ノルベール再び
のんびりと、かつそわそわしながら朝食を平らげて向かった先は、いつかお世話になった衣料屋だった。
「いらっしゃいませ」
入店してすぐに出迎えたのは、ひょろ長い体貌の男──ノルベールさんだった。
見た目もさることながら、動きも以前から全く変わらない──といっても三ヶ月も経っていないので当然か。
「うおっ……。今日もノルベールがいるのか……」
半ば呆れているような口ぶりでドレークさんが言った。
そんな反応もノルベールさんは笑顔で受け流した。
「いえね、少しお金の匂いがしまして。それで本日のご用件は? 普段着でしょうか?」
「いやフォーマルだ。登城することになった」
「おや、冒険者が登城だなんて珍しい。それならオーダーメイドですね。ご予算は?」
「悪いが直ぐに必要なんだ。既製品でいくつか見繕ってくれ」
僕たちの分もと伝えれば、それまで冗談交じりに話していたノルベールさんは急に雰囲気を変えた。
少し険しい表情になって舐めるように僕たちを見ると、少々お待ちをとだけ言って店の奥へと行ってしまった。
入り口で待つことしばらく。
手持ち無沙汰ではあるものの特に話すこともない僕たちはただただ無言で待ち続けた。
そしてようやくやって来たノルベールさんは店の奥の個室へ僕たちを案内してくれた。
通された部屋はそれほど広くはないのだが、中央に置かれたテーブルと更にその奥にある鏡は見たこともないほどに大きい。
鏡に至っては壁一面がそれだ。
「取り急ぎ皆様の体格に合うものをお持ちしました。ご自由に合わせてみてください。ご試着をご希望でしたらお申し付けください」
鏡のない壁側に衣装掛けが並べられ、それらで埋め尽くされていた。
壁一面ごとに誰の大きさなのか振り分けられているようで、それぞれ分かれて服を物色し始めた。
一着一着見るのは時間がかかるので、なんとなく気になったものを取り出しては戻すを繰り返す。
用意されたものすべてがなかなか良い生地で作られているようで、大きささえ合えばオーダーメイドと見紛うような出来だ。
おそらく結構な値段になるだろうと予想できた。──のだが今は値段を気にしていられない状況だ。
僕は頭を振って、服を選ぶことに集中した。
男物といえど、フォーマルな服装は様々だ。それに色味も個性になる。
それらの組み合わせ次第でその人のセンスが分かるのだろう。
先程から似たようなものばかりを手に取っている気がするのだが、細部が微妙に異なっていたり色が違ったりと、なかなかに決め手がない。
「よろしければ助言しましょうか?」
ノルベールさんがいつの間にかそばに来てそう囁いた。
おそらく僕があまりにも似たようなものばかりを選んでいるので見かねたのだろう。
「お願いします」
ペコリと頭を下げれば、ノルベールは鼻歌を歌う様な上機嫌さで服を一着手に取った。
「お客様の場合はこのあたりが無難かと思います。髪色が黒ですので、黒系は暗くなりすぎますし、暖色系は浮くでしょう」
そう言って持ってきたのは濃い灰色に近い紺色のジャケットだった。
鏡を前に僕に当てては満足げに頷いている。
「これぐらいの色味であれば問題ないですね。生地も既製品としてはかなり良い物を使用していますので、城内でも奇異の目にさらされることもないでしょう」
そしてそのジャケットに合わせた組み合わせをテーブルにまとめて置くと、ノルベールさんは断りを入れてドレークさんの方へ行った。
ドレークさんは体格的にフォーマルな服装を決めるのは難しそうだ。
その後ゼインさんの服も決まり、会計も済ませた。
やはり上物はお高く、買えば金貨十枚になった。
しかし、こういった手合のものは冒険者が持っていたところでほぼ宝の持ち腐れなので、ノルベールさんの提案で借りることになった。
良い生地を使った衣服は洗い方も特殊なので、そういった手間は店側で負担するということで、その費用も含めての代金は金貨二枚に落ち着いた。
少なくない出費だが、買うよりは断然マシだろう。
「──ところで、皆様はマナーの方は大丈夫でしょうか?」
一人ずつ支払いを済ませたところで、思い出したようにノルベールさんが口を開いた。
それに三人揃って疑問符を投げかけた。
「ご存知だとは思いますが、皇城は貴族のルールが当然の場です。呼ばれた立場ですので悪いようには扱われないとは思いますが、下手をすれば追い出されます。ですので最低限の作法は知っておいたほうが良いかと」
「つっても、こちとらそんな作法を教えてくれるような知り合いはいねえぞ」
「そこはワタクシめにおまかせを。ワタクシ、一応これでも子爵の位を頂いておりまして」
意外だ。
僕が知る限りでは、貴族は平民と関わることを嫌がる。
なので商売をするにしても店先に立って、率先して接客をするようなことはしないはずなのだ。
──キーメル侯爵は、まあ、かなり変わった人なのだろう。
「でも、良いんですか? お忙しいのでは……」
貴族は何かときらびやかな生活をしているイメージなのだが、こうやって自らの手を動かしている以上、仕事も多いはずだ。
商会長ともなれば経営も担っているはずなのでなおのこと。
こんな基礎も知らなさそうな相手に対して教えられるような余裕があるのだろうか?
「お気になさらず。なにもこの店にワタクシ一人しかいないわけではございません。それでどうされますか? 皆様一緒に学ばれるのであれば、費用は折半で問題ございません」
──あ、やっぱりお金は取るんだ。
そうは思ったものの、皇族相手に失礼があってはいけないだろう。
教えてもらえるなら、ここは受けておくべきなのかもしれない。
そっと三人で目配せして、お願いすることにした。




