瘴気
リーゼさんの説明はこうだ。
瘴気の種類は二種類あるが、違いはその根本のみで、効果は同じらしい。
一つ目の種類は自然発生したもの。
こちらは出始めの量は多いが、総量的にはそれほど多くはなく、噴出場所から少し距離を取るだけで浴びたり吸ったりすることはないらしい。
更には濃度も低いので、出始めさえ吸わなければ多少は瘴気の中にいても大丈夫だそうだ。
喉や皮膚の痛みなどの違和感があればすぐにその場から離れるのが僕たちができる対処法だ。
二つ目は竜の死体から発生したもの。
こちらは量が多く、濃度も高い。絶対に触れてはいけないそうだ。
うっかり少しでも吸ってしまえばあっという間に意識を失って、そのまま最期だという。
ただし、こちらは死体というわかりやすいものがあるので気づきやすいという特徴がある。
状況から今回はこちらの可能性が高いそうだ。
一通りの説明を終えたところでタイミングよく支部長が戻ってきた。
片手に小袋と大量の書類を持っている。
「よし、まず報酬の支払いだ」
戻ってくるなりドンッと目の前のテーブルに小袋を置いた支部長に僕たちは首を傾げた。
「あの、依頼は帝都で受けたので、達成報告をここでしたとなると減額になるのでは?」
僕の問いに支部長は見た目通りの豪快な笑い声を上げた。少々うるさい……。
「もともとはこの支部で扱っていた依頼を、担い手がいないからってことで帝都に持っていっただけだ。こっちで満額支払うことに何ら問題はない。それからリーゼ、頼まれていた資料がさっき揃った。確認してくれ」
そう言って支部長は大量の書類をそのままリーゼさんに渡した。その多さに渡された方も困惑気味だ。
「急な頼みだったから仕方ないっちゃ仕方ないけど、渡し方ってもんがあるんじゃないかい」
小言を言いながらも書類に目を通すリーゼさんは真剣そのもの。
声をかけることもためらわせるほどだ。
量から読み終えるまでに少し時間がかかりそうに見える。
「あの、質問をしてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
「どうして瘴気のことを世間に公表しないんですか? これほど重要なことは安全のためにも公表するべきではないでしょうか?」
僕の問いを支部長は黙って聞き、じっと僕を見つめた。そしてゆっくりとした動きで口を開いた。
「……では聞くが、もしも明日世界が滅びると突然聞いたら、お前はどうする?」
「え?」
思いもよらない質問返しに僕はぽかんと口を開けたままだ。意図がまるでわからない。
「もしも明日、世界が滅びる……か、僕だったら安全な場所を求めてどこかに行こうとするかな。流石に身近な場所だと安心できないだろうし……」
呆けている僕を傍目にペニーが答えた。彼の答えも確かに可能性の一つのような気がする。
「お前ならどうだ?」
もう一度僕を見据えて訊ねる支部長。流石に答えない訳にはいかない。
「僕は……。……僕ならパニックを起こして何もできないと思います。突然滅びるって聞いてもイメージできないし、どうすれば良いのかもわからないし……」
僕の答えに支部長は大きく頷いた。
「そうだろうな。お前たち二人の考えはおそらく、多くの者が考えるだろう。では次の問いだが、国中のやつがそう考えたらどうなると思う?」
「…………。国中混乱して、国から人がいなくなる……とか?」
「——まあ、国外に逃げれば大丈夫と考えるやつはいそうだな。……国の偉い人たちはこう考えたんだ。そんな話をされたら国の経済も治安もメチャクチャなことになるだろうってな。さっきの問いは極端だったが、瘴気の話も似たようなものだ。結局のところ未だに得体のしれないものだからな。だから伏せられていた。知っているのはその存在を知っているやつらと関わる可能性があるやつらだけだ。その線引は国がやっている」
「……僕たちが聞いてしまって良かったんですか?」
「お前たちはとっくに存在を知った者だよ」
思わぬことに僕の手が震えている。知る必要のなかったことに首を突っ込んでしまったという後悔が過ぎる。
もしも、森の中でリーゼさんが気づかずに瘴気の中に入ってしまったら、と思うととても怖い。
存在を知らなかったとはいえ、知らなかったでは済まされない事態になっていたはずだ。
——しかし知っていたところで、それは変わっていただろうか。
おそらく結果は変わらなかったように思う。
だが、知っていたなら言い訳はできない。自己責任だ。
——もしかして、それを見越した意思確認だった……?
「話は終わったかい?」
書類を読み終えたのか、僕たちが黙ってそれほど経たずしてリーゼさんが訊ねた。
「ああ。どうだ?」
「明日の朝までに聖水はどれだけ用意できる?」
「聖水……? 小瓶に入っているやつなら五〇本は保管しているが……一体何に使う気だ?」
疑問符を投げかける支部長にリーゼさんはため息をついた。本当に支部長にこんな態度で大丈夫なのだろうか……。
「一部の瘴気には有効な手段だということは知らされていると思うんだけど?」
「は? ……………………あ。すまんすっかり忘れていた」
ポリポリと頭を掻く支部長をリーゼさんは酷く冷めた目で見ていた。「いいよ、どのみち説明しないといけないんだし」と投げやりな口調が続く。
「さっき瘴気には二種類あるって話したけど、竜の死体から発生している場合のみ、聖水が有効なんだよ。正確には瘴気にではなく、その発生源になんだけどね」
曰く、竜の死体に聖水をかけることによって、死体を浄化することができるそうだ。
浄化された死体からは瘴気が発生することはないということで、これで根本解決だ。
自然発生した瘴気は浄化するものがないため今のところ打つ手はないそうだが、竜の死体とは違って噴出するのは一時的なので、急ぐ必要がなければ放置で問題ないとのことだった。
「浄化した死体ってどうなるんですか?」
「そのまま残るね。どう扱うかは自由だけど、彼らも私達と同じように生きていたのだから弔ってあげることを個人的には薦めるね」
一息ついたところで支部長が思案顔でリーゼさんを見て訊ねた。
「竜の死体のことはわかったが、数がいる理由は何だ? 死体とはいえ竜の個体数は少ないんだ。一つぐらいならお前も持ち歩いてるんじゃないのか?」
竜はその圧倒的な力と引き換えなのか、個体数が非常に少ないことが知られている。
国内各地に行くことが多い冒険者でも一生に一度見ることができるかどうか、と言われるほどだ。
更にはその死体ともなると、遭遇する確率は更に下がる。
そもそも生態すら分かっていないのにそれを意図的に見つけるなどほぼ不可能だ。
そんな代物がいくつも転がっているとは到底思えない。
支部長が言いたいことはそういうことなのだろう。




