緊急依頼
カルラを討伐してまっすぐ帝都まで戻ってきた僕たちは、その足でギルドに向かった。
ギルド前まで来ると、普段以上に人の出入りが多い様子が目に入った。
出入りというより出ていく人が多い気がする。
「……何かあったのかな?」
カルラの嘴の一端を持つペニーが訊ねたが、あいにくと僕も状況はわからない。
それよりも早く達成報告をしてこの大きな嘴を手放したい。
僕たちは人波に逆らうようにしてギルドの中に入った。
中も異様な空気感に包まれていた。
ざわつきはいつものことだが、全体的にピリついているというか、ギラついているというか……。
かわりに最近目にすることが多かったギルドに対する反発の動きは見られない。
「達成報告です」
カウンターまで嘴を持っていけば、それを確認した受付嬢が通常通り処理してくれるはずなのだが、いつものような朗らかな返事ではなかった。
「わかりました。こちらで処理を進めておきます。緊急依頼が出ています。詳細は掲示板を確認してください」
事務的というより、忙しくて手が回っていないような対応に僕たちは動揺した。
緊急依頼とはその名の通り、すぐに対応しなければならない依頼のことだ。
とはいっても、通常の依頼のように誰かが受けたら終わりではなく、ギルドに登録されている冒険者全員がその依頼に当たらなくてはならない、ギルドからの命令のようなものでもある。
この依頼に対してだけは誰であっても拒否することができない。
かなり特殊——いや、強制力があるあたり依頼とは言えないだろう。
「これは、おかしいね」
他の依頼があると言って別行動になったリーゼさんが掲示板前でひとりごちていた。
どうやら僕たちよりもわずかに早く戻ってきていたようだ。
その視線の先にある掲示物には、受付嬢の言っていた緊急依頼の詳細が書かれていた。
「ルーメア伯爵領のセレディアで竜……ですか?」
セレディアは帝国でも随一を誇る巨大な港町だ。
日夜問わず小型船から大型船まで出入りする交易と水産業の要所とされている。
そんなところで竜が出たともなれば大騒ぎどころではない。緊急依頼になるのも頷ける。
しかし、本当に竜が出たのであれば一体どう対処するのだろう。
討伐してしまえば瘴気が発生してしまうはずだ。
それに支部長クラスが知っている瘴気のことをギルマスが知らないわけがない。
どうにも妙な依頼に見える。
「あそこは元々竜に関する伝承がある土地だから出るのはおかしくないとして、暴れているというのは妙だね。それに海上ときた。遠浅の海ならまだしも、あそこは少し沖に出るだけでかなり水深が深くなるんだ。そんなところで暴れるなんてどんな巨体だい……?」
ちらりともこちらを見ることなく話すリーゼさんは、僕たちが来たことに気付いて教えてくれたようだ。
「次の馬車は五分後ですね。リーゼさんはどうするんですか? セレディアは流石に遠すぎると思いますが」
帝都は国の中心ではあるが、地理的にも中心に近い。
対してセレディアは港町というだけあって国の端に位置する。
その距離は馬車でも数日かかるほど離れている。
流石にその距離を歩いていくはずがなく、こぞって馬車を呼び出せば帝都中が混乱してしまうのでギルドが馬車を手配してくれている。
「そうだねえ……。小言を言われるのを覚悟で行くしかないだろうね。そっちこそ急がなくて良いのかい?」
動物がだめだと言っていたリーゼさんは今回も馬車は使わないようだ。
それにしてもリーゼさんに小言を言うって、どんな猛者だろうか……。
そんな依頼とは全く関係ないことが気になりながらも、僕たちは急いで馬場まで走った。
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ギルドが用意した馬車はただの馬車ではなかった。
本来荷車を引くはずの馬はおらず、かわりに前足が退化した大きなトカゲのような生き物がそれを引いている。
いわゆる魔物の一種なのだが、おとなしい性格ゆえに飼育が許されている数少ない種類だ。
その足は馬の数倍早く、数日かかる道のりも半日で着いてしまった。
その代償は計り知れないのだが……。
「うっ……。——アル、少し休憩しよう……うっ……」
ペニーが馬車にもたれかかりながら口元を押さえている。顔は真っ青だ。
そしてそれは自分自身も同じであるのだから、ノーと返す理由がない。
ちなみに道中、車内で粗相した冒険者は数知れずだ。
馬車が未だに馬を使っていることに納得した。
体調も気力も回復したところで海に向かって移動する。
セレディアの大通りには多くの屋台が立ち並び、普段は多くの人で賑わっていることが窺えた。
しかし今はその見る影もない。
屋台に人はおらず、並べられていただろう商品は地面にいくつも散らばっている。
そしてそのまま放置して時間が経ったのだろう。
生ものは総じて強烈な臭いを放っている。
立ち並ぶ店もすべて営業中の札のまま、明かりが消えている。
何軒も見かけた酒場など扉が壊れている店もあった。
よほど慌てて何処かへ行ってしまったようだ。
大通りから埠頭部分に接続する地区で人集りができていた。
見た目から全員冒険者であることがわかる。
「船は出せない! 見ればわかるだろう! 近づこうものならすぐに海の藻屑になる!」
人集りの中心から大声が聞こえた。
そしてその周りからは「じゃあ、あれをどうしろってんだ!」という罵声が上がる。
港の先に見える巨大な何かまでどうやってたどり着くのかで揉めているようだ。
押し問答は平行線をたどり、終わりそうにない。
しかし事態はそう悠長にしていられない。
今もなお海上では巨大な何かが雄叫びを上げ、その尾のようなものを振り回しては高波を発生させている。
近づいてくる様子はないが、このままでは波で埠頭が壊れてしまう。
「カイヴァル、一般人の避難は終わっているのかい」
凛とした声が聞こえてきた。その声にわずかばかりの安堵を覚えた。
「いや、まだ全員避難できたかは確認できていない。この有様だ。何もかも機能していない」
「わかった」
カンッ——と澄んだ軽い音が響くとともに柔らかな風のようなものが吹き抜けた。
途端に先程までの騒ぎが嘘だったかのように静まり返った。
「よく聞きな! これから集まった冒険者で分担して、街の安全確保を進める。まずはDランク以下の冒険者は街全体を見て回って逃げ遅れた者がいないか確認、避難誘導をするんだ。避難誘導はここにいるカイヴァルの指示に従うんだ。Cランク以上は私と一緒に埠頭で街の防衛とあのでかい魔物の討伐を行う」
「Dランク以下のやつは俺について来い!」
人集りの中心でひとり手を挙げた。
褐色の肌にところどころ擦り切れた服を来た男だ。
彼は他の冒険者たちが着いてくることを確認しながら街の中心部へ向かった。
「僕たちも行こう」
僕もペニーも同じDランク。魔物討伐ではなく避難誘導が今回の仕事だ。
僕は一つ頷いてぞろぞろと続く列の後ろについた。




