雑学的会話
僕たちは地図を頼りに森の中を歩いている。
鬱蒼というほどではないが、天を仰いでもあまり空は見えない。
木漏れ日で照らされた森の中はまるで絵画のように幻想的だ。
「アル、目的の村が林業を生業にしているのは知ってる?」
「ううん、そこまでは。それにこのあたりのことは全然知らなくて」
「あれ? もしかして帝都出身じゃない?」
「うん、僕は——」
そういえば身の上話ってしたことないな、と思いながら僕はどこから来たのか話した。
しかし村のことは話さない。
あまり知名度がある土地ではないこともあるが、話せることもないからという理由が一番大きい。
——決して、村のことが好きではないから、ではない。たぶん。
「そうだったんだ。全然訛りとかないからてっきりそうだと思ってたよ」
言われてみれば、帝都に来てから言葉で困ったことはない。
国の中心地から離れれば離れるほど、独自の文化が強ければ強いほど、閉鎖的であればあるほど、言葉にも違いが出てくるものだと聞く。
ロヒカルメ村はそのどれにも当てはまるのだから、そういったものがあっても不思議ではない。
「確かに……全然気にしてなかった」
「それは、アルノルトの地元が元々旧王国の土地だったからだろうね」
それまで黙って後ろからついてきていたリーゼさんが言った。
歩きながら僕とペニーは振り返って首をひねった。
「旧王国時代に言語の統一がされて、その土地で元々話されていた言葉が排除されたんだよ。今話されている訛りは帝国建国時に併合された国の言語によるものだね」
「へぇ~」
「なんで言葉を統一したんだろう?」
「さあね。偉い人たちの考えることなんてわからないさ」
「まあ、いろんな言葉を使われるより便利だからじゃない? ほら、言葉が分からなかったから知らなかった~って事にならないじゃん?」
「確かに」
歴史の勉強をしていなくても、旧王国時代のことは何かと知る機会は多い。
帝国が建国されてまだそれほど歴史があるわけではないというのもあるが、何かと口伝で残っていることが多いのだ。特に最後の王の悪政については。
それとセットで伝え聞くのは初代皇帝の伝説だが、実のところ結構盛られた話という噂もある。
知る機会が多いとはいえ、細かなことは情報があまり残っていない。
今の会話のように言葉についてはあまり意識することもないからか、旧王国ではどんな言葉が使われていたかとか、話題に上がることもない。
そんな雑学的会話をしていると、急にリーゼさんが僕たちを呼び止めた。
そこから動かないよう指示して、リーゼさんは前に立つと目的地に向かって腕を伸ばした。
「……………………。これはあまり良くないね」
伸ばした腕につけられた腕輪が先程から淡く光っている。どういったものなのだろうか。
「あれ……、奥の方の木、枯れてない?」
ペニーが指さした先、まだまだ距離がある場所の木が葉をつけたままではあるものの、他とは明らかに様子が違った。
葉だけではなく枝までもが垂れ下がり、まるで腐っているようにも見えなくはない。
それが一本だけではなく、辺り一帯がそうなっているようだ。
「二人とも、訓練は一時中断だよ。一度この先を調べてくるから、二人はここで待機だ。この線から先には絶対進むんじゃないよ」
リーゼさんは少し戻った場所の地面に線を引き、僕たちを下がらせた。
「一体何が……」
「……まだ確証がない。絶対にこっちに来るんじゃないよ」
そう言い残してリーゼさんは森の奥へと消えていった。
取り残された僕たちは、その場に座り込んで待つしかないようだ。
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地面に座り込んで待つことしばらく。
森の中でできることはほぼない。
ただただ、目の前に広がる光景の変化に目を光らせておくことと、何が起きているのかを推理することぐらいだ。
「ペニー、木が枯れる原因って何があるのかな」
「うーん、すぐに思いつくのは日照不足と薬品ぐらいだけど、ここまで明確に境界みたいなものがあるとなると当てはまらないんだよね……」
確かに日照不足が原因であれば、周りの木々にもそれらしい兆候があるはずだ。
しかし、そういったものは見受けられない。
近くで見ていないので見えていないだけかもしれないが、すぐ隣の木は青々と葉を光らせている。
そして、薬品の線もペニーと同意見だ。薬品が原因であっても、周りにも多少は影響があるはずなのだ。
ならば他に原因があるとみるべきだろう。
「あの腕輪がどういうものなのか分かれば少しは何かわかりそうなのに……」
「腕輪?」
ペニーが僕のつぶやきに首を傾げた。どうやら、リーゼさんの腕輪に気づいていなかったようだ。
「さっき、リーゼさんがあそこでなにかやってる時、腕輪が光っていたんだよね」
「光る腕輪かあ……。聞いたことないなあ。やっぱりそれもアーティファクトとか?」
「どうだろう? でも、色々持ってそうだよね」
「Sランクだもんね……」
そこで僕たちの会話は途切れた。
二人揃って目先の代わり映えしない景色を眺めている。
うっかりため息が出そうだ。
「……ねえ、アルの持っているもの光ってない?」
ぼーっと待っていると、不意にペニーが僕の荷物を指さした。
取り出してみると、リーゼさんから預かっている手鏡が光っていた。
それを覗いてみると、そこには妙に靄がかかったリーゼさんの顔が映っていた。
「ようやく気づいてくれた。まあ、こちらから連絡したときのことを言っていなかったし仕方ないね」
「あの、どうかしたんですか?」
「ああ、ちょっと面倒なことがわかったから一旦ユレイアに戻るよ。街で説明して、このあとどうするか決めよう。日も暮れそうだし、先に戻ってくれるかい?」
少し急いでいるのか、普段よりも早口で伝えられたそれに、僕はペニーをみることなく頷いていた。
どのみちリーゼさんを待つか先に戻るかしか選択肢はない。
リーゼさんの移動速度を考えると、先に戻るのが得策だと思ったからだ。
僕の反応を確認するなり鏡からリーゼさんの姿はなくなって、ただの手鏡になっていた。
「暗くなる前に森を抜けよう」
僕よりも先に立ち上がっていたペニーが言った。
どうやら確認するまでもなかったようだ。
僕は頷いて、走ってユレイアに向かった。




