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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
3章 〝料理〟なるものを所望する!
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対価

「さて──妾に転移魔法を使わせたのじゃ。その対価を払ってもらうぞよ」


 そう告げた女性にリーゼさんが顔を顰めていた。

 今までに見たことがないほど嫌そうだ。


「何言っているんだい。そもそもメルがあのデカブツを放置したからこんな事になったんじゃないか!」


 待て待て待て! 放置したって一体何を⁉ いや、それより転移魔法って──⁉ 実用化されたなんて聞いたことないんですけど⁉


 ──一旦落ち着こう……。


 僕が驚きすぎて二者を交互に見ている間も二人の口論は続いていた。

 要約すると、今の状況を作ったのはお前だ、ということを互いに言っている感じだ。

 醜い罵り合いではないのだが、女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだという状況でもある。いや、ここにいるのは確かに三人だが、僕は女じゃないので、厳密には違うのだが。

 そんなことより、これはちょっと止めたほうが良いのか?


「──あの! まずは説明してもらえませんか! ここがどこで、この方は誰なのか」


 間に割って入る様にして二人の口論を遮った。

 すると、二人は無理やり動かした錆びついた機構のようにぎこちない動きで僕を見て瞬きをした。

 直後、リーゼさんはまるで僕のことを忘れていたかのように手を額に当てた。

 ──ちょっと失礼じゃないかと思ったが、それは声にも出さないし顔にも出さずに我慢した。今の今まで傍観していただけだし、気付いてもらえてなくても仕方ない。


「ごめん。紹介するよ。こいつはメルストロジア。ここは──」

「妾の腹の中──というのは(わっぱ)が求めておる答えではあるまい。そうじゃな、ここは海の中にある祭壇の間といったところかのう」


 言われて天を仰ぐ。

 水でできた天井はその上から降り注ぐ光を乱反射させてキラキラと輝いているように見える。

 ──なるほど。海の中か。もう原理とか考えるのはやめよう。


「えっと、メルストロジアさんはずっとここに?」

「そうじゃな。妾は基本ここから離れられん」

「では、リーゼさんはなぜここへ?」

「なぜって、後始末だよ。海で大暴れしてたやつみたいなのを放置され続けてたらこっちの身がもたないからね」

「こうでもしないと主もここに来ぬではないか!」

「はいはい、わかりましたから。それで、リーゼさんに用があったんですよね? どんな用があったんですか?」


 また言い争いに発展しそうだったので続きを促せば、メルストロジアさんはムスッと頬を膨らませた。

 かなり不服そうにそのままそっぽを向いたのだが、見た目や口調にそぐわないほど子供っぽく見える。


「私は文句を言いに来ただけだよ。用があるのはあっち」


 そう言うリーゼさんの視線はメルストロジアさんに向いている。


「……ここへ来るための儀式も忘れ去られて久しいからの。ここに来る者もおらぬゆえ」

「つまり寂しかったと?」

「違うわ‼」


 話が見えてこないので口を挟めばすごい剣幕で怒られた。ならさっさと本題に入ればいいのに……。


「アルノルト、これ以上はやめておきな。呼び出す理由なんてろくなことじゃないんだから」


 リーゼさんはそのまま踵を返して、僕がこの空間にやって来た場所へと向かった。──のだが、すぐに足を止めることになった。


「なんじゃ。妾に労力をかけさせてその対価を支払わぬとは、とんだ恩知らずじゃな」

「──なんだって?」


 時の流れが遅くなったかのような動きで振り返ったリーゼさんは睨むようにメルストロジアさんを見た。

 その表情の恐ろしさたるや筆舌に尽くし難い。思わず身震いしてしまった。心なしか空気感も底冷えするような……。


「だから何度も言っておるのじゃ。対価を支払えと。それを妾のせいだなんだと言い訳ばかりするからに──」


 この雰囲気に気付いていないのだろうか。メルストロジアさんの小言めいた演説は続く。


「──で?」


 たった一言。それだけで肌が粟立つのを感じた。

 空気がピリピリと殺気を帯びているようでこの場から離れたくなったのだが、あいにくとここから出る方法がわからない。


 そんな雰囲気の中、メルストロジアさんは閉じた扇で手を叩くと、満面の笑みで続けた。


「そうじゃなあ、対価として〝料理〟なるものを所望する! これは譲れぬのじゃ‼」

「「──は?」」


 その勢いに──ではなく、その内容に思わず間の抜けた声が出てしまった。

 思考が追いつかないというより意味が理解できない要求に、思わず呆然とした。

 ……料理って自分でできるものだと思うのだが……。それに注文もかなりざっくりしている。これはもしや……。


「……リーデルから聞いたのかい?」


 訊ねたリーゼさんは先程とは打って変わって呆れ顔だ。

 呆れを通り越して笑いを噛み殺しているように見えなくもない。


「うむ! いつも美味い美味い言うでな、如何様なものかと気になっておったのじゃ。わざわざこの姿で出迎えたのもこのためじゃ!」

「あんたたちそんなこと話してるのかい……。まあ、料理ぐらいなら良いよ」


 嫌そうにしながらも、リーゼさんはポーチから薪を取り出して床に置くと、それに火をつけた。

 さらにポーチから大きな肉の塊と草も取り出し、焚き火に焚べる。


「え? それってただの丸焼き……」


 思わず声に出してしまった。

 リーゼさんはそれにどうとでもないかのように首を振った。

 対してメルストロジアさんは興味津々といった感じで目を輝かせている。やはり料理がなんなのか知らないようだ……。


 しばらくして焼かれているそれから香ばしい匂いが漂い始めた。

 肉と一緒に焼いているのは香草だったようだ。肉とは違う刺激的な香りが混ざっている。


 リーゼさんは更に肉に塩をふりかけて火から下ろした。

 そしてそれを少し大きめに切り分けて皿に盛り付けた。


 手渡された皿を見てより一層目を輝かせるメルストロジアさん。

 肉を手で鷲掴みにして一気にかじりついた。


「ん~~~! 美味じゃ~」


 頬に手を当て、とろけるような表情になったメルストロジアさん。

 ただの塩味の肉の丸焼きなのにこの表情。ちょっと信じられない光景だ。


「丸焼きで大丈夫なんて信じられません……」

「これで良いんだよ。店で出されるようなちゃんとした料理を出せば、味が複雑すぎて逆に不味く感じるんだよ……」


 虚ろな瞳で、まるで直接見てきたかのような物言いに何も言えなかった。

 納得できていないが、目の前の人があんな調子なのでまあいいか、と一人言葉を飲み込んだ。


 そんな悶々とした気持ちを抱えたまま気づけば、山となっていた肉は全て無くなっていた。

 そしてメルストロジアさんの口周りは見たこともないほど肉の脂で汚れていた。

 鷲掴みの件といい知っていて当然の作法も知らないようだ。

 こんな人に童と言われていたのか、と少し残念な気持ちになった。


「うむ。実に美味であった。人は実に面倒なことをすると思っておったが、その面倒がこうも活きておるとは」


 食べ終えた今もなお、その味を思い出しているのかとろけた表情をしているメルストロジアさん。

 ただ肉を焼いただけなのにそれを面倒と表現するとは、一体どんな雑な生き方をしているのか少し気になる。


「これで満足かい? 用が済んだならそろそろ帰るよ」

「うむ! おお、そうじゃ。リーゼよ、主はまだヴィンドルゼには会っておらぬであろう? そろそろ会わぬとあやつも拗ねるぞよ」


 拗ねたあやつは面倒ぞ、とニヤつくメルストロジアさんにリーゼさんは至極嫌そうに顔を歪めた。


「ならさっさと居場所を教えてほしいものだね。こちとらくだらないことで呼び出されて休む暇もないってのに」

「それはできぬ相談じゃ。自力で見つけるのが条件じゃからな。それにおおよその場所は目星がついているのであろう? なぜためらう?」


 心底理解できないと言わんばかりの表情に、少なくても僕とは違う価値観で生きていることを感じた。

 それはこのような空間から離れられないことに起因しているのか、他になにか要因があるのか。


「別にためらってるわけじゃないさ。そちらに行く時間がないだけだよ。ここにも簡単に戻って来られなくなるしさ」


 リーゼさんは鼻で笑った。

 それにやはりメルストロジアさんは意味がわからないという顔をしている。

 これは呼び出されたことに対する嫌味だと思いますよ……。


「話はこれで終わりなら今度こそ帰らせてもらうよ」


 流石にこれ以上用件があったわけでは無いようで、メルストロジアさんはうむとだけ言って追い出すように手を振った。

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