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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
2章 強化計画
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第一段階

 正午ちょうど。

 予定通り、強化訓練が始まった。


 会場に集ったのは、午前の集会に集まった数と同じぐらいではないだろうか。

 やはり昇格の可能性が大きかったのだろうか。

 かくいう僕は、昇格できるとまでは考えていないものの、冒険者としてやっていくために必要だと思って参加を決めた。

 何はともあれ、これほどの人数が集まることはそうそうないだろう。


 訓練は使用武器ごとにグループ分けされた。

 僕は剣を使うので、剣士が集められたグループに混ざっている。

 他にも盾や槍、弓、杖など殆どの武器タイプごとに分けられているが、魔法を扱う杖や本はある程度の広さが必要なことから別の場所に移っている。


「さて、始めようかの。じゃあ、まあ、とりあえず素振りを一時間かのう」


 剣の指導を行うのは、僕が訓練所でお世話になったモリガン老だった。

 今まで知らなかったのだが、この道ではかなり高名な指導者らしい。

 確かに齢八〇を超える老齢ながらその動きは現役の冒険者にも勝らずとも劣らない。


「はあ⁉ 一時間も素振りする必要はないだろ」

「若いのう。一時間では足りんとな?」


 モリガン老に噛み付いたのはあの痩せぎすの男だ。

 だが、相手はモリガン老。

 この程度の跳ねっ返りなどどこ吹く風だった。

 モリガン老の反応に男は顔を真赤にした。


「くそっ」

「じゃあ、全員素振りを一時間半のう。ただ振るだけじゃ意味はないから、ワシの手本を真似るんじゃよ」


 モリガン老は僕たちと同じ模擬剣を構え、それを振ってみせた。

 その立ち姿は、全く年齢を感じさせないほど背がすっと伸びており、正面から向き合えば隙など全くないことが明らかだった。


 モリガン老の合図とともに素振りを始める。

 ただの素振りとはいえ、これも訓練だ。なにか意味があるのだろう。

 僕は手本にできる限り近づくように全身の動きを意識しながら振り続けた。


 しばらくして近くの人がモリガン老に動きを直された。

 それまでどこかぎこちない動きをしていたその人の動きもスムーズになった。


 その後も適宜指導が入りながら素振りが続いた。

 そして——


「ああ! クソ! こんなのやってられねえ‼」


 痩せぎすの男が素振りをやめ、模擬剣を床に投げ捨てた。

 それにあたりは思わず素振りをやめてしまった。

 そのまま継続するのも危ないと判断して僕も模擬剣をおろした。


「堪え性がないのう……。お前さん、それでも冒険者かね?」

「うるせえ! 素振りだ⁉ この期に及んでそんな基礎なんかクソほども役に立たねえ!」


 男の言い分にモリガン老はふむ、と顎髭を撫でた。

 そしてあたりを見回すようにぐるりと視線を動かすと、僕の方を見てニヤリと笑った。

 嫌な予感がする。


「ちょうど良い。アルノルト、ちょいとこいつと打ち合ってみなさい」


 モリガン老が手招きをした。

 周りの人達がさっと離れていくのがわかる。

 あっという間に試合会場が出来上がってしまった。

 拒否権はないらしい。


「堪え性がないお前さん、基礎が役に立たんと言うなら、この子に勝ってみせなさい」


 訓練所時代、モリガン老には徹底的に基礎を叩き込まれた。

 つまり、基礎を固めている僕と基礎など不要という男の言い分どちらが正しいのか、今この場で検証するということだろう。


「へっ、新人冒険者に負けるわけねえだろ。ジジイ、俺のことを甘く見過ぎだ」


 男はモリガン老の合図を待つことなく僕に斬りかかってきた。


「えぇっ!」


 反射的に僕は模擬剣でそれを防いだ。

 かなり勢いがのっていたようで握っていた手が痺れた。

 そんな僕などお構いなしに男は再度斬りかかる。

 その剣筋スレスレの位置に僕は剣を出し、少し払う程度に剣を振った。

 すると男の剣がその手を離れ吹き飛び、空を回転して床に落ちた。


「え?」

「勝負ありじゃのう」

「は?」


 痩せぎすの男は何が起こったのかわからないようで呆けた顔をしている。


「何をされたのかわからんという顔じゃのう。今、何が起きたのかわかるものはいるかの?」


 モリガン老の問いかけに挙手したのは全体のおよそ三分の二。残りはよくわかっていないようだ。


「まあ、そんなもんかのう。アルノルト、先程お前さんは何をしたのか説明できるかのう?」

「え、ただ払っただけですけど……」

「なんと、この堪え性のない若者は、払われただけで握っていたものを吹き飛ばされてしまったそうじゃ」


 モリガン老の言葉に笑いが起きた。

 確かにちゃんと握っていれば普通ちょっとやそっとで手放すことはない。

 少し悪意のある言い方のようにも感じるが、この相手にはこれぐらいが良いという判断なのだろう。


「さて、では訊ねてみようかのう。なぜ、少し払われただけで手を離してしまったんじゃ?」


 モリガン老が痩せぎすの男を見た。その目は深く鋭い。


「いや、なぜって言われても。横から力が加わったら離れるだろ普通」

「ほうほう、横から力が加われば! つまりお前さんは武器を振っている最中に横から魔物が突っ込んできたら丸腰になってしまうのは仕方ないと!」

「そんなことは言ってねえ!」

「同じことじゃろう? なら、お前さんは魔物が横から突っ込んできても武器は手放さないとな? 先程アルノルトがかけた力は本当に僅かじゃよ。その数倍、数十倍の力にお前さんは耐えられると?」


 モリガン老の言葉に男は言葉を詰まらせた。その顔は再びみるみる赤くなっていく。


「くそっ! いつもの武器であれば……。そうだ! 武器のせいだ! こんな安い武器だからこんな事になったんだ! 俺の武器ならこんなことにはならない‼」


 よほど自身を正当化させたかったのだろうか。

 使用している武器はお互い同じものだ。

 訓練前に受付で渡されたものなのだから不正のしようもない。

 その理屈は通るはずもないのだが、彼の中ではそれが正義となってしまったようだ。


「本質に目を向けんお前さんにはこの言葉を送ろうかの。『達人の振るう木剣は、凡人の振るう鋼剣をも断つ』。この言葉は事実じゃよ」


 朗らかに語るものの目は笑っていなかった。

 このあとの態度次第ではモリガン老も強硬手段を取るつもりなのかもしれない。

 ぜひとも巻き込まれたくないものだ。


「……………………。——わかったよ。やれば良いんだろ。やれば」


 流石に痩せぎすの男も何かを感じ取ったのか、屁理屈にすらなっていない言い訳を並べることをやめたが、その様子はかなり投げやりだった。

 だが、モリガン老の琴線に触れるほどではなかったようで、モリガン老の表情から険しさがなくなった。


「分かればよろしい。さて、では素振りを再開するかのう」


 その言葉を皮切りに、すっかり忘れ去られていた訓練が再開された。




 どれほど素振りを続けたのか、終了を告げられた時には誰もが汗が滝のように流れていた。

 単純な動きであるにも関わらず、息も絶え絶えだ。

 中には床にへたり込んでいる人もいる。


「訓練ご苦労じゃった。これにて第一段階の訓練終了じゃ。一〇分後に第二段階が開始されるからこの場で待機じゃ」


 モリガン老はそう伝えて会場から去っていった。

 彼と入れ替わるように別の場所に移動していたグループが戻ってきた。

 どのグループもかなりの運動量だったようで、会場ははじめの頃よりも熱量が高くなっている。


「これにて第一段階の訓練は終了だ。これより第二段階を開始する。第二段階は別会場で個別に行う。名前を呼ばれた者は案内に従って会場に向かえ。それ以外の者はこの場で待機だ」


 いつの間にか戻ってきていたギルマスはそう言った後、名前を読み上げてまたどこかへ行ってしまった。

 別会場とやらへ向かったのだろうか。


 どのような順番で進行するのかわからないので、待機時間も未知数だ。

 手持ち無沙汰のまま僕は床に座って待つことにした。

 そして、程なくして不意に控えめに肩を叩かれた。


「君、大変だったね……」


 振り返ると、僕と同じぐらいか少し上ぐらいの見た目の少年がそこにいた。

 彼は優しげな垂れ目の目尻を更に下げて困ったような微笑みを浮かべていた。

 持っている武器は模擬剣。

 どうやら先程の打ち合いになっていない打ち合いのことを言っているようだ。


「う、うん……」

「あ、僕はペニー。元不死鳥メンバーなんだ。予備軍だけどね」


 ペニーと名乗る少年曰く、予備軍とはパーティとして主に活動するメンバーではなく、後進育成や組織運営などの裏方業務を行うメンバーのことらしい。


 【不死鳥】は貴重なAランクパーティということもあって、新人の教育も担っていたらしい。

 春先に見込みのある新人や若手に声をかけてパーティの予備軍として加入してもらい、閑散期などに手の開いている主要メンバーが手取り足取り教えていたそうだ。

 ペニーもその一環で不死鳥に入っていたという。


「そっか、それは残念だったね……」


 加入してまもなくパーティは活動休止、そして再開することなく解散してしまったのだから残念なことこの上ないだろう。


「まあ、大したことを教えてもらえずに解散しちゃったから……。でも何もなかったわけじゃないから、そこは感謝してるんだ。そういえば、さっきの教官とは知り合いなの? 名乗ってないのに名前呼ばれてたし」

「うん、訓練所でお世話になったんだ。多分覚えていたんじゃないかな。すごく都合良く使われた気がするけど……」


 僕の一言にペニーがクスリと笑った。少し羨ましそうにも見える。


「そういうことだったんだ」


 ペニーが言うのと同時に僕の名前が呼ばれた。

 僕はペニーに挨拶だけして会場を出た。

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