突然の休日
ワイルドボアの件から二週間。
あれが嘘だったかのように平穏な日々が続いた。
時々ドレークさんたちと一緒にCランクの依頼を受けることもあったが、基本はDランクの簡単な依頼で日銭を稼いでいた。——ワイルドボアの依頼で得た金貨にはまだほとんど手を付けていない。
今日もDランクの依頼を受けるつもりだったのだが……
「何かあったんですか?」
依頼の掲示板前には人集りができており、掲示板に近づこうにも近づけない状態だ。
「ああ、詳しくはわからないけど、何でもギルマスから全冒険者へ招集命令が出たとか」
近くにいた若い冒険者が答えてくれた。
彼もあまり状況を掴めていないようだ。
ギルマスからの命令は基本拒否できない。
かなり強い権限であるため、滅多に発動することはないものだと聞いている。
掲示板にその命令が貼られているようで、中身を確認した者たちが捌けていき人集りが減ってきた。
僕がそこにたどり着いたのは殆どの人が去ったあとだった。
「えっと……『重要な通達を行うため全冒険者は必ず参加すること。なお、当日を含む可能性がある依頼は、事前にギルドにて撤去済みである』……場所は……」
どうやら明日、ギルマスから何かしらの通達があるようだ。
依頼を理由に不参加者が出ないように先に手を打っているあたりよほど重要なことなのだろう。
その影響で既に掲示板には他に何も貼られていない。僕は大人しく今日は休日にすることにした。
突然得た休日をどう過ごそうかと考えあぐね、無意識に部屋に戻ってきていた。
貴重品は全て持ち歩いており、装備品以外に持ち物はないので、備え付けの備品しかない状態の部屋は酷く殺風景だ。
相部屋ということもあって、広さはあるものの、この部屋を使うのは駆け出し冒険者のみであり、駆け出しのうちは私物を買う余裕がないのが常なので、他の人達のスペースも似たようなものだ。
僕に割り当てられているベッドにダイブする。
少し固めだが弾力のあるそれが僕の体を受け止めた。
いっそこのまま寝て過ごそうか、と考えたがまだ日が昇ってそんなに時間は経っていない。
差し込む光から目をそらすように顔面をベッドに押し当てて大きなため息をついた。
ふと、ワイルドボアの依頼で得た金貨を思い出した。
【風矢と炎斧】のルールに則って僕に山分けされたそれは全部で四〇枚——馬車代はなぜかギルドが持ってくれた——。
これだけあればかなり良い所に二ヶ月は住むことができる。
しかし、僕の人生はたったの二ヶ月ではない。
その後のことも見越して、この金貨は有効活用したいところだ。
そう、なにか冒険者として役に立つものに——。
そこまで決まれば、あとは早かった。
僕はベッドから起き上がり、そのまま外へ出た。
僕が最初に向かったのは武具屋だ。
冒険者として身を立てるのならば魔物討伐はついて回ってくる。
先日のように強い敵と相対した時でも太刀打ちできるよう強い武器を手にしておくべきと考えたのだ。
——のだが、やってきた武具屋の扉には〝休業日〟の札がかかっていた。
しかし、帝都には他にも武具屋はある。僕は気を取り直して他の店に行くことにした。
そしてやってきた二軒目。
こちらも休業日の札がかかっていた。
とはいえ、店に繋がっていると思われる工房からは金属を打つ音が聞こえてくる。
店は閉まっているが職人は仕事をしているのだろう。
工房に顔を出すことも考えたが、店に出すものとして作っているものを直接買うのはルール違反な気がしてやめた。
結局帝都中の武具屋を巡ったのだが、その全てが休業日という不運な結果に終わった。
もしかしたら武具屋は休日を揃えているのかもしれない。
リサーチ不足であったことを反省した。
武器が駄目であれば、次は防具だ。
防具と一言で言っても様々だ。
胴だけを守るものもあれば、フルアーマーもある。
そのあたりは使う武器に合わせて考えるべきだが、まだ成長途中である僕にはあまり選択肢がない。
高いものを買ったとしても、体の成長とともにいずれ着けられなくなる可能性があるからだ。
なのでできれば武器を優先したかったのだが仕方がない。
武器と違って防具は防具屋という専門的に扱っている店はない。
基本的には武具屋が主に扱っているのだが、あいにくとそちらはすべて休業日。
残された選択肢は衣料屋といったところか。
ただし、衣料屋は普段着を主に扱っている店なので、武具屋ほどの品揃えはないし、防具としての性能や耐久性も劣ることも多い。
かわりに見た目が良いというメリットがあるが、魔物相手に見た目など気にする必要はない。
それが必要なのは人相手の仕事をする時ぐらいだ。
そんなことを考えながらやってきた衣料屋は帝都の中でもいくつか店舗を持つフランチャイズ店だ。
品揃えは随一、値段も良心的、ともっぱらの噂だ。
新人冒険者はよくお世話になるとゼインさんから聞いていた。
店先で営業中であることを確認して中に入れば、所狭しと並べられた衣服がまっさきに目についた。
女性物から男性物まで、子供から老人まで、貧民から貴族までとありとあらゆる層向けに品物が揃えられているようだ。
「お客様、なにかお探しでしょうか?」
店に入ってから程なくしてそう声をかけられた。
声の主は背が高く細身な男だった。ただ細長いというわけではなく、例えるならばひょろ長い……? そんな見た目をしている。
化粧をしているのか、目の周りが非常に強調されているのだが、残念ながら似合っていない。
この人に任せるにはいささか不安だ。
「え、えっと……防具を……」
「防具……?」
その時初めて店員と目が合った気がした。
その目に底しれない何かを感じる。
先程から危機察知のスキルが妙な警鐘を鳴らしている。
「お客様は新人冒険者、とお見受けしますが……ご予算はいかほど?」
訊ねる店員に素直に回答してはいけない気がして、僕はどう答えるべきか迷った。
そもそも相場がわからないので、どれぐらい必要なのかもわからない。
「えっと、どんな物があるのか見たいんですけど……」
「……かしこまりました」
縮こまってボソボソと答える僕に店員は訝しげな目をしたが、すぐに奥へ案内してくれた。
「この列はすべて冒険者向けの商品になります。お客様ですと、こことこのあたりがおすすめかと」
僕は言われた通り進められた品を手に取った。
どれも少し丈夫な普段着という感じだが、今使っているシャツよりはマシそうだ。
値段も銅貨五枚とお値打ちだと思う。
何着も持っていると荷物になってしまうので、二着程度に絞り込もうと僕が品を吟味し始めた頃に店員が再び声をかけた。
「失礼ですが、防具をお求めに当店にいらっしゃったのですよね?」
その問いかけに僕は意味が分からず「え?」と振り返って固まった。
「いえ、そういえば先日商業ギルドで話題になっていたことを思い出しまして……。なんでも武具を取り扱う商会、店舗に対して冒険者ギルドがかなり無茶な発注をしたとか」
どうやら武具屋が軒並み休業していたのは単に休業日が一緒だったわけではなく、冒険者ギルドが原因のようだ。
なるほど。恨むよガリオンさん……。
「実は……」




