ギルマスの苦悩
ギルドマスターであるガリオンは頭を抱えていた。
とりあえず、一つの山場は越えた。
だがこのあと起こるであろう反発と、更にいまだ隠れている問題を暴かなければいけない恐怖と、上から下された命令で気が気ではないのだ。
ことの発端は一ヶ月前。皇城に呼び出された時のことだった。
皇城に呼び出されたときは概ね皇城でも奥に当たる居住塔の一室に通される。
その部屋の主である濃紺色の髪の青年は紛うことなき皇族である。
しかも現皇帝の年の離れた弟であるというのだから、何度来ても緊張せざるを得ない。
「いつも来てもらって悪いね」
「いえ……」
傷ひとつない顔に長身痩躯。
ぱっと見は戦いとは縁のない貴族のようだが、その実態は上位の冒険者に比肩する身体能力を持っている傑物だ。
近衛騎士の一部は彼が鍛えているという噂まであるほどである。
そんな青年はいつもと変わらない爽やかな笑顔でガリオンを迎えた。
しかしガリオンは知っている。
こうやって呼び出される時は決まって面倒事が待っているのだ。
「お互い忙しい身だし、単刀直入に話そう。このところ魔物が強くなっていることはもちろん聞き及んでいると思う。その原因におおよその目星がついた」
この青年は冒険者ギルドを管理する立場にある。
そのため、冒険者や依頼の近況は常に把握している。
下手をすれば冒険者ギルドのトップであるガリオンよりも詳しいのではないかと思わせることすらある人物だ。
彼の口からこの話題が飛び出ることは何ら不思議ではない。
更には国直轄の研究所もある。先んじて調べることも可能だろう。
「原因とは……」
「それについては機密だ。だが、この原因を解決できるのはリーゼしかいないことは確実だ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 原因は機密って——。それに、リーゼは既に手一杯ですよ!」
Sランクという立場上、リーゼは国の厄介事——もとい国からの依頼を一手に引き受けている。
その数も日に日に増えており、常に国中を走り回っている状況だ。
そんな彼女にしかできないともなると、必ず何かを取りこぼすことになる。
現在の冒険者ギルドにそれを受け止められるだけの実力者はいない。
「わかっているともさ。そしてここに来ての【不死鳥】の解散だ。確実に回らなくなるだろうね」
【不死鳥の息吹】の解散はまだ公になっていないが、彼が知っているのは不自然ではない。
それよりもガリオンにとっては後半のほうが問題だった。
ならばなぜ——。
そう問いかけてガリオンは察した。これは、かつてないほどの面倒事であると。
「——つまり、リーゼがいなくても回る体制を作れと?」
「そういうことだよ。それに、最近の質の低下もどうにかしなければならない。これ以上リーゼの足を引っ張る者が増えることは看過できないよ」
表沙汰にはなっていないが、冒険者の依頼未達成は見過ごせない状況になっている。
だが、基本的には何かに縛られることを嫌う者たちの集まりだ。
ギルドが締め付けを強化すれば確実に問題が生まれる。
故にガリオンは今まで手をこまねいていた。
それが市井の些細な依頼ならまだ良い。
期日超過をしてもまだ挽回できる程度のものだからだ。
だが、ランクが上がるにつれてそんな冗談は言えなくなっていく。
時には国民の生活に関わったり、時には人命に関わることもある。
だから、厳しいものは予めそれができるであろう者たちに割り振っていた。
その結果がリーゼへの一極集中状態だ。
【不死鳥の息吹】もある程度はこの歪さを緩和できていた。
だがそれでも間に合わない。
そして、その受け皿はもう、ない。
恒久的に存在できる組織であったのにも関わらず、だ。
「——殿下、レイモンの容態は」
ふとガリオンは訊ねた。レイモンは【不死鳥の息吹】のリーダーだ。
先日の依頼で負傷し、現在は研究所の医療班が治療を行っている。
「……状況は良くないね。息があるのが不思議なぐらいだよ」
「治る見込みは——」
「……良くて、五分五分、だそうだ」
淡々と、しかし苦虫を噛み潰したように答える青年にガリオンは言葉を失った。
実のところ、依頼のために出発した【不死鳥の息吹】のメンバーは全員かろうじて帝都に連れ戻された状態だった。
当然状況を報告できる状態ではなく、あれから数ヶ月たった今でも何があったのか把握できていないのだ。
そんな状況でもっとも可能性があるレイモンが回復するかは五分五分という事実。
せめて何が起きたのかだけでも分かれば良いのだが、とガリオンはため息をつくしかなかった。
「だけど、悪い話ばかりではないよ。【不死鳥】メンバーの状況から導き出される推測が私とリーゼで一致した」
青年は窓際に立ち、外をじっくり見るように言葉を止めた後、ガリオンを見据えて続けた。
「——瘴気だ」
ガリオンはそこまで思い出して、無意識に拳を机に叩きつけた。
現在の冒険者ギルドが抱えている問題は大きく分けて二つ。
一つは言われずとも分かっているリーゼへの極端な仕事の集中。
これは、青年からの提案で訓練と銘打って現在解消に向けて対応中だ。
もう一つは【不死鳥】が引退するに至った原因だ。
瘴気とは有毒なガスのようなものだが、その毒性がどのようなガスにも当てはまらず、どのような成分で構成されているのかも未だにわからない未知の気体ということになっている。
なっている——のだが、その発生原因については実は判明している。
一つは自然発生。大抵は地中から噴出する形で発生する。
もう一つが竜の死体だ。それ以外は今のところ見つかっていない。
それらがわかっていれば、【不死鳥】が陥った事態の裏に深刻な問題が見えてくるのだ。
第一にその時の【不死鳥】が受けた依頼ではどこかを掘るようなものではなく、自然発生の兆候もなかった。
運悪く噴出したその場に居合わせた、という可能性も無きにしもあらずだが、それにしては状況がひどすぎる。
突発的なことであっても即座に退避することは可能なはずなのだ。
ともすれば竜の死体を発見したのか、といえば、それもノーだろう。
そんなものを見つければ、突発的に瘴気が噴出した場合よりも退避は容易なのだから。
そして残されるのは、何者かが意図して【不死鳥】を陥れた、ぐらいだろう。
発生原因がわかっていれば予め仕込んでおくことは——理論上は可能だ。
【不死鳥】をおびき寄せ、作為的に瘴気を発生させれば、いかに高ランクの冒険者でもなす術なく浴びせられる——。
何者か、悪意を持った者が紛れ込んでいる。
それが青年とガリオンの考えだ。
先程の訓練では突然ふらっとやって来た青年の悪ふざけで何かと問題の多かった冒険者たちが連行されたが、その中に含まれているとは思えない。
むしろこれからが本番になるだろう。
「殿下の悪ふざけがなければなあ……」
天井を仰ぎ見ながらガリオンは呟く。
あれさえなければもう少し簡単に炙り出せたんじゃないだろうか。
そんな思いがよぎった。
「はあ……。サリュの事といい、頭が痛い……」
再び頭を抱えるガリオン。
それに近くで作業していた職員が振り返ったが、ガリオンはなんでもない、とだけ言って仕事に戻らせた。
リーゼの負担を減らすための訓練だったはずが、結局リーゼにすべてを任せる形になってしまったことにやるせなさはある。
しかし、形振り構っていられない状況でもある。
今度こそこれが最後だ。
ガリオンは自身にそう言い聞かせた。




