閑話:第二段階の裏側
まあEランクならこの程度か……。
錚々たる顔ぶれが並ぶ客席で俺は自身の膝に頬杖をついてそんな感想を抱いた。
この訓練の主催者たるガリオンには気まぐれで来たと伝えたが、実際には入念に準備をして会場入りをしている。
ギルドの外に移送用の馬車と配下の騎士が控えていることはこの場にいる誰もが知るはずもない。
訓練という名の試験は滞りなく進んでいく。
EランクからDランクに変わっても、ものの数秒も保たない試合は次々と参加者を入れ替えていく。
——どこかで見たことがある顔だな。
今まさに試験を受けようとしているのは妙な闘志を見せている痩せぎすの男。
その姿は以前どこかでも見た覚えがある。
俺は手元の資料に視線を落とした。
突然やってきた俺のために慌てて用意したであろうそれに書かれているのは、男の簡単な情報だ。
通常であれば名前と出身地が書かれているぐらいだが、自己顕示欲が強いのか、この男の資料は他にも不要なことが書かれている。
「グライツの次男か」
資料に書かれていた名は、ルオ・グライツ。グライツ伯爵家の次男だ。
グライツ伯爵家といえば騎士を多く輩出する名家だ。
そこの次男は数年前に騎士団の入団試験で不合格にした記憶がある。
理由は騎士の心得を理解していなかったからなのだが、それは今も変わらないらしい。
力を誇示するばかりで、その精神性は幼稚だ。
それは試験が終わった後の行動にも現れている。
「ふざけるな! 俺の負けだと⁉」
リーゼのたった一撃を受けて地面に沈んだというのにこれだ。
そんな思考で国を守る騎士になろうだなど片腹痛い。
未だ審判を務める受付嬢に詰め寄る男を見ながら考える。
この男をどの罪でしょっ引こうかと。
ルオには未発覚の罪があることは調べがついている。恫喝、犯罪教唆、その他細かいものが多数。
どれをとってもせいぜい一年程度投獄することしかできない。
しかしできることなら極刑の次に重い強制労働まで持っていきたい。
それぐらいこの男には思うところがあるのだ。
今なお不服を申し立てている男にガリオンが止めに入ろうと動いたのが見えた。
たまには嫌な役を代わってやるのも悪くはない、と俺はガリオンを止めた。
「あー、君、名前は?」
広さはあるとは言え、閉じた空間である会場はよく声が通る。
たいして声を張ったわけではないが、騒ぎ続ける男を振り向かせるには十分だった。
「あ?」
苛立たしげに振り返り名乗る男に、俺は普段から貼り付けたままの笑みを向ける。
「ルオ、君には恫喝と犯罪教唆の嫌疑がかかっている。捕まるならどれが良い?」
俺の言葉にルオのこめかみがピクリと動いたのが見えた。目が良すぎるのもたまには役に立つ。
「はっ! 身に覚えがねえなあ! そう言うあんたこそ何様だぁ⁉ 俺は伯爵家の人間だぞ! 俺に喧嘩売ってただで済むと思うなよ!」
よし、不敬罪で引っ張ろう。
こういう輩は釣りやすくて大変楽だ。腹立たしいことこの上ないが。
法で禁じても、こういう輩がいつの時代も何人か存在するのはなぜだろうか。
一人無自覚に自爆し続けるルオを止めようとガリオンが立ち上がった。
「ば、ばかっ……、やめろ。この方は——」
「良いよ。ガリオン。後でじっくり、ゆっくり、優しく教えてあげることにするから」
未だ貼り付けたままの笑みを見てガリオンは顔を青ざめさせ絶句した。
「ところでルオ、私は立場上君のお父君とも関わりがあってね。君のお父君は立場で人を脅すようなことはしない実直な人だ。——君はお父君から何を学んだんだい?」
今にも殴りかかってきそうな様相になったルオを見下ろしながら「連れて行け」と控えていた部下に告げる。
すると数名の騎士が会場に入りルオを拘束して連れ出した。全員皇弟直轄を示す濃紺色の制服だ。
ルオは引きずられながらもなにか騒いでいる。
耳障りなその声に言いようのない不快感を覚えながら試験が再開されるのを待った。
下で待機していたリーゼに睨まれた気がしたがいつものことだろう。
試験が再開して何人かの背を見送った。
やはり感想は最初のものと変わらない。
そして現れた姿に目を見開いた。
——黒髪に黒目。黒曜の一族か……。あの引きこもり一族が珍しい。
アルノルトという名のどことなく知人に似た見た目の少年は、開始の合図を聞いてもすぐには動かない。
立ち回りを考えているのだろうか。
ようやく動き出した少年の動きはモリガンを思わせたがそれだけではない。
その根幹、基礎となる動きはまた別の師がいるように見えた。
「……なるほど、基礎はリーゼか」
決着までの動きでようやく理解して無意識に口にしていた。
自覚しているかは分からないが、おそらく試験の趣旨を理解しているのだろう。
その動きもさることながら、開始直後の間もこれまでの受験者とは大きく異なる。
これは将来が期待できそうだ。
資料に視線を落とせばモリガンがCランクに推薦していた事が書かれていた。
訓練所の証明書でそのようなことがされるのは珍しい。
記憶している範囲ではそのような前例はない。
ちらりと横に座る老人に視線を向ければ、老人は誇らしげに胸を張った。
どうやら自慢の弟子のようだ。
思わぬ収穫に自然と口角が上がる。それを隠すのに苦労した。




