行きたくないなあ……
「はっ! 良いよなSランク様はよぉ。一件依頼を達成するだけで半年も遊んでられるんだからよぉ!」
突然、後ろから痩せぎすの男が僕に絡んできた。
近づけられた顔からは酒気が漂っている。相当飲んでいるようだ。かなり臭い。
「あ、あの、そのへんで……」
受付嬢が気まずそうに男をなだめようとするが柳に風だった。
僕が黙っていることに気を良くしたのか、男は更に続ける。
「知ってるか? あいつ、しょっちゅう皇城に出入りしているらしいぜ。Sランクの認定は皇族しかできないから、きっと胡麻すって楽してるんだろうよぉ」
なあ、お前らもそう思うだろ! と男は声高らかに問いかける。
それに賛同したのは一人や二人ではない。それなりに有名な冒険者なのだろうか。
ギルド内の雰囲気は今やこの男を中心に、リーゼさんを嘲笑するものになっていた。
それには流石にギルド職員も困り顔だ。
僕も同じ顔をしているかもしれない。知人がこのように言われて気分を害さないわけがない。
目の前の受付嬢を見れば、何も言わない方が良いと言わんばかりに首を振られた。
そして、早く帰らせようと「では、これで登録手続きは終了です」と切り上げようとしたが、その声はもう男たちの声に負けてしまっている。
「そう思うんだったら、とっとと成果上げてそのSランクになればいいじゃないか」
どこからともなく聞こえたその声に、ギルド内はしんと静まり返った。
そして、人垣が自然と割れて、そこから二人の男たちが現れた。
一人は恰幅が良く、その鍛え上げた肉体を見せつけるかのように、薄手の上衣ははち切れそうなほど伸びている。
その背には戦斧、さらしている肌には深い傷を負ったと思われる傷跡が複数ある。
もう一人は、恰幅が良い男の後ろにやや隠れるようにしながらこちらを窺っていた。
こちらはやや細身で、ハンチング帽と前髪で少し顔を隠している。
一応冒険者らしく武器は携えており、背には弓矢、腰にはナイフが複数ある。
「あん? 誰かと思えばドレークかぁ。そういや、お前、あいつに負けてたもんな。そりゃ肩を持ちたくもなるかぁ。そうでもしなけりゃ、自分のメンツが丸つぶれだもんなぁ!」
ペラペラと喋る男の前に立ちはだかるドレークと呼ばれた恰幅の良い男。
そんな彼に、男は下卑た笑みを浮かべる。
そして、ドレークさんの後ろに少し隠れるように立っている男はわずかに涙目になっていた。
「あ? 万年Dランクのやつが何粋がってんだよ。他人のこととやかく言う前にてめえのことを心配したらどうだ」
なんてことない口調のドレークさんの言葉に男はピクリとこめかみを動かした。
「黙って聞いてりゃ偉そうに……! お前だってまだBランクじゃないか」
「ああ、そうだな。お前よりは上だけどな」
ドレークさんは邪魔だと言うかわりに男を押しのけてカウンターへ向かった。
どうやら依頼の達成報告のようで、カウンターの上に大きな生き物の首を無造作に置いた。
その衝撃に建物が僅かに揺れた。
その揺れに、痩せぎすの男に賛同して騒いでいた冒険者たちが肩を震わせた。
「ほら、達成報告だ。さっさと確認してくれ」
ドレークさんの一言にはっとした様子を見せた受付嬢――僕の対応をしていた人とは別――が慌ててストラップと報告を確認する。
先程の騒ぎで放心していたのか、その手はおぼつかない。
そんな様子を眺めているとふいに肩を控えめに突かれた。犯人は僕の対応をしていた受付嬢だ。
「アルノルトさん。今のうちに出ちゃってください。また絡まれたら大変ですよ……」
確かにあの手の輩は立ち直ると面倒かもしれない。
手続きも終わったことだし、気は引けるが言われた通りここを出たほうが良いだろう。
僕は受付嬢にわずかに会釈して、いつの間にかまばらになった人垣をすり抜けて静かにギルドから出た。
「――あ、今日の宿どうしよう……」
ギルドを出てしばらく歩いたところで、僕はふと思い出して立ち止まった。
大通りの隅に寄って、持っていた小袋を確認する。
――中身はほぼカラだ。暗い袋の底にひっそりと銅貨が二枚あるのみである。
悲しいことに帝都の宿はどんなに安くても一泊銅貨五枚からだ。
日中はもとより、夜間も治安維持のために騎士が見回りをしており、帝都内は野宿できる雰囲気ではない。
裏路地も巡回ルートであることは、ギルドからここまでの間でしっかり確認済みだ。
選択肢としては、一旦ギルドに戻って何か依頼を受注するか、後払いができる宿を探すか、帝都から出て野宿をするか、といったところだろうか。
もともと登録手続きのついでに何か簡単な依頼を受けるつもりでいたのだが、先程の騒ぎですっかり忘れていた。
先程の痩せぎすの男と鉢合わせする可能性が高いが、ここは一旦ギルドに戻るのが一番マシな気がする。
気を取り直して来た道を戻ろうと振り返ると――誰かと目があった。
少し視線を上げれば、見覚えのあるハンチング帽が目についた。
「あ、すみません……」
一歩下がり全身を視界に収めると、やや細身の男がこちらに向かって手を伸ばそうとしていた。
「え、あ、こちらこそごめん」
それは先程ドレークさんの後ろに隠れていた男だった。
男は少しキョドった様子で、僕と同じように一歩下がった。
「えっと、さっき、ギルドで絡まれてた子……だよね?」
意外にも彼らは僕のことを認識していたらしい。
少し冒険者らしくない男に僕は頷いた。
「あのさ、宿泊施設のことは聞いた?」
単刀直入なところは冒険者らしい。そんな感想を持ちながらギルドでの説明を思い返した。
「……えっと、聞いてない……です?」
「やっぱり……」
手を額に当てる男。帽子が邪魔にならないのか、と一瞬思ってしまった。
「ったく、またかよ……自分の失敗ぐらい自分でなんとかしろよ」
声のした方を見ると、少し離れた場所にドレークさんがいた。
口ぶりからよくあることのようだが、宿泊施設とはなんのことだろうか。
「あの、宿泊施設って……?」
「あ、ごめん。ギルドには新人向けに宿泊施設があるんだ。ほら、低ランクの依頼って報酬が少ないでしょ? ここらの宿に泊まるにも足りないことが多いから困らないように、って国の定めで用意されているんだ。最初のランクアップまでだけど、タダで泊まれるよ」
なんということだろうか。僕の悩みが一瞬で解決してしまった。
確かに、これは最初に説明しないといけない事項だと思う。
「ありがとうございます。ちょうど手持ちが少なくて困っていたんです」
「間に合ってよかったよ。サリュさんが慌ててたから、後で聞いたことだけでも伝えてくれるかな」
「わかりました……えっと、サリュさんって?」
「君の対応をしていた受付嬢だよ」
「わかりました。わざわざ追いかけてきてくれたんですよね。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、ドレークさんが近づいてきた気配がした。
「それはお前が言うことじゃねえよ。そもそも言い忘れたあいつが悪い。なんでこう毎度毎度忘れるんだか」
「まあまあ、そう言わないであげてよ。サリュさんだって他はちゃんとやってるんだから」
「自分の仕事全部やりきって、ちゃんとやってるって言えんだよっ。必ず忘れてるうちは半人前だっての。ゼイン、お前だってわかってるだろ?」
「うん……比較対象が良くない気がするけど……」
「はぁ……。まあ、お前もギルド行ったらちゃんと伝えろよ。ついでにギルマスに苦情言うとでも言っとけ」
「え、えぇ……」
指を指されて言われてしまえば思わず尻込みしてしまった。
確かに言い忘れは良くないが、ミスの一つや二つ、ギルマス――ギルドマスター、つまりギルドという組織のトップに文句を言うことではない、はず。
とはいえドレークさんの口ぶりからよくあることのようなので、そこは改善してもらったほうが良いのかもしれない。
新人冒険者は揃って皆貧乏なのだ。
僕の反応を肯定と受け取ったのか、未だサリュさんへの小言を言いながらドレークさんとゼインさんは去っていった。
取り残された僕は思う。
「なんか、行きたくないなあ……」




