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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
3章 〝料理〟なるものを所望する!
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急転直下

 あるはずの痛みも濡れた感触もなく、足場に立っていることに気付いた僕はゆっくりと目を開けた。


 最初に見えたのは、大量の水が壁を成すように流れ落ちている空間だった。

 水の壁が四方八方あるので非常に大きな音がするはずなのだがそれはなく、むしろ異様に静かだ。

 足場は人工物のようで石畳になっていた。


 そして空間の中央では、リーゼさんとペニーが鍔迫り合いをしていた。

 一体どういうことだろうか? なぜあの二人がこんなことに……。


 両者拮抗している様に見えたが、それを持つ手に力を入れ、歯を食いしばっているペニーに対して、リーゼさんはかなり余裕があるようだ。


「そこをどけ!」


 聞いたこともないような男の声音に思わず耳を疑った。

 間違いなくペニーの声なのだが、まるで別人のようだった。

 あの穏やかで柔和な普段の様子からは想像もできない。

 僕は何を信じれば良いのか分からず、この先に足を進めることができなかった。


「ようやく本性を見せたね」


 リーゼさんが押し戻すように得物を振れば、ペニーはその力をいなすように飛び退いた。


「目的はなんだい?」


 両者その位置から動く気配はない。

 差し詰めリーゼさんの隙の無さからペニーはどう動くか考えているのだろう。


「お前に話すことはない!」


 叫び、あらぬ方向に走り出すペニー。

 それまで気付いていなかったが、向かう先には見たこともない衣装をまとった女性がいた。


「メル! その子に近づくんじゃない!」

「なんじゃ、(わっぱ)ごときが妾に敵うはずもなかろう。ここをどこと心得ておるのじゃ」


 女性は手に持っていた扇を下から持ち上げるように振るった。

 すると、ペニーと女性の間に滝のような壁が出来上がった。


「バカ! それじゃだめだ!」


 女性を守るように出来上がった壁に向かってリーゼさんも走り出し、ペニーとどちらが早くたどり着くかの状態になった。

 後から走り出したはずのリーゼさんはすでにペニーに追いつこうとしている。

 そして程なくしてリーゼさんがペニーの前に割り込んで彼を払い除けた。


「──ちっ」


 ペニーの手から走りながら取り出した小瓶が離れた。

 それはリーゼさんの肩を飛び越え、水の壁の手前で落下。

 パリンと軽い音がして、その中身が床に溢れたのが見えた。


 一方で払われて距離を取ったペニーは一気に踏み込んでリーゼさんに肉薄した。

 剣を振り抜いたが、当然のようにそれはあっさりと防がれて再び鍔迫り合いとなった。


 今度はリーゼさんの槍が僅かに光り、ペニーの体に雷撃が走る。

 しかしそれはすぐに内側から弾け飛ぶようにして消えてしまった。


「触媒を使った魔法なんて効くわけないだろ」

「そうかい」


 競り合ったままため息をついたリーゼさんは指を鳴らした。

 途端にペニーの頭上に雷が落ちた。

 全身を覆うほどのそれはすぐに消えてなくなったものの、ペニーはその場に力尽きたようにくずおれた。


「ペニー‼」


 その光景にいても立ってもいられず空間の中央まで走った。

 どちらが悪者だとしてもそんなことは関係ない。


「運が良かったねえ。万全の状態だったら死んでたよ」

「……よ、けい、な……お世、話、だ」


 どうやら意識はまだあったようで、その声は苦しげだ。


「おや、まだ起きていたかい。せっかくだし、知らないようだから教えてあげるよ。触媒はあくまで補助だ。触媒を使っているから魔法が弱いとは限らない」


 触媒とは先程の槍についている光ったものだろうか。

 それについてはあまり知らないが、確か魔術師が使う杖や本が触媒に当たるはずだ。


「さて、もう一度聞くけど、目的はなんだい?」


 まだ意思疎通ができることを良いことに、リーゼさんは床に倒れたままのペニーに訊ねた。

 対してペニーは応える気はないように、動かすことができる目だけ逸している。

 事情がどうであれ、身動きが取れない相手には酷なように思えた。


「リーゼさん、今は……」


 リーゼさんは首を横に振った。どうしても聞き出さなければならないようだ。


「メル、繋ぐのにどれぐらいかかる?」

「そうじゃな……、あと数十秒といったところかのう」

「……時間切れだね。せめて君の口から聞きたかったんだけどね」


 女性の宣言通り一分も経たずに魔法陣が現れた。

 見たことのない模様を描くそれは程なくしてそこに姿見程度の大きさの渦が浮かび上がらせ、そこから数人の騎士を伴った男性が出て来てた。

 そして現れた騎士たちがペニーを捕らえた。

 一体なぜペニーが騎士に捕まらなければならないのか。理由を訊ねたところで答えてはくれなさそうだ。


「ペニー・ドーチャだね?」


 男性は跪くようにして屈んで訊ねた。


 そういえば、この人は以前どこかで見たことがある気がする。

 濃紺色の髪といえば、確かギルドの強化訓練の会場にいたような……。

 それに連れている騎士は帝都でよく見かける黒い制服ではなく、近衛騎士の白い制服とも異なり、男性の髪と同じ濃紺色に白い刺繍が入っている。

 地方の騎士──にしては華やかな気がするが、一体どういった存在なのか。


「うん、リーゼの言う通り全然応える気がなさそうだね」


 爽やかにそう言った男性は笑顔を崩さない。

 それにしても、今来たばかりなのにいつ聞いたのだろうか……。


「君は流浪の民(ロヒツクシア)の末裔──いや、その養子だね? 目的は一族の地位向上、といったところかな?」


 その問いにペニーは目を大きく見開き、ゆっくりとした動きで男性を見た。


「なるほど。なら君の今までの行いは全くの無駄、それどころか逆効果だと言っておこうか」


 男性の指示で騎士がペニーの両脇を支えるように立たせると、男性はペニーになにか耳打ちしてそのまま渦の中に連れて行かせた。


「あの子をどうする気だい?」


 遅れて渦の中に入ろうとした男性にリーゼさんが訊ねた。


「村一つ皆殺しにしているからね……。最悪極刑、良くて強制労働ってところかな。もちろんちゃんと審議会には出すさ」


 やれやれといった様子で話す男性の口調はまるで世間話をしているかのようだ。

 重大な内容のはずなのに、軽く扱われているようで強烈な違和感を拭えない。

 事情は分からないが、然るべき手順を踏んで正当な判断をしてくれることを期待するしかないだろう。


「行くなら早うせぬか。通る気がないなら今すぐゲートを閉じるぞよ」

「おっと……。それじゃあまた近いうちに」


 女性に急かされて、男性は悪びれた様子もなくこれまた軽いノリで渦の中に入っていった。

 そしてその姿が完全に消えるとともに渦と魔法陣も消え去った。

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