村の結末
※一部グロテスクな描写があります。苦手な方はご注意ください……
僕たちは昨日と同じ応接室で、引き伸ばされたスタンドミラーを前にじっと待っている。
この場にいるのは僕とペニー、支部長、そして支部長の補佐を務めているお姉さん——受付嬢のリーダーだそうだ——がいるのみだ。
リーゼさんは僕が起きた時点で既に出発していた。
ただ待っているのも勿体無いので、支部長を交えて雑談をしていたのだが、それほど待つことなくスタンドミラーに何かが映った。
映ったのは、まるで煙の中のような白い靄と巨大な何かだった。
「おい、リーゼ。霧が凄いが一体どうなっている?」
『こっ……は特に変……たことはない……だけどねえ』
支部長への返答はノイズ混じりでうまく聞き取れない。
それには支部長だけではなくペニーもしかめっ面だ。
「すまん、ノイズが酷い。仕方がないからこのまま進めてくれ」
『わかっ……よ』
こちらの言葉は通じているのか、リーゼさんは鏡に映るそれに向かって聖水を振り掛けた。
その途端、鏡に映っていた白い靄が薄くなっていき、殆どなくなった。
「霧が無くなった。そっちはどうだ?」
『とりあえず死体の浄化は終わったところだよ』
靄がなくなったことで鏡に映っているそれの姿が露わになった。
それは鮮やかな橙色の生き物——飛竜だった。
飛竜の体の至る所が痛々しいほどに抉れており、皮膚の内側が見えていた。
「これは、確定だな……」
重々しい口調で支部長が言った。
普通に死んだのであればこんなことにはならないはずだ。ましてや、死体の状態でこんな酷いことをするなんてありえない。と暗に語っているようだ。
『屍竜になっていないだけ幸運だったけど、飛竜の死体にしては状態が悪いね。自然死はもちろん討伐でもこんな状態にならないよ』
どうやらあの抉れは自然にできるものではないようだ。
ともなるとあれは人為的なもの、ということだろうか。
やはりリーゼさんの仮説は正しかったのだろうか。
「それで村の瘴気はもう問題ないのか?」
『……いや、やはり完全には払えていないようだね』
そう言いながら大きくため息をついた。支部長も頭を抱え、補佐のお姉さんに目配した。するとお姉さんは静かに退室していった。
「——リーゼ、今の状況を侯爵に報告する。詳細が知りたい。何か見つけたら逐一報告してくれ」
『わかった』
そこからは淡々と進んでいった。
村の様子を映しながら、村人と思われるものを見つけては聖水をかけ、の繰り返しだ。
映し出される村の状況は一見何の変哲もない。時折白い靄のようなものが見える程度だ。
しかしそこには人影はなく、ただただ静かに時が流れるのみだ。
「うっ……。ごめん、僕には無理だ……」
最初の村人らしきものが鏡に映った途端、ペニーがそう言って真っ青な顔で部屋を出ていった。
それを咎める人は誰もいない。なかなかに刺激的なものだったのだから仕方ないだろう。
戻ってきたお姉さんに支部長が指示を出して、聖水を使うたびにお姉さんが記録を取っていく。
他にも村の状況を示すようなものが見つかればそれも記録され、終わった頃には用紙五枚分の資料になった。
想像以上に凄惨な状況に、僕もペニーのように気分が悪くなってしまった。
最終的には死んで何も残らない、とされる瘴気の中に長時間さらされていたのだ。
肌がただれているどころの状態ではない。もはや肉すら溶け落ち骨が見えているものがほとんどだった。
中にはまだ子供だったのか、完全に白骨化してしまったり、その骨すら粉々になっているものもあった。
流石に元冒険者であっても耐え難いものだったらしく、支部長も脱力したようにソファにもたれかかっている。
資料を書いていたお姉さんは終始操り人形のように淡々と書き続けるのみで、鏡を見ようとすらしなかった。
それが正解だったと思う。
「一体なぜこんなことに……」
「村の資料を見る限り、飢餓によるものというのが妥当かと。飛竜を食べようだなどと考えるに至ったかどうかは謎ですが」
酷く疲れた様子の支部長の呟きにお姉さんが淡々と答える。
どうやら彼女もあの資料を確認済みだったようだ。
飢えに苦しんでいる村にたまたま飛竜がやって来て、それを村人が襲った。
ということなのかもしれないが、どうにも腑に落ちない。
そもそも高ランクの冒険者でさえも討伐するのが難しい存在を、どうやって市井の人が襲えたのだろうか。
「どうやってこんな事を成し得たのかも謎だな……」
「そのあたりは国の調査を待つしかないかと。それから支部長、侯爵閣下が直接話を聞きたいとのことで、こちらにいらっしゃるそうです」
「はあ? 閣下は今帝都だろう? ご子息じゃないのか?」
「ソロン様は現在領地の南方を視察中ですので、閣下と状況はそれほど変わりませんね」
妙に領主の状況に詳しいお姉さんに少し恐ろしさを感じながらも、自身の無知さを知った。
貴族どころかその周辺のことすら何も知らなかったのだから。
貴族の親子がそれぞれに遠出するなんて考えたこともなかった。
「——あのぉ~、終わりました……?」
控えめなノックとともに、ペニーが扉を小さく開けてそっと中を覗いていた。
よほど嫌だったのだろう。
「おう、終わってるぞ。そんなところにいないで入ってきたらどうだ」
支部長に言われペニーも気まずそうに戻ってきた。
同時に外が少しざわついているのが聞こえてきた。
そしてしばらくして部屋の扉が開き、入ってきたのはリーゼさんと焦げ茶色の髪の男性だった。
白髪がそこそこの割合で混じっているのでそれなりの年齢なのだろう。
「……キーメル侯爵! 一体どうやってここまで……」
「それはリーゼど……うっ……に無茶を聞いてもらって……うぅ……」
黒髪の男性は真っ青な顔で口元を抑えている。ものすごく体調が悪そうだが、大丈夫なのだろうか……。
「言わんこっちゃない。だからやめておけって言ったのに」
男性のそばに控えるように立つリーゼさんは隠す気もないかのように呆れ顔だ。
貴族相手にこの態度は、こちらもこちらで大丈夫なのだろうか。
「いやはや、まさかあんな方法だとは思いもよらず……、忠告はちゃんと聞くべきですな。しかし、まあ——良い経験をさせていただきました」
「一体何があったのか——は聞くのも野暮ですね。しかしまた、なぜこんなに急ぐ必要が?」
侯爵自身になにがあったのか聞こうとしたものの、途中で顔を引きつらせて支部長は話を変えた、ように見えた。
「自分の領民に不幸があったと聞いては居ても立っても居られないでしょう。自分の領地も治められずに国を治めるなどできますまい。陛下に許可をいただきましたので、数日中に調査団が来るでしょう」
「ちょっといいかい? 私達はもう帰ってもいいかい? 流石にこれ以上拘束されるのは不都合が多い。この子達も生活があるだろう」
リーゼさんがそのまま続きそうな報告を遮って言った。
僕たちが受けた依頼は、連絡が取れなくなった村の調査。
その依頼自体は疾うに終わっており、報酬も受け取っている。
今現在もこの地にとどまっているのは、偏に瘴気について知るためだ。
瘴気の対処法だけでなく、瘴気を浴びたあとの状態まで知った今となってはこれ以上ここに留まる理由はない。
必要な情報はすべて支部長やお姉さんが控えているので、現地に入ったわけではない僕やペニーに聞き取りをする必要もないのだ。
確かにリーゼさんの言う通り、僕たちにとっては不都合が多いだろう。
——しかし、やはり貴族相手に言い方というものがあるように思うのは僕だけだろうか……。
「ああ、済まないね。先程の礼はいつも通りに——」
「それは別にいいよ。というわけだから、アクセオ、帰らせてもらうよ」
リーゼさんの言葉に支部長は片手を振った。
それをみることなく退室したリーゼさんを僕とペニーは慌てて追いかけるのだった。
もちろん一礼するのは忘れなかった。
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あのあと、リーゼさんの好意で馬車を用意してもらい帝都まで帰ってきた僕たちは、ギルドで軽い昼食を取って解散した。
リーゼさんはユレイアで別れたのだが、相変わらず忙しそうで溜まっている近隣の依頼を今日中に片付けると言っていた。
まだ昼までに時間があったとはいえ、一体何件片付けるつもりだったのか少し心配になったが、それは僕がすることじゃないか、と忘れることにした。
ペニーは午後から簡単にできる依頼があれば、と言っていた。
僕はどうしたものか——。そう思いながら、まだまだ天高い太陽を見て外に繰り出すことにした。




