海上の魔物
埠頭に連れてこられた冒険者たちの中にドレークとゼインの姿もあった。
緊急依頼なので全員が来ているのが当たり前なのだが、先日の訓練中の逮捕劇によってギルドに反発している一部の冒険者たちの姿はない。
そんな状況の中集まった冒険者たちの目の前では灰色がかった巨大ななにかが海上で大暴れしている。
依頼書を鵜呑みにしている殆どの冒険者が「あれが竜なのか」と口にしている中、ゼインはそれをにわかに信じられずにいた。
頭から尾の部分まで均一な大きさのそれは、ゼインの知る竜とはかけ離れており、むしろ巨大すぎる芋虫と言われたほうがしっくり来る。
しかしワーム系だとしてもあれほど大きな個体は見たことはおろか、聞いたこともない。
ではあれは一体何だというのか。
答えを求めて、ゼインはこっそりスキルを使った。
「ふざけんな! あんな化け物どうやって倒すんだよ!」
陣頭指揮を執っているリーゼに誰かが文句を言った。
その意見には同意だ、とゼインは心のなかで相槌を打った。
「この中で遠距離攻撃ができるやつはいるかい?」
「あ……、既に矢を射ってみたけど、弾かれたよ……」
「魔法もだめでした」
「俺達じゃ、竜を倒すなんて無理なんだ……!」
依頼の報酬額に目がくらんで真っ先に駆けつけた冒険者の一部で既に攻撃はある程度試されていた。
結果、すべての攻撃がことごとく弾かれてしまい、ダメージを与えられなかった。
それを知る者たちは一様に絶望の表情を浮かべていた。
「竜? あれが? 笑わせるんじゃないよ。あれはただでかいだけのシーワームだね。本当に竜が出たなら、とっくに退避を指示してるよ」
攻撃する手立てがないとの嘆きをリーゼが一蹴した。
当然それに反論が飛ぶ。
「シーワーム⁉ シーワームっていったらせいぜい小型船程度の大きさまでにしかならないだろ⁉ あんなにデカくなるなんて聞いたことねえよ‼」
シーワームは海に生息する魔物の中でも中型に分類される程度の大きさだ。
今までの目撃情報ではどんなに大きくても遠洋漁業に使用する小型船程度しかない。
しかし、今目の前にいるのは明らかにそれよりも大きい。下手をすれば現在確認されている最大の大型魚よりも大きいかもしれない。
しかし、リーゼの主張が正しいことはゼインだけは確認済みだった。
ここでなにも言わなかったのは余計な論争に巻き込まれたくないからだ。
これほどの大きさは陸上でも早々お目にかかれない。
それはここにいる殆どの者が経験したことのない大きさの敵と相対するということを意味する。
倒し方など当然知るはずもない。
既に試した手段ではどうにもならないことが分かっている分、冒険者たちは不安を怒りとしてぶつけようとした。
「わかったわかった。今はこんな問答をしている時間はないんだ。まずは時間稼ぎをするよ」
熱り立つ者たちを諫める気にもならないとばかりに埠頭の先端に移動したリーゼは続ける。
「まずは埠頭が完全に破壊されないように海に向かって防御結界を展開するんだ」
その指示に従うように、魔術師たちが一歩前に出てそれぞれに杖を掲げた。
魔術師は魔法という繊細なものを主に取り扱うため精神面が強い。
それ故に殆どの魔術師たちは怒りに身を任せることなく冷静さを保てていたためにできた行動だ。
掲げられた杖から淡い光が溢れ、埠頭の先端から先の海上に光の膜を作り上げた。
それは複数人の魔法を強く繋ぎ合わせるように何度も光を発した。
「よし、これでしばらくはここも大丈夫なはずだ。結界が壊れる前に試せることは試すよ」
一歩前に出て目標を見遣るリーゼにつられて、その場にいた者の殆どが同じ方を見た。
未だ暴れ狂うシーワームが起こす高波が埠頭に押し寄せる。
それらはすべて防御結界で防げているが、結界にダメージが入るほど術者の魔力が削られていく。
要は術者の魔力が尽きるまでという時間制限があるということだ。
幸い術者である魔術師は一人ではない。一人あたりの負担はある程度軽減される。
「試すったって……。弓も魔法もだめだったんだぞ。何を試すんだよ……」
結界を張ったことで落ち着きを取り戻したのか、Bランクの男が訊ねた。
腰から下げている武器から剣士であることわかる。
「遠距離がだめなら近づいてみるとか? あ、足場を作って近づいたらどうかな?」
剣士と同じパーティの男が提案した。しかし、その案はあっさりリーゼに否定された。
「やめておきな。ここは大型船が入れるぐらい水深があるんだ。高波で振り落とされる可能性がある。それに、あのデカブツのせいで他の魔物の気が立っている。海に落ちればそいつらに襲われかねない」
それに反応したCランクの男がしゃがんで海面を覗き込んだ。
その目には海中を泳ぎ回る魚に紛れて魚型の魔物が牙を剥いているのが映った。
確かに落ちればただでは済まなそうだ、と男が零した。
「こういう時、レイモンたちがいればなあ……」
「ちげえねえ。あいつらなら、絶対喜んで突っ込んでいったぞ」
「だよなあ。特にレイモンなんかリーゼに良いところ見せたくて特攻してただろうよ。あいつリーゼの前になると変態になるからなあ」
男たちの会話にどっと笑いが起こった。
笑いのネタにされている者たちは今もなお生死をさまよっているのだが、そんなことを気にする者はこの場ではごく少数だ。
そもそも事実を知っているのは、この場で唯一人なのだ。
「はいはい、【不死鳥】の話はこの辺にして、どうするかを考えるよ。まずは弓はだめだったって話だけど——ゼイン、一度射ってみてくれるかい。貫通系はできる限りで良いから」
目が合ったと思えば名指しされてしまったゼインは「えぇ……」と声を漏らした。
弓使いは数が少ないとはいえ、この場には他にもいるじゃないか、と言い返したくなったのだが、その言葉を飲み込んで矢を番える。
そして、飲み込んだそれを矢に載せて、放った。
防御結界は内側からの攻撃はそのまま通す。こちらからの攻撃で結界を気にする必要はない。
言われた通り貫通系のスキルを乗せるだけ乗せた矢は、甲高い音を立てながら空気を切り裂きシーワームに肉薄し、そのまま胴体に当たって突き刺さった。
途端に湧き上がる歓声。
それまで少しも傷をつけられなかったのだから仕方ないか、と思いながらも、この程度で喜んではいけないとゼインは拳を握りしめた。




