昔話
先程まで薄暗い場所にいたせいか、日光が目に染みる。
思わず手をかざして天を仰いだ。
もしも、殿下の話を受けたら僕もここによく訪れることになるのだろうか。
先程の転移魔法でリーゼさんの移動の速さの理由がわかった。
リーゼさんについていくということは一緒に転移魔法で移動することになるはずだ。
そんなことを考えながら後ろを歩いていれば、いつの間にか殿下の執務室まで戻ってきていた。
殿下は慣れた足取りで執務机に着いて、僕たちを見た。
「さて、色々と見てもらったのだけれど、ドレークとゼインには来てもらった本題を伝えようか。君たちには先ほど見せたワイルドボアのような変異種の対処を頼みたい」
「──対処、ですか。根本原因の解決ではなく?」
「それができれば一番良いが、生憎と先程の話の通り原因が分かっていないからね。解決の方法すらわからない。この状態でそれを依頼するのは酷というものだよ」
口元を隠すように顔の前で手を組んだ殿下の口がまだなにか呟いたように見えたが、それ以上聞き取れなかった。
「…………。……わかりました。善処はしますが、既に私達だけではワイルドボアを倒せなかったという事実があります。あまり期待できないことはご理解いただきたく」
ドレークさんがぎこちない口調で伝えた。
先程の話では変化に個体差があるとのことだったが、ワイルドボアを倒せなかった時点で、ドレークさんたちの手に負えないケースがあることも想定しなければいけない。当然の言い分だろう。
「それはもちろんだよ。我々も君たちへの支援は惜しまない。また何かわかったことがあれば都度共有しよう」
「ありがとうございます」
「──そうだ。大事なことを伝え忘れていたよ。Aランクになったドレークとゼインには住居を与えよう。場所は御者が知っているから、君たちに話すことはこれで全部だし馬場に行くと良いよ。きっと驚く」
まるでいたずらを思いついた子供のような悪い顔で殿下は言った。
なんとなく不吉な感じがしたが、驚くようなこととは一体何なのか興味のほうが勝った。
今度どんなところなのか聞いてみよう。
ドレークさんたちは少し困り顔になって僕を見たが、何も言うことなく一礼して部屋から出ていった。
この場にいるのはもう殿下と僕だけだ。
嫌な汗が出る。そろそろ言い訳を思いつかねば……。
「ではそろそろ返事を──と、言いたいところだけど、一つ昔話をさせてくれるかな」
殿下はすっと立ち上がって、大きく開け放った窓の外を見た。
つられて見れば、きれいに手入れされた大きな庭園に咲く花々が陽光を浴びて輝いているように見えた。
「……まだ俺が冒険者だった頃の話だよ。俺を含めて四人のパーティに属していたんだ。実績を積み上げ、そこそこ有名なパーティだったんだ。順風満帆、向かうところ敵なし、その時の俺たちはそう思っていた」
いつのことなのか、そう話し始めた殿下の声音は懐かしそうに感じた。
窓の外を見たままなので表情は窺い知れない。
「そしてある日、俺たちはある依頼を受けたんだ。……収集依頼だ。どこにあるのかさえわからない、存在すら定かではない物を探す依頼だった。結婚して一時離れていた仲間を呼び戻して、万全の状態で収集に向かったんだ。──結果、俺たちは全滅した」
そこまで話して遠目にでもわかるほど殿下がきつく手を握りしめたのが見えた。
それほどまでに苦い記憶なのであろうことは、言葉からも伝わってくる。
「依頼も道半ば。残りの収集物を探している最中に、仲間のうち二人が死に、俺も瀕死、唯一復帰した仲間だけが手傷を負いながらも動ける状態だった。その仲間が俺を命からがら連れ帰ってくれた」
言葉の重さに無意識にヒュッと息を呑んでいた。
自らの力量を理解した上で、万全の状態だったにも関わらずそのような事態になったとは、いったい何があったのだろうか。
殿下はさらに自嘲気味に続ける。
「……収集物が功を奏したというべきかな。当然、依頼の物を使ってしまったため、納められるものもなく依頼は失敗。報酬はもらえない上、依頼主からは罵声を浴びせられ、仲間も失い、生き残った仲間は竜殺し。──何もかも失った気分だったよ。まあ、悲劇はそれだけではなかったんだけどね……。そして俺たちは互いに一人きりになった。俺はまだいい。でもリーゼはずっと孤独のまま──」
続く言葉を飲み込んだ殿下はこちらに向き直って、すっと伸びた背を折り曲げた。
深々と頭を下げられ、僕はどうするべきか分からず慌てふためいた。
「──頼む、リーゼのそばにいてやって欲しい」
「殿下、頭を上げてください……!」
なぜ、僕なのかはわからない。しかしこんな頼まれ方をされたら断れないじゃないか。
これは明らかに私情だろう。だから殿下も簡単に頭を下げられたのかもしれない。
国を背負う者としての命令ではなく、元冒険者としての個人的な願いならここで断ったところで罪に問われることはないと思う。
でも──なんだろう、外堀埋められて逃げ道が無くなった気分……。それに、なんで僕……?
「──あの、なぜ僕なんですか? 僕以上にふさわしい人がいくらでもいるはずです……!」
一向に頭を上げる気配のない殿下に問いかけても、殿下は微動だにしない。「それは──」と口ごもり、やがてゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「──今は言えない。でも、全てが終わったら話すと約束するよ。それに、最初に話した君に見込みがあるからというのも本当だよ」
告げた殿下の表情はどこか哀しげで、何か堪えているようにも見えた。
言えないことの中に一体どんな真実があるのか……。
その答えを聞けるかどうかは、結局のところ殿下を信じるかどうかで決まるのだろう。
「…………。わかりました。僕が殿下の期待に答えられるかわかりませんが……」
「……ありがとう──」
再び殿下が深く頭を下げた。
この一言にどれだけの思いが乗せられているのか、僕には想像すらできない。
でも、この言葉に嘘偽りはなく本心であることだけは伝わってきた。
今はその誠実さを信じるほかない。




