでいるところを見たことがない気がする。
冒険者の休みは個人の自由だが、少なくても週に一日ぐらいは休むのが一般的だ。
あまり根を詰めすぎると思わぬ怪我につながるからだ。特に戦闘が続けばそれだけ疲労が溜まる。
次の依頼に響かないよう、ゆっくり休んでほしいものだ。
「あはは……。報酬が結構貯まっているんじゃないですか? いっそのことぱあっと使ってみたらどうですか?」
「それもそうだね。忙しすぎて装備を新調してないし、そろそろ買い換えようかな。今ならリーゼさんが緊急依頼の報酬を拒否した気持ちがわかるよ」
「……気持ち、ですか?」
「うん。忙しすぎて何かを買うってことをしないから、大した報酬じゃなくても結構貯まるんだよ。でも使う機会もないから、使い道がないんだよね……あはは……」
「あー……」
冒険者なりたての頃は分からなかっただろうが、ここに来てからのゼインさんたちを見ていればわかる。
本当に買い物をしている余裕がないのだ。
その忙しさを見るに見かねて、そろそろ尽きそうな消耗品を僕が予め買い揃えていたぐらいだ。
流石にその代金は払ってもらっているのだが、彼らの収入からしてみれば微々たるものであるはずだ。
他の使い道といえば、依頼の最中の宿泊費や食事代、交通費ぐらいだが、それも補ってあまりあるだろう。
家賃も必要なく、装備を買う時間はない。大金を得ている割には使う機会がない。
全員で分配できるなら、他の誰かに、と思うのは自然なことなのだろう。
「あ、そろそろドレークも起きてくると思うんだけど、この後一緒に食べに行かない?」
「ぜひ! ごちそうになります!」
ほんの冗談のつもりで言ったのだが、ゼインさんはいつもの困ったような笑みで分かった分かった、と言った。
なんか悪い事したなあ……、と思いつつ、使い道に困ってるみたいだから良いか、とそのまま御相伴に与ることにした。
随分と図々しくなったものだ。
ドレークさんが降りてくるまでの間に水浴びを済ませて、談話室で寛ぐ。
この家に住むようになって三年。
やって来た時は本当に驚いた。部屋数はそれほど多くはないものの、一部屋ごとに必要なものはすべて揃っていて、更には冒険者の参考書になりそうな本までずらりと並んでいたのだ。
極めつけはこの家が、旧王国時代にあのパーティが使っていたものだというのだから、驚かないほうがおかしいだろう。
ここを使っていたパーティは、そのリーダーがこの国の初代皇帝になったという伝説のパーティだ。
初代皇帝アルシウスと三人の仲間たち。そういえば、その仲間たちの話は全然聞かないな。
確か、大盾のファイドロと魔術師エステラ、それから……。
名前も覚えていないから大した人ではなかったのかもしれない。気にしないでおこう……。
この家には随所に彼らが残したものがある。
例えば、武器の手入れに使う道具とか。
使われなくなって一〇〇年以上経っているはずなのに、どれも使える状態だった上に、実際に使ってみれば武器の性能が向上したぐらいだ。
一体どんな武器を使っていたのか気になる代物だった。
それに、大盾と杖は部屋に飾られたままだった。
どれもホコリを被っておらず、誰かが定期的に手入れをしていたようだった。
その部屋は使うのが申し訳なくて、今も誰も使っていない。殿下に話せば笑いながら「使え」と言われそうだが。
「おーい、そろそろ行くぞー」
戸口から呼ばれて顔を上げれば、二人は既に外に出ていた。
僕は慌ててその後を追った。




