閑話:ペニー・ドーチャ 〜迷妄〜
主力メンバーと一緒に依頼を熟すようになって、心に余裕ができたのかふと思い出したことがあった。
なぜ誰も〝流浪の民〟を知らないのか。
本当に誰も知らないのか、はたまた話すことを禁じられているのか。
存在そのものを禁忌としているのであれば、訊ねれば嫌悪感を示されるだろう。なのでその線はないと思う。
もしも話すことを禁じられているのであれば、存在を隠すなにか理由があるはずだ。
往々にしてその様な場合はろくな理由ではない。迫害から逃れるためか、何か大きな秘密を抱えているのか。どちらにしても帝国は父の言うような「安息の地」ではないように思える。
きっと父は〝流浪の民〟であれば何かしらの恩恵を受けられることを期待していたに違いない。
そう、母が言ったように〝流浪の民〟は誇り高い一族。なにも隠れて暮らす必要はないはずなのだ。
もっとその力を示さねば。我々はもっと認められるべき血筋なのだ。
パーティに入って三ヶ月経った頃には、〝流浪の民〟の力を示すにはどうすれば良いのか、そんなことばかりを考えるようになった。
力を示すにはやはり上に上り詰めるのが早い。
幸い、俺はその〝上〟に近い場所にいる。
後は、そいつらを蹴落とすだけだ。
ある日母に言われたことを思い出した。
「ペニー、薬はね、毒にもなるのよ。だから使い方を間違えてはだめ。薬は誰かを助けるためのものであって、傷つけるためのものではないの」
そう。薬は毒にもなる。そして、俺はその知識も持ち合わせている。
あの家にあった書物のうち三分の一が毒に関するものだった。元は解毒のための知識だが、十分毒の生成に使える。
気づけば、俺は薬を作ることをやめ、作り上げた毒の効果を確かめていた。
最初は人里離れた場所に生えている雑草に。成功すれば、今度は獣に。
そんなことを繰り返し、より知性のあるものを狙うようになった。
そしてついに、俺はそれを人に使うようになった。
始めは単なる出来心──というわけではなく、俺を主力メンバーにふさわしいことを見せつけるつもりだった。たまたま見つけた飛竜をレイモンたちに報告して案内し、彼らの目の前で飛竜に毒をかけて殺す。
そうすれば彼らも認めざるを得ないはずだった。飛竜を倒すだけの力を持っているのだ、と。
しかしやはり思った通りには事は運ばない。
「ばかやろう! 今すぐ逃げるんだ!」
毒で飛竜を殺すことはできた。
しかし、飛竜からは俺の毒以上の毒が放たれた。
見えない毒が主力メンバーたちを蝕み、近くにいた者たちから順に一人、また一人、と倒れていく。
俺の行動を止めようとしていたレイモンがそこから押し出すようにして俺を逃した。
「は?」
理解が追いつく前についにはレイモンまでが倒れ、無事だったのは俺だけだった。
逃げながら、計画が失敗したことを後悔した。
力を見せた相手が全員死んでしまっては意味がないではないか、と。
レイモンたちを助けるにはあの毒がなんなのかを知る必要がある。
どんな成分で構成されているのか事細かに調べた上で、それに合わせた薬を調合するしかない。
たとえ、それが分かっていたとしても効果範囲もわからない状況で薬を調合するのは危険だ。
俺まで毒に侵されては元も子もない。
レイモンたちに認めさせることには失敗したが、これでパーティの上位者は全滅だ。
ならば俺がその上位者になれば良いじゃないか。
今までの実績からそれを否定するものはいないはずだ。
パーティの拠点に戻り、全員の訃報を知らせて俺がリーダーとなることを宣言するつもりで戸を開いた。
しかし、拠点はもぬけの殻で、代わりに目の前の掲示板には一枚の紙切れが貼られていた。
「【不死鳥の息吹】は当面の間活動を休止する。沙汰があるまで自宅で待機するように」
まさかの事態だった。先程のことを知っているのは俺だけだ。
これほど早く知らせられるものはいないはずだ。
「あ、ペニー。戻ってきてたんだね」
ふらっと同期が奥から現れた。
内心驚きのあまり叫びそうだったのだが耐えた。
「この張り紙は一体……」
「えっと、さっきギルドの人が来て貼っていったんだ。ギルマス命令だからすぐに自宅に帰るようにって」
一体どういうことなのかわからない。ギルドにこれほど早く情報が渡るなんて。
しかし、ここで突っぱねるのも怪しまれるだけだ。大人しく従うしかない。
そして自宅待機が続くこと一ヶ月強。突然、パーティの解散が通達された。
新たに仲の良い者同士でパーティを組む者、ソロで活動を始めた者もいたが、その道を選んだものはそれなりに実践を経験した者たちで、ほとんどの者が引退を選択した。
この時初めて、俺の計画は根本から破綻したことを理解した。
ならば次の手を考えなければ。
その一心で俺は考えた。もっと多くの者に力を示す方法を。
そして思いついたのは、あの飛竜の毒だった。あれを利用すれば、もっと──。
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「牢屋の寝心地はどうだい?」
爽やかな笑みを浮かべて一人の青年が俺に話しかけた。
反吐が出る顔だ。
両手を拘束された状態で牢屋に突っ込まれているため、牢屋でできることは歩き回るか寝るかしかない。
それに両手は後ろ手にされている。
寝心地など聞くまでもないだろう。
「正直に話す気にはなったかい?」
無言を貫き通す俺に、青年は訊ね続ける。
俺はその悉くを無視するだけだ。
俺たちを助けようとしないものに話すことなどないのだから。
「うーん。これは骨が折れそうだね。──ところで、君、出身は……で合ってるのかな?」
青年の口にした名前は確かに俺の出身地だった。だが答えない。その意志は変わらない。
「ご両親は──そうか、亡くなっているのか。ドーチャの最後の血筋が絶えてしまったのは実に残念だ」
血筋が絶えた? まだ俺がいるじゃないか。
この男は一体何を言っている。
「ドーチャは知識を継ぐ一族だ。実に惜しい存在を失くした。だが、きっとかの地にとどまることを選んだ彼らの意志なのだろう」
「……どういうことだ」
「あの森は、ドーチャの一族が守り続けてきた場所だ。あそこにしか自生していない貴重な植物も多い。それを守るため、彼らはあの森に残ることを選んだんだ。たとえ血筋が絶えようとも」
「俺がいるじゃないか⁉」
俺の叫びに青年は少し驚いたような素振りをして黙った。
だが、それ以上の感情は見えない。
「……君は、ドーチャについてどれだけ知っているんだい?」
怒るわけでもなく、青年は優しく問いかけた。
罪人に対してこんな対応を取るのはなぜだ? わからない……。
「……古くから続く薬師の血筋なのだと、だけ」
「そうか。君は……苦しかっただろう。中途半端に教えられたことだけを信じてここまで来るのは」
その表情はまるで、晩年の父のようだった。
どこか申し訳無さそうで、でもそれを言えなかった時のようだ。
「君は、ご両親とは血の繋がりがない。だから、君のご両親は君にすべてを話せなかった。それが一族の、〝流浪の民〟の掟だから」
久しぶりに他人の口から聞いたその単語に、思わず涙がこぼれた。
まさか、こんなところで聞くことになるなんて。
「どうして……」
「そうだね。君にわかるはずがなかった。〝レスヴェラル〟の名にどんな意味があるのか。だから、君をこうして閉じ込めていることにも申し訳なく思っている。君があんなことをする必要はなかったんだ。君に手を差し伸べられず、すまなかった」
格子の先で青年は頭を垂れた。
そんなことで溜飲が下がるわけがないのに、どこか期待している自分がいる。
「あんたは一体……」
両親が掟に従って、俺に話せなかったのなら、なぜ赤の他人であるこの青年が知っているのか理解できない。
掟を破って話したやつがいるんじゃないか、そう思えた。
バカ正直に掟を守った両親が愚者みたいだ。
「そうか、まだ名乗ってなかったね。私の名前は────。この国の────だよ。君のご両親と同じ〝流浪の民〟の一族に名を連ねる者でもある」
ようやく、この青年が言っていることがわかった。
俺はとんでもない勘違いをしていた。
誰も何も知らないのは、知る必要がないからだ。隠れ潜む必要があったからではなかったんだ。
俺の行動は──あの日言われた通り逆効果だった。これでは、守ろうとしたものの立場を悪くするだけだ。
「俺は──どうすれば良いんですか……。関係のない人たちを大勢巻き込んで……助けてくれた人まで貶めて……」
「君がまだやり直す気があるのなら、まだ手はあるよ。君だからこそ、というべきかな」
後悔がなかったとは言わない。
でも、それ以上にその提案に見出した光明が強かったからこそ、俺は──僕はこの人の手をとった。




