いくらなんでも抱え過ぎ
僕はリーゼさんに半ば押し出されるようにして、来た時にいた場所までやって来た。
「アルノルト、ここであったことは誰にも言うんじゃないよ」
聞き返す間もなく柔らかな光に包まれて眩しさに目を閉じれば、目を開けたときにはあの洞窟の中に戻ってきていた。
何が起こったのか確認しようとすると、隣から大きなため息が聞こえた。
もちろんリーゼさんによるものだ。
「本っ当にどうでもいい事で呼び出してくれたもんだ。お陰で予定がめちゃくちゃだよ。一体どうやって立て直せば良いんだい……」
確かに元々過密な予定だったところで、緊急依頼という不測の事態が差し込まれ、しかも港町という帝都から遠く離れた場所まで来ることになったのだ。大幅に遅れることになるのも仕方ないだろう。
──そもそもそんなに依頼を受けなければ良いと思うのだが、なにか理由があるのだろうか……。
「もう日も暮れそうですし、今日は諦めるしかないですね……。どれぐらい押しているんですか?」
「もともと訓練に充ててていたから今日一日分はそれほど多くないんだ。けど、それ以外で押している分がね──ざっと一五件ぐらい……」
「一五件⁉」
いくらなんでも抱え過ぎではないだろうか。
最低ランクのEランク依頼でも一日に三件がいいところだ。
それ以上は夜間に差し掛かってしまうので何かと不都合が増えるからと嫌厭される。
ランクが上がれば一件あたりの所要時間も増える。なので必然的に一日にこなせる依頼の数も減るはずなのだ。
それが最高ランクの冒険者がそれほどまでに抱えている。明らかに異常だ。
「僕が少しでも代われれば良いんですけど……Dランクが代われる訳もないですし……」
「全部指名依頼だから気にする必要はないよ。大体、振り分けてる上のやつらが悪いんだ。緊急性の低いものまで割り振ってるんだから」
指名依頼はその名の通り、誰に頼むのかが指定されている依頼だ。
こういった依頼は掲示板には貼り出されず、ギルドから直接連絡を受けるらしい。
指名依頼は依頼する側の支払いが高く設定されている分数が少ない。対して依頼を受ける側の報酬も当然高い。
冒険者なら誰しも一度は受けてみたいと思う依頼だ。
──まあそれ以前にある程度名を売らないといけないのだが……。
そんな依頼だけで一〇件以上抱えているとは、流石はSランクと言うべきか、Sランクゆえの苦労というべきか。
それだけ困っている人がいるのか、確実に解決したい人がいるのか。
僕のような下っ端では想像もできない。──ん?
「あの、指名依頼って振り分けられるものなんですか? 通常は依頼主が指名するものですよね?」
「そうだね。本来はそうなんだけどね、危険性が高い依頼は予めギルドやその上ができるやつらに割り振るために指名依頼に切り替えてるんだ。今はその数が増えすぎている上に、【不死鳥】の解散で溢れた分が全部私に回ってきているんだよ」
「そのことについてはメルストロジアさんは知っているんですか?」
「まさか! メルがそんなことを知っているわけないじゃないか。だから平気であんなことで呼び出せるんだよ」
吹き出すようにリーゼさんは笑う。
まあ、呼び出された理由が理由だからなあ……。
気づけば干からびた浜辺を通り過ぎて街まで戻ってきていた。
埠頭から見える海に海水が戻ってきている。一応は街の人たちが気にしていた問題は解決しそうだ。
今頃ギルド前に集まっていた人たちも解散していることだろう。
「おう、戻ったか」
先程と同じ場所でドレークさんとゼインさんが待っていた。
送り出したことを気にしていたのかもしれない。随分待たせてしまったに違いない。
「すみません、まさか待ってくれていたなんて思ってなくて」
「それは構わないよ。頼んだ僕たちにも非があるからね。……ところであの子は……?」
ペニーの姿がないこと気づいたゼインさんが心配そうに訊ねた。
しかし今の僕には何と説明するのが正解かわからない。どう答えるべきだろうか……。
「ああ、あの子なら先に帰らせたよ」
迷う僕の代わりに答えたのはリーゼさんだった。
何食わぬ顔で答えた彼女に対して、僅かばかりの申し訳なさを覚えた。嘘をつかせてしまったのだから。
「そうか……。──それよりリーゼ、支部長から伝言だ。『報酬はどうする?』だそうだ」
言われて気づいた。
達成報告をしない場合の報酬はどうなるのだろうか。
通常依頼は報告をしないことはないので気にしていなかったが、緊急依頼は代表者が行うとのことなので、それ以外の参加者はどうなるのだろう。
「私はパス。全員で山分けで良いんじゃないかい? 後で連絡を入れておくよ」
今回は山分けとのことだが、今後のためにも聞いておいた方が良いかもしれない。
「あの、本来は緊急依頼の報酬ってどうなるんですか?」
「通常は活躍順で振り分けだね。集まったは良いけどほとんど報酬がない、ってことも少なくはないかな」
「え? そんな理不尽な制度なんですか⁉」
「まあ真面目に頑張った人からしてみれば理不尽かもしれないけど、これだけ大勢が集まると本当に何もしない人も出てくるからね……」
なるほど。
参加者全員に行き渡るようにすると、人手を集めるほど良からぬことを考える者が出てくるということか。──冒険者という性質を考えればありえなくはないかもしれない。
緊急依頼の趣旨は異常事態を速やかに対処することにある。
そのために金に糸目をつけず、さらに労力も惜しまない。
そんな中、来るだけで何もしない者がいるのはギルドとしても目を瞑れないのだろう。
そのような不届き者に報酬が渡らないようにするための仕組みといったところだろうか。
「そうなんですね……。最近のギルド内の様子を見れば想像はできますけど……」
「ははは……。最近は酷いけど、前からそういう人も少なからずいたからね……。ギルドも手を焼いているみたいだよ」
ですよね、と相槌を打っていると、この場からリーゼさんがいなくなっていることに気付いた。
周りを見回せば大通りのだいぶ先にその姿があった。ドレークさんと話してすぐにいなくなっていたようだ。
「僕たちも帰りましょうか……」
夕日も今にも水平線にすっぽり隠れそうだ。
今ならまだ行きと同じ魔物の馬車が出ているはず。
疲れ切った体を叱咤して、僕たちは馬場まで走るのだった。




