キーメル侯爵領
キーメル侯爵領ユレイア。それが今回の依頼主であるギルドがある街だ。
この街にはキーメル侯爵邸もあり、侯爵領の中心地とも言える。
その割には帝都のような華美さはなく、どちらかというと田舎町という表現が近い気がする。
建物は全体的に低めで、空が広く感じる。
そしてそこかしこに田畑があり、様々な作物が育てられている。
「キーメル侯爵らしい街だよね」
「そうなの?」
貴族といえば、豪華に着飾りながら権力闘争に明け暮れ、下々のことは都合の良い駒ぐらいにしか思っていないイメージがあるのだが。
田舎者の偏見だろうか……?
ペニー曰く、キーメル侯爵家は功利主義で有名な家柄らしい。
代々国の宰相を務めており、その歴史は帝国建国よりも前から続く。
貧富・貴卑問わずその人個人の能力を重視し、それにあった役割を与えるという、言葉を選ばなければかなり変わった人たちなのだとか。
そんな人が治める領地は、貧富の格差はあまりない。
仕事を求めれば適性に合った仕事をあてがわれるお陰で、その日を生きることに苦労する、ということも少ないのだろう。
結果、自然と治安は良くなり、経済も安定するということだそうだ。
それに派手な暮らしを嫌うキーメル侯爵家の意向が反映されているかのように、街全体が質素なつくりが目立つのが、この街の最大の特徴かもしれない。
「何事もなかったようだね」
ちょうどペニーの説明が終わったところで、街の中からリーゼさんが現れた。
依頼の説明を受けてからまだ一日しか経っていない。
一体どうやって来たのだろうか。馬車よりも早く着くなんて。
「はい。これからギルドに行って詳細を確認します」
敬礼するような身振りでペニーが話し、スキップしそうなノリで街の奥へと進み始めた。
僕の疑問など気づく素振りもないまま先を行く彼を僕は慌てて追いかけた。
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「連絡が途絶えたのはもう二週間も前だ。地方とはいえ、それほど豊かな村でもないもんだから、いつもこの街に買い付けに来たり、行商の依頼があったりで交流があるところなんだが、二週間前からぱったりそれがなくなってな……」
冒険者ギルドユレイア支部で僕たちの応対をしてくれたのは、この支部の支部長だった。
元冒険者らしく、大きな体つきではないもののかなりしまった体格をしている。
そんな人物がなぜ応対しているのかというと、単純に人手が足りないからだそうだ。
ユレイア支部は領主の意向もあって街の相談事なども請け負っている。
帝都では依頼として扱うことができないような些細なことにまで人手を割いている影響で、所属している冒険者がそれほど多いわけでもないのだが、ギルド職員は常にフル稼働状態なのだそうだ。
「すれ違っているだけで、実は今も来ている、なんてことはないですか?」
「いや、それはありえない。それなら少なくても門番が姿を見ているはずだ。門番に気づかれずに街に入る理由なんてないだろう?」
「たまたま……と言うには期間が長過ぎる、よね? 何かやましいことがある可能性は?」
「おいおい、こう言ったら村の奴らには悪いが、なにか悪事を思いつくほど賢い連中じゃないぞ」
「唆されたという可能性も……」
「それを言われたら否定のしようはないが……」
ペニーと僕の質問攻めに支部長も困り顔になった。
まさかここまで根掘り葉掘り聞かれるとは思っていなかったのだろう。
先日の逮捕劇がある。もしかしたら村の人がなにか事件に巻き込まれている可能性も捨てられない。
それに、今回の依頼はCランク。
本来ならユレイア支部で対処されるはずだが、なぜわざわざ遠く離れた帝都に依頼が来たのだろうか。
「あの、そもそもどうして帝都に依頼を? このランクの依頼を受けられる冒険者はいますよね?」
「——ああ、いたさ。この街にいるやつはみんな気の良い奴らだ。だから近隣になにかあったと聞いて名乗りを上げてくれる奴らは多かった」
支部長の顔がどんどん曇っていく。
それに僕は思わずつばを飲み込んだ。
「だがな、村に向かったやつは誰一人として戻ってこなかった。まるでミイラ取りがミイラになるみたいに、な。残された情報はなにもない」
壁にもたれかかっていたリーゼさんが動く気配があった。
だが、やはり僕たちが主体となって動くことを重視しているのか、口を出すことはしなかった。
「つまり、今の村の状態を知る人はいない、か……。遠目に見ることはできないんですか?」
「できなくはないが、森の中にある村だ。外から見てわかるようなことなら見れるかもしれんが、村の中までは無理だぞ」
「うーん……」
「アル、ここはやっぱり直接見に行くしかないんじゃないかな」
ペニーの提案はもっともだが、こうも状況がわからないと対策のしようがない。
仮に何か犯罪の温床になっているのであれば、ある程度人員を確保する必要がある。
それに街の騎士団とも連携すべきだ。調べに行った冒険者が誰一人戻ってきていないのも気になる。
「ちょっといいかい? 村の状況がわからなくなる前になにか変わったことはなかったかい? 例えば、不審者の情報とか」
「いや、特には……。——そういえば、食料品の注文量が増えていたってのは小耳に挟んでいるな。でも祭りをやるときの量とさして変わらないぐらいらしいが」
ついに口を出したリーゼさんの問いに支部長は疑問符を浮かべながら答えた。
「近々祭りでもやる予定だったのかい?」
「いや? こんな時期ではなかったと思うが……。まあ、なにか慶事があればあるかもしれんな」
「そうかい……」
そんなやり取りを僕だけでなくペニーまでもが不思議そうに見ていた。
祭りの予定があるわけではないのに、祭り並みの食料を用意していた、というのは確かに不思議だ。
だが支部長の言う通り慶事があるのであれば、それは不思議なことではない。
田舎では慶事は村全体で祝う風習があると言うのはよく聞く話だ。
「あの、色々ありがとうございました。あとは直接確かめてみます」
ペニーと目線で合意して僕たちは切り上げることにした。
おそらくこれ以上わかることはなさそうだ。
席を立ち、部屋を出ようとしたところで支部長がリーゼさんを呼び止めた。
リーゼさんは僕たちに先に行くように言って、一人部屋に残った。
僕たちは部屋を出て扉を閉めると、息を潜めて扉に耳を当てた。
『この依頼はお前宛に出したはずだが……あの二人、大丈夫なのか?』
『まずそうなら止めるさ。……それにしても書いていないことが多すぎるんじゃないかい?』
『いや……その、低いランクにしておけば先に当たってもらえるかな、と思って……』
『それで、ギリギリCランクに収まる程度の内容にしたってことかい……。急ぎたい気持ちはわかるけど、こっちも死ぬほど忙しいんだよ。このあとだって、あの子達を見ながら五件はやらなきゃならないんだから……』
『すまん……』
中から聞こえる会話は親しい関係であることが窺われるほど砕けたものだった。
それにしても訓練の裏で依頼を五件もやるとは一体どんなスケジュールになっているんだろう。
「やばっ」
部屋の中から足音が聞こえて、僕とペニーは慌てて扉から離れて、ギルドの外まで走った。
なんだか今回はこんなことが多いような気がするが、今の状況は自分で招いたことなので仕方がない。
——しかし、盗み聞きしていたことはしっかりバレていたのだった。




