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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
3章 〝料理〟なるものを所望する!
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閑話:ペニー・ドーチャ 〜光明〜

 俺の一番古い記憶は、帝国の隣に位置する森の奥深くにある家での暮らしだった。


 小さな木造の家に両親を名乗る老夫婦と一緒に暮らしていた。

 何の変哲もない穏やかな生活が俺の日常だった。


「今日も森の恵みに感謝しましょうねえ」


 食卓を前に母はいつもそう言う。

 木彫りの皿の上には野草と木の実、そして時々何かの肉があるのみだ。本当に森で得られるものしか無い。


「ペニー、生きるためにはありとあらゆるものを知る必要がある。お前にはまだまだ教えなければならないことがあるな」


 快活に笑う父は、様々なことを知っていた。

 この草は食べられる、この実はすり潰せば薬になる、あそこの坂には行くな、とこの森のことばかりだったが。


 大きくなるにつれ、二人は俺に薬作りを教えるようになった。

 なんでも一〇歳を迎えたら薬作りを覚えるのが一族の習わしらしい。


 最初は身近にあるものから。そうやって始まった教えは本当に身近なものからだった。

 この野草とこの花をこの分量ですり潰せば──、と使うものはどれも森で自生しているものばかりだ。

 言い換えれば、この森は薬の材料の宝庫とも言える。

 最初は言われるがままに始めたそれはいつしか俺にとっては趣味を越え、生きがいだと思えるようになっていた。

 それは、俺が他のことを知らなかったからかもしれない。

 でも、その時の俺はそれで十分だった。


 そんな穏やかな日々は緩やかに終わりに向かっていた。

 薬作りを始めて三年も経たない頃になって、教える父の手が震えるようになっていた。

 母も足を悪くして出歩けなくなってしまった。

 俺はそんな二人をどうにか助けたくて、懸命に二人に薬を作った。

 しかし、ありがとうと言っていた二人は次第にすまない、と謝るようになっていった。

 そしてついに母が死んだ。


 母は晩年、口癖のように言っていたことがある。

 私達は古くから続く薬師の血筋なのだと。決して表舞台に立つことなく、求められればいつだって救いの手を差し伸べる、そんな誇り高い一族なのだ、と。


 母が亡くなってしばらくして、その後を追うように父も旅立った。

 父が残した最後の言葉は「森を抜け、山を越えた先にある帝国を目指しなさい。きっとその国の王がお前を助けてくれる。そこは私達〝流浪の民(ロヒツクシア)〟の安息の地なのだから」だった。


 父の埋葬を終え、残された家にある書物を読み漁った。

 書物の殆どが薬に関するもので、二人から教わっていないものまであった。

 きっと二人は無念であっただろう、と思った。


 俺はそのまま、しばらく一人で暮らし、書物をすべて読み終えた後に、父の遺言に従って帝国を目指した。


 森を抜けた後は過酷な旅だった。

 険しい山道を登りながら、突然現れる魔物に怯えながら進んだ。

 山越えで村を見かけるどころか、人影すら見ることはなく、ただただ孤独に進んだ。

 唯一の救いは、山越えでの食料調達に両親の教えが活きたことだ。

 二人の教えのお陰で食べ物に困ることはなかった。

 そして、いつしか戦うことを身に付けた。武器も当然現地調達だ。


 山を越えれば、すぐに帝国の領土だ。

 そこからは少しずつ人を見かけるようになり、帝国の文化にふれるようになった。

 金銭で物を買うということに慣れなかったが、飲み食いに関することだけは自力でなんとかできたので、徐々に森の外の生活に慣れていくことができたのは幸いだった。

 食料調達もできなければ物取りに身を落としていたかもしれない。


 漸くたどり着いた村で過ごしていく内に、違和感を覚えた。

 誰も〝流浪の民〟を知らないのだ。

 父は確かに帝国は流浪の民の安息の地だと言った。なのに、その帝国民が流浪の民を知らないのは妙だった。


 父は王が助けてくれると言っていたので、もっと国の中央に行かなければいけないのかもしれない、と俺はそそくさと村を発ち帝都を目指した。


 馬車に乗る金もなく歩くこと数ヶ月。

 その間も流浪の民を知る者に出会うことはなかった。

 そしてたどり着いた帝都も同じだった。

 父は嘘をついたのだろうか。そんな考えが過ぎったがそんなことをする理由もない。

 もしかしたら父の情報は古いのかもしれない。そう思いながら皇城の門を叩こうとした。


 しかし、それはできなかった。

 相手は皇帝。国を統べる存在だ。

 突然国の外からやって来た何者とも知れない子供に会ってくれるとは到底思えなかった。


 どうすれば良いのか分からず、俺は帝都をさまよった。

 どこもきらびやかで闇など感じさせない空気感の中、俺だけが影のような存在に思えた。

 行くあてなど無い。もういっそどこかで野垂れ死のうか、そう思った。

 きっと俺ごときがそうなろうと誰も気に留めないだろう。


「大丈夫か?」


 そんな時に声をかけたのがレイモンだった。

 彼は降りしきる雨の中呆然と立ったままの俺を見かねて声をかけてくれたらしい。

 そしてそのまま事情も聞かずに、彼は冒険者ギルドの食堂まで俺を引きずり、強引にスープを飲ませた。

 その時の味は今でも忘れられない。温かい、優しい味だった。


 レイモンに身寄りがなく帝都まで来たことを伝えたら冒険者になることを勧められた。

 冒険者なら身分を問わずになることができる。まずは食べるためにも金を稼ぐ手段が必要だろう、と。

 軽くそんな話だけをして、レイモンはあれよあれよと冒険者登録の手続きを始めた。

 気づけば登録は終わり、Eランクの札を握らされていた。


 なぜこんな得体の知れない子供にここまでするのか、とレイモンに訊ねれば、彼はニカッと笑って答えた。


「なぜって、オレも師匠にそうされたからだよ! すごく面倒くさそうにしてたけどな!」


 その後も時々レイモンと会えば軽く話をした。

 レイモンの師匠の話、初恋の相手の話、依頼の話、パーティの話。全部レイモンが一方的に話しただけだが、それが面白くて話を聞くのが当たり前になっていった。


「なあ、オレたちのパーティは定期的に新人を入れて色々教えてるんだが、ペニーも入ってみないか?」


 ある日のことだった。いつものノリでレイモンが訊ねた。しかし、俺に何か聞いたのは初めてあった時以来だ。

 少し驚いたものの、特に何も考えずに頷いていた。


 レイモンのパーティは今の冒険者たちの中でも名実共にトップだ。

 そんなパーティに入れてもらえたことが嬉しくて、思わず気合を入れた。

 こんな気持ちは両親に薬作りを教えてもらい始めた時以来だった。


 パーティに入ったことで人付き合いも増え、次第に上を目指す気力が生まれた。

 同時期にパーティに入ったメンバーと切磋琢磨して、レイモンたち主力メンバーに並ぶのだ。そう息巻いた。

 そうすればいつか、皇帝の目に止まって、父の言った通り救いの手があるかもしれない。


 しかし、物事はそう上手く行かなかった。


 最初の難関は、その層の厚さだった。

 定期的とは言っていたが、毎年勧誘された有望な冒険者たちの数は多い。

 その中から抜きん出て実力を示すには俺は未熟すぎた。

 そして、仮に勧誘された者たちの中でも実力があったとしても、主力メンバーとの差は大きい。

 なにせ、主力メンバーから教わっている立場なのだ。常に実践を重ね続けている者たちに打ち勝てる道理などなかった。

 それでも俺は真面目に実力を身に着ける努力をした。レイモンがそうしたように。


「最近どうだ? うまくやってるか?」


 時折、レイモンは声をかけてくれた。

 周りには様々な立場の者がいるが、俺はその中でも最底辺だ。哀れみでそうしてくれていたのかもしれない。


「まあ、それなりに……」

「なんだよ、浮かないな? 何か悩み事か?」


 パーティに入る前のような調子でないことに気付いたのか、レイモンは場所を変えて話を聞いてくれた。


「んー、そうだな……。まあ、人には向き不向きがあるからな。無理に剣を振り回すだけが冒険者ってわけでもないし、他のことを試してみたらどうだ? ほら、何か得意なこととか」


 得意なことと言われて思いつくことは一つしかない。

 しかし、それが冒険者として役に立つとは到底思えなかった。


「調薬⁉ すげえじゃん! 治癒師はいるけど、それだけじゃカバーできないこと多いし、その場で薬を用意できるならすげーありがたい!」


 レイモンの反応が意外過ぎて、俺は二の句を継げなかった。

 こんなところで両親の教えが役に立つなんて思いもしなかった。


 その日からは、俺は前線ではなく後方支援を伸ばしていくことにした。

 レイモンの推薦もあって、主力メンバーについて仕事に出ることもあった。

 けが人を手当するたびに感謝され、それに喜びを覚えた。これが天職に思えた瞬間だった。

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