帝都の食料庫
第三段階の訓練を終えてからしばらく経った。
流石に当たった依頼が悪かったとのことで、再度同じメンバーで依頼を熟すことになった。
それが通達されたのが三日前のことだ。そして招集は、同行するリーゼさんの都合で明日になっている。
昼下がり。
煌々と輝く太陽がその位置をだいぶ下げた頃、僕は引き受けていた依頼を完了させてギルドを出た。
いつもであれば日暮れまでは適当な仕事を受けるのだが、明日に向けて早めに切り上げた。
このあとは少なくなってきた消耗品の補充をして、早めに休むつもりだ。
少なくなってきているアイテムを揃えるには三店舗ほど巡る必要がある。
僕は手始めに一番近い店に向かうことにした。
一軒目の店では傷薬などの応急処置の道具を一通り揃えた。
怪我が多い訳ではないのだが、定期的に店に行っていたせいか店主に顔を覚えられていたようで、妙にフレンドリーに話しかけられた上、おまけと称していくつか新商品を渡された。
強面で無愛想な人だと思っていたのだが、実際話してみるとかなりの世間話好きだったので、見た目で人を判断してはいけないなあ……と思ったのは内緒だ。
二軒目の店は一軒目の店から大通り沿いに少し行った先にある。
この店は魔法薬の取り扱いが多く、店主の老婆自身も薬を作ることができるという少し特殊な店だ。
界隈ではかなり名の通った店主らしく、偶にメチャクチャな注文を受けているところを見かけるが、断っているところは見たことがない。
この店では状態異常回復や予防のアイテムをいくつか買った。
老婆はいつものように不気味な笑みで包みを渡してくれたが、きっと悪気はないと思う。たぶん。
そして三軒目。この店だけは帝都の隅にあって着くまでに少々時間がかかる。
どのルートで行くのが効率的か脳内で計算して、普段通ったことのない道を通ることにした。
大通りから裏通りまでを繋ぐような細い道は、近隣住民しか使わないのではないかと思うほど人気が少ない。
建物の入り口の脇にはゴミと思われるものや、屋内に置けないような大きな像のようなものが置かれている。
それらを避けながら進めばすぐに裏通りに出た。
裏通りも先程の細道と似たようなもので、大通りのように整備されておらず雑多な印象を受ける。
細道との違いは人気の多さだろう。こちらは大通りほどとまではいかないものの行き交う人の数は多い。
そんな通りを歩くことしばらく、帝都の外れとも言える辺りにたどり着いたところで急に視界がひらけた。
所狭しと立ち並ぶ建物の代わりにあったのは、帝都の中とは思えないほどの広さのある田畑だった。
「こんなところがあったなんて……」
家庭菜園と言うには広すぎる田畑には、数人土いじりに勤しんでいる姿があった。
日除けの帽子を被り、手袋をつけて作業をしている辺りかなり本格的なようだ。
「どうかねえ……」
すぐ近くで声がして、ドキッとしたまま声のした方へ向けば、地面を向いて何かを眺めている女性がいた。
「うーん……これは一度土魔法で栄養を送り直したほうが良さそうだね。最後にやったのはいつだい?」
「やったのは二週間前だねえ。今までは一月に一回で大丈夫だったんだけど……」
女性の近くにはしゃがみこんで作業している別の女性がいたようで、どうやら畑の状態について話しているようだ。
しゃがんでいた女性は立ち上がって大きく伸びをした。
作業着のせいで体格は分からず、顔も帽子で見えない。
声は若いように感じるが、それ以上のことはわからない。
「んー、とりあえず二週に一回のペースに変えて様子を見ようか。費用はいつも通りに」
「でもそれじゃあ、あんたが……」
「それぐらい負担でもないよ。他にも気になることがあるなら言いなよ」
「……わかったよ。いつも悪いねえ」
しゃがんでいた女性は手を振って去っていき、立っていた女性はそのまま陽光を仰ぎ見た。
「あの!」
ようやく先程の声に聞き覚えがあることに気づいて、未だその場にとどまっている女性に反射的に声をかけた。
「……? 何か?」
驚きながら振り返った女性は帽子をかぶっていても日焼けを避けられなかったようで、こんがりとした小麦色の肌をしていた。
そして、後ろ姿では気づかなかったが、それなりに歳を重ねているようだ。
「えっと、さっきの人って……」
僕の曖昧な問いに女性は訝しむような目を向けたが、それでも答えようと考えている素振りを見せた。
「——ああ、ここの地主さんだよ。それがどうかしたかい?」
「いや、えっと……。……知り合いだった気がして……」
咄嗟に訊ねたことで、その後については何も考えていなかった。
受け答えた女性からしてみればさぞかし不審に映っただろう。
自分でもかなり挙動不審であることがわかるのだから。
「あー、まあ何かと有名な人だからねえ……。本人は望んでないだろうけどさ。同業者なら見かけたら助けてやってよ。何も知らないあたしらでもわかるぐらい大変そうだからさ」
「はあ……。……あっ、地主さんってよくここに来るんですか?」
よくよく考えてみれば、今まで一対一で会うことがなく、忙しそうだったこともあって聞きたいことも聞けず終いだった。
ここでならそれも叶いそうな気がした。
「そうだねえ……。半年に一度ぐらいかねえ。何か用かい? 今ならそこの家にいると思うけど……」
「え? 近くなんですか?」
「何言ってるんだい。ここ一帯の農地はみんなあそこの庭みたいなもんだよ。帝都育ちなら知っているだろう?」
常識のように言われてしまったが、僕は帝都育ちでもなければ、ここに畑があるなんてことすら知らなかったお上りさんだ。
そんなことを言われたって知らないものは知らないのだ。
「あはは……、こっちに来てまだ数ヶ月しか経ってなくて……」
「おや、そうなのかい? ここはねえ、旧王国時代からあってねえ。なんでも旧王国の末期に農地が民家になりそうになったところをある夫婦が買い取って農地として残してくれたらしくてねえ。その夫婦がそのまま地主になったって話だよ。昔はこんなに広くなかったらしいけど今じゃ帝都の食料庫なんて言われるぐらいの規模になったし、国の肝いりとも言われているねえ。まあ、レイノールの悲劇を経験して、ってのもあるだろうけどさ」
レイノールの悲劇とは、旧王国時代に存在したレイノール辺境伯領で起こった領民の反乱とその後の異常現象の両方を指す事件だ。
国の食料庫とも呼ばれるほどの旧王国の一大農場地帯だったのだが、今はその地は入り込めば出ることも叶わない深い樹海になってしまっているらしい。
何故そのようなことになってしまったのかは、百余年経った今でも詳しいことは分かっていない。
農地を一箇所に集中させるのは危険だと思わせる出来事だ。
「じゃあ、さっきの人はその地主さんの——」
「その辺りは詳しくはわからないねえ。なんてったって、夫婦の話はよく聞くけど、その後についてはとんと聞かないからねえ。そろそろいいかい? まだ仕事が残っているからねえ」
気づけばまだ沈みそうになかった太陽もだいぶ低い位置に来ていた。
そろそろ行かないと目的の店が閉まってしまう。
女性に思いがけず長く引き止めてしまったことを謝罪するとともに、色々教えてもらったことに感謝してその場を後にした。




