真に怖れるべきは
「ゼインでもせいぜい鏃が刺さった程度——か」
冷静に状況を分析したのは極一部の者だけだった。
魔物との距離があって正確な状態が見えている者が少ないのだろう、とゼインは流し見ながら判断した。
これだけ離れていれば遠見のスキルがないと矢の状態を見るのは難しいのだ。
「他も試してみようか。結界維持を誰か代わってくれるかい? とりあえず二人魔術師がいれば良い」
「わかった」
防御結界は展開するには魔法の素養が必要だが、その後の維持は魔力さえあれば誰でもできる。
魔力供給を他の者が担えば、展開した魔術師と入れ代わることができるのだ。
入れ替わることを申し出たのは大柄の守護者。
役割的に防御結界の適性も高く、魔力の扱いにも慣れているので丁度良い人材だ。
そして守護者に続いて治癒師も名乗りを上げた。
治癒師は回復を専門としているが、当然魔力の扱いに長けている。
冒険者として活動する上では支援系の魔法を扱うことが多いだろうが、防御に関しては専門外だ。
それでも防御結界に揺らぎはない。問題なさそうだ。
入れ替わりで手が空いた魔術師は、リーゼの指示でシーワームに向かってそれぞれ異なる属性の魔法を放った。
簡単な魔法ではあるが威力はスキルなどで底上げされたものだ。
魔法による爆炎と一際大きなシーワームの雄叫びが上がる。
そして次第に晴れる視界に映るものに誰もが呆然とした。
「…………。目立ったダメージはなさそうだねえ。単なる属性の相性ではなさそうだけど、どうみる?」
訊ねられた魔術師たちは首を振った。——わからない、と。
一般的に魔物は何かしらの弱点属性を持っている。
弱点は手探りで探すほかないが、冒険者間で情報は共有されるので、討伐記録のある魔物についてはそれが知られている。
眼前のシーワームであれば通常は風属性に弱い。
しかし先程の魔法には風属性もあったのだが、ダメージがあるどころか怯んだ様子もない。
考えられるのは弱点ではないか、当たらなかったかぐらいだが、魔法が当たったことは間違いない。
通常、弱点属性の攻撃が当たればダメージがなくても怯むはずなのだが。
「他の属性も試してみますか?」
魔術師の一人が訊ねた。彼女も弱点ではなかったと推察したのだろう。
「……いや、無駄になるだろうからやめておこう」
問いに対して首を振り、リーゼはそのまま考え込むように黙った。
反応から何かわかったのかもしれない、とゼインは考えたのだが、それが何なのか皆目見当もつかない。
「はあ……、これは変異種とみた方が良いね。こういったのは任せてるはずなんだけどね、こういう時に【不死鳥】がいないのが痛い」
半ばヤケになったようにリーゼが座り込むのを見て、一同が「は?」と首を傾げた。
それも当然で、未だにシーワームの動きは止まっておらず、防御結界も展開したままだ。
戦意喪失とも取れるような動きをするのはいかがなものか。
「じゃあ打つ手がないってのか⁉」
周りの冒険者を押しのけるようにしてリーゼに近づき、怒鳴ったのはドレークだ。
面倒そうに座ったままのリーゼを見下ろし睨んでいる。
「そこまでは言っていない。今この場に丁度良い程度の威力を出せる顔ぶれがいないってだけだよ。ということで防御結界はそのままで全員しばらく待機」
そんな指示に呆気にとられたのはドレークだけではない。
この場にいる殆どの者が再び呆然と彼女を見た。
そんな状態で待つことしばらく。
街の中心部から一人の男が走ってやって来た。
褐色の肌に擦り切れた服を纏っているその者はこの街のギルド支部長だ。
「リーゼ! 安全確認は終わったぞ!」
「随分時間がかかったね。——まあこの規模の街なら仕方ないか……」
息を切らしながら伝えた支部長にどうということでもなさそうにリーゼが答え、立ち上がった。
そして、ポーチから小瓶を取り出して支部長に投げ渡す。
「さてと。じゃあ反撃といきますか」
伸びをしながら口にされた言葉に、全員がようやくか、と目をギラつかせた。
休憩を挟んだことで気力を持ち直したようだ。
リーゼは再びポーチから小瓶を取り出し、それを防御結界を担う者たちに投げ渡した。
「カイヴァル、しばらく海が使えなくなっても問題ないかい?」
「困るかどうかって言われたら、もちろん困るが……この状況を早く解決する方が優先だな。何をするつもりだ?」
「——一撃で始末する」
その言葉とともに歩き出したリーゼの背に支部長は慌てて手を伸ばしたが、届かない。
本当に何をする気なんだ⁉ とその顔は青ざめていた。
「いいかい、全員で防御結界を維持するんだ。街に被害が出ないように範囲も広げるんだ!」
その号令に従って、防御結界を維持していた者たちは小瓶の中身を飲んで、結界を広げた。
その範囲は埠頭全域にまで及んだ。
しかし、範囲を広げたことで魔力消費が激しくなる。
そこで投入されるのが、それまで傍観するしかなかった前衛たちだ。
魔力量は魔術師には及ばないものの、これまでに何もすることがなかったため体力も魔力も消費していない。
一時的であれば先程よりも強固な結界になる。
「けどよ——⁉」
しかしやはりこの場に集っているのは冒険者。何よりも手柄と報酬を重視する者たちだ。
命令に従って行動する騎士たちとは違う。
ただ言われるがまま、誰かにそれを奪われるのは気に入らないと考える者は少なくない。
たとえ手の打ちようがなくても、ただ従うだけに納得しない者もいる。
だから一人リーゼに向かって異議を唱えようとしたのだが、その姿を見るなり続く言葉を切っていそいそと結界に魔力を流し始めた。
先程まで淡く光っていた防御結界は高ランク冒険者たちの魔力を以て輝いていると言えるほどの光を放っている。
それを見てリーゼが頷いたのが見えた。
「何があっても結界を維持するんだよ!」
その後に続く「ふふふ……、無駄に時間を使わせたことを後悔させてやる」と呟いたその姿の恐ろしさにゼインは戦慄した。
さながら邪気を纏っているような雰囲気に、かなりお怒りであることは誰が見ても明らかだった。
通りで歴戦の冒険者も大人しく従ったわけだ、とゼインは一人納得した。
その矛先が魔物に向いていることが幸いだ。
ポーチから木の葉程度の大きさの何かを取り出したのを見たゼインは、それに瞠目した。
そんなことをしている間にリーゼの姿が揺らめき、いつの間にか桟橋の先端で高く跳び上がっていた。
ポーチから取り出したものが輝き始めた。
何か呟いているのか、その唇はしきりに動き続ける。
やがて輝きが最高潮に達し、その光が稲光のようだと思ったのも束の間、それがシーワームに向かって投擲された。
埠頭からシーワームまでの距離はかなり離れている。
通常であれば魔法や弓でなければ届かない距離も、瞬きする間にそれは到達し、シーワームの表皮を切り裂き内側にまで入り込んでいた。
そして落雷にあったかのように、シーワームの表皮を雷が走る。
それまで止まることのなかったシーワームの動きは痙攣するように鳴りを潜め、直後僅かにその身を膨らませたかと思えば、一気に収縮して直後、爆ぜ飛んだ。
爆ぜ飛んだ肉片が辺りに撒き散らされ、その一部が埠頭にまで及んだ。
それらのすべてを防御結界で阻めたのだが、その威力に防御結界に魔力を送っていた全員が青ざめた。
一気に魔力が抜き取られるような感覚にめまいを起こして倒れたものもいる。
結界で守りきれなかった街の外では突風によって木が大きくしなり、一部では倒木している。
肉片に遅れてそれまでとは比べ物にならない高波が押し寄せた。
それは防御結界がなければ市街地にまで及んでいたことだろう。
そんな光景も意に介さず、リーゼは桟橋の先端に着地した。
先程までシーワームがいた場所を一瞥して背を向けると、あまりの事態に呆然としている冒険者たちに撤収を指示した。
この日、冒険者たちの間でこんな格言が生まれた。
——真に怖れるべきは魔物ではなく身内である。と。




