飛び込む
結局拠点に戻ることなく領主邸に残ることになった僕が外の状況を知ったのは、伝令にやって来たギルド職員によってだった。
領主邸に女の子を連れてきた際、邸の中を仕切っていたギルド職員が僕たちを見かねて他の領民たちと同じように邸に詰め込んだのだ。
一息つけるのはありがたいのだが、なんとも情けない結果だ。
伝令は討伐が完了したことを伝えた。
それに避難していた領民たちは安堵の色を浮かべ、それまで恐怖や不安に震え、しんと静まり返っていた室内はあっという間ににぎやかになった。
すでに僕もペニーも普段通りに動けるまでに回復している。
二人で相談した結果、とりあえずこの後何をすれば良いのか確認するために拠点となった広場に向かうことにした。
領主邸から広場までの道のりは、先程とは異なりちらほらと人影を見るようになった。
それでも本来の姿には程遠く感じる。
見かけた人たちはみな揃って不安そうで、時にはやるせない表情で道に散らばった物を片付けたりしていた。
重々しい空気感の街を駆け抜け目的の広場までやって来たが、そこはもぬけの殻だった。
取り急ぎ用意されていた作業台も運び出されて、ただただガランとした場所となっていたのだ。
どこに行ったのだろうか、と首を傾げてみたものの、すぐに思い当たる場所が浮んだので足早にそちらへ向かうことにした。
ギルド前では大勢の人が集まっていた。
入口の前では支部長が台に乗って何かを言っているのだが、周りの陳情のほうが大きくて聞き取れない。
「あれじゃあ船が出せないじゃないか!」
「今回の件で冒険者ギルドから補償はないのかい⁉」
「よその船も入港できないじゃないか! 相手にどう説明すれば良いんだ‼」
その内容から、集まっているのは冒険者ではなく領民たちのようだ。
かなりの熱量があり、人垣をかき分けてギルドの中に入ることは難しそうだ。
それに下手に前に出れば関係者として僕たちも矢面に立たされかねない。
やむなく誰か知り合いがいないか探すついでに、領民たちの喧々囂々たる騒ぎの原因である海の様子を見に行くことにした。
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ギルドから大通りに出て埠頭までやって来た。
そこから見える海は水という水が全て無くなっており、見渡す限り水底が広がっている。
一体どうすればこんなことになるのか、聞いてみたい気持ちもあるが知らないほうが良いような気もする。
ここまで来てやっと冒険者らしき人たちを見かけるようになったのだが、皆一様に地面に座り込んでいる。
その中に見知った姿があったので僕はその人に駆け寄った。
「ドレークさん!」
「……ん? ああ、アルか。まだこんなところにいたのか」
振り返って答えたその姿は酷く疲れているようで、いつもの余裕はなさそうだ。
「この後どうすればいいのか分からなくて……。ドレークさんこそこんなところでどうしたんですか? 討伐は終わったって聞きましたけど」
「討伐は終わったさ。俺も含めてここにいるやつら全員魔力切れで動けないだけだ」
魔力切れとは、その人個人が持っている魔力を使い切る、もしくはそれに近しいほど残量が少ない状態なのだが、普通はそうなる前に無意識のうちに使用を止める。
Cランク以上が集められていたのだからそれなりの人数はいたはずなのだが、一体何があったのだろうか。
「魔力切れって……。そんなに手強かったんですか……?」
「まあ……手強かったといえばそうなんだが……」
歯切れの悪い回答をしたドレークさんの目が泳ぐ。
その視線の先には何やら話しているゼインさんとリーゼさんの姿があった。
程なくしてゼインさんがこちらに向かって歩いてきて、リーゼさんは埠頭から先にある浜辺に向かって行った。
こちらに向かって来たゼインさんの表情は今までに見たこともないほど険しかったのだが、僕たちを見つけるなりすぐに普段の表情に戻って駆け寄ってきた。
「アルくん、来てたんだね──って緊急依頼だから当然か。そっちは大丈夫だった? あ、Dランクならこっちのことは知らないか」
ペニーも含める形で訊ねた彼はやはりいつも通りだ。
「はい。と言っても途中で脱落しちゃいましたけど……」
「仕方ないよ。依頼の後だったんだし」
フォローする形でペニーが付け加えれば、ゼインさんもドレークさんも「あーなるほど」と頷き、理解を示した。
「ならこっちに割り当てられなくて正解だったね……。巻き込まれてたら当分立ち直れないと思う……」
そう言うゼインさんの表情は真っ青になった。
「あれはある意味災厄だった」
いまいち要領を得ない二人に一体何があったのか訊ねたくもあったのだが、聞いてはいけない気がしてそれ以上触れないことにした。
「あの! 緊急依頼って達成報告はどうなるんですか? 僕たち初めてで……」
話題を変えるため──ではなく、本来の目的のため僕は訊ねた。
緊急依頼については全員が赴かなくてはならない以外何も知らないのだ。
「あー……。代表で誰か一人が行けば良いんだが……肝心の本人がアレだな……。まあ支部長が状況を知ってるし何もしなくてもいいだろ……」
再び視線を泳がせたドレークさんは浜辺の先を見た。
その先には洞窟のようなものが口を開けているだけで、他には何もない。
そちらへ歩いていったはずのリーゼさんの姿もない。
「一応僕たちも帝都で報告をしておくから、君たちは先に帰っていいよ」
未だ地面に座ったままの仲間に苦笑いを浮かべながら、ゼインさんは手を振った。
「そういう事なら、少し海を見ていこうかな。僕、海は初めてなんだよね」
ペニーはスキップするような足取りで埠頭の先の浜辺に向かって行った。
遠目に見ても干上がってしまっている海で何をするつもりなのだろうか、と僕は苦笑いするしかなかった。
店が閉まっているどころか、混乱状態のこの街ですることもないので帰ろうか、と身を翻したところでドレークさんが声をかけた。
「おい、アル。まだ動けるか?」
その声が妙に真剣だったので、思わず僕は足を止めた。
しかし、彼は僕を見ておらず、干上がった海岸線を見ていた。
「えっと……はい、帰る程度の体力はありますけど……」
「念のためあいつの後を追うんだ。何もなければそれで良いが──」
「彼が行った方向、リーゼさんが後始末って行った先なんだよね。万が一のために連れ戻してくれるかな」
ドレークさんは険しい表情で、ゼインさんは眉尻を下げてそれぞれ言った。
どうも気にしているところが違うような気もするが、ペニーは僕の仲間でもあるので、何かあってはいけないと頷いて浜辺に向かった。
僕が追いかけた頃にはペニーの姿は浜辺にはなく、他に行きそうな場所である洞窟まで走った。
そこは思っていたような薄暗いところではなく、天井が抜けているようで木漏れ日が差し込むきれいな場所だった。
少し進んだ先には泉があり、その両脇には苔むした石造りの燭台のようなものまである。
海辺とは思えないほどに澄んだ空気に包まれており、洞窟ではなく森の中のような場所だ。
「ペニー!」
そんな泉の手前に探し人の姿があったので声をかけたのだが、彼はそれに気づかなかったのか、迷う素振りを見せることすらなく泉に飛び込んだ。
慌てて近寄ったが、泉の中にその姿はない。
かなり深いのだろうか、と思ったものの、立っている状態で水底は見えているので人の姿が消えるほどの深さはなさそうだ。
状況的に考えられるのは何かしらの魔法によるもの──例えば転移魔法などが考えられるのだが、人に対して使えるようなものは技術的に確立されていない。
魔法の研究が進められている中でも、未だにおとぎ話の域を出ない代物なのだ。
泉から外に出るような穴もない。──ではペニーはどこに行ってしまったのか。
もはや、僕も同じように飛び込んでみるしかない、と念のため僕を探しに来た人のために書き置きを残して、泉に飛び込んだ。




