火神たちのマシュマロ戦争に乱入したのは、130才の幼女でした
ここは神界のとある広場。一角には大量の薪が積まれています。
「時間、なのに……」
広場にいるのはただ一柱。火にまつわるあらゆる事象を司る神、「かれ」です。火の神のまとめ役のようなものですね。
「あっ。」
突然竜巻が起こり、かれの羽織っていたマントが風にさらわれました。周囲の木々が大きく揺れ、積まれていた薪が飛び散ります。
竜巻が弱まると、その中心にいる人物が浮かび上がります。それは火つけを司る神「チャッカ」でした。彼女は周囲を見回し、かれ以外に神がいないのを確認して満足げに頷きました。
「他の神はまだですね。私が二位です」
「登場のしかた……」
「神の力を示すには登場の演出が大事ですから。大亜神様だって――」
かれがチャッカの唇に、そっと人差し指を当てました。
「うるさい、よ」
かれはすぐに手を下ろし、チャッカからそそくさと離れていきます。そして薪の山のそばに腰を下ろすと、どこかから取り出した本を読み始めました。
「――かれ、その技を使うの、やめてください」
「……」
かれは何も答えません。それどころか、聞いてもいないようでした。かれは本の世界に没頭していました。チャッカは溜息をつきます。
「まったく、かれは。力は強いのに人間関係は下手なのですから。」
「……」
次に現れたのは、薪を司る神「まきじい」。ふっと、何もない空間に姿を現しました。
「儂が一位じゃな。まったく、近頃の若者は。時間を守らなくなっているからのう」
「かれが一位で、私が二位です。あなたは三位ですよ」
「んー、儂が一位じゃ。君の発音は聞き取りにくくてのう。ははは」
チャッカはため息をついて視線を落としました。そのとき、まきじいの上に影が差しているのに気づき、顔を上げます。
「リゼン、参上!」
「っ。危ないのう」
リゼンは一切躊躇せずにまきじいの頭にぶつかろうとしていたのです。まきじいは間一髪で避けたから良かったものの、当たったら大惨事だったでしょう。
「リゼンっ!まきじいの相手、お願い」
空から降ってきた彼女「リゼン」は、薪以外の燃料を司る神。まきじいとはいつも対立しています。
「任されたー。さあ、まきじい。時代遅れでみんな迷惑しているんだから、迷惑かけないでよね。耳の聞こえないフリとか、ね」
「んー。儂、チャッカと遊ぶかな」
まきじいはリゼンとの口論を避けるようにチャッカのほうへ一歩踏み出しました。チャッカはびくりと体を震わせます。それを見たリゼンは目を細めて笑い、二人の間に割って入りました。
「うるさい、時代遅れが。チャッカに近づくな。どうしてもって言うなら、僕と同じように証明してみな」
リゼンは空間に穴を開けました。穴の向こうに見えるのは、チャッカの遊戯ルーム「曲芸の間」です。
「やっ、やめろ」
「バイバーイ」
リゼンはまきじいをぽんと穴へと放り込みます。リゼンが手を振ると同時に穴が閉じ、まきじいは消えてしまいました。
「また爺を飛ばしたのね」
鈴のような声が響きました。どこか魅惑的で危険な響きを含んでいます。リゼンの背後に現れたのは、火の動きを司る神、「ユラギ」。リゼンは顔に怯えを浮かべると、大きく迂回してチャッカのそばまでやってきました。
「ユラギ、リゼンが怖がっています」
「笑っちゃうわ。今度はあなたが、私を追い出すつもりかしら」
チャッカは何も言わず、視線だけでユラギを咎めます。
「はじめる……」
かれの声は小さく、それでも全員にしっかりと届きました。二人は争いをやめ、リゼンもチャッカから手を離しました。かれも来て、神々は広場の中心に集まります。
「今日は何をするのかしら」
「ユラギさんともあろう方なら知っているんでしょ」
「ふふっ、リゼンが私に挑発なんてね。あなただって、何をするのか知らないでしょ」
「マシュマロ焼き大会だよ」
リゼンの言葉に、チャッカは当然とばかりに相槌を打ちました。中央に石を並べ、散らばっている薪をその上に置いて火をつけます。瞬く間に炎が立ち上りました。
「薪、マシュマロ……」
「たしかに、薪はあるのにマシュマロが無いよ。用意が悪いなあ」
準備は神見習いが行っています。失敗もたびたび起こるものです。いつものことなのに、かれは少しだけ眉をひそめました。リゼンはふっと消え、一瞬で大量のマシュマロを袋ごと抱えて戻ってきました。
「マシュマロ焼き大会、開始だよ」
「マシュのこと、わすれたの!?」
リゼンが持ってきたマシュマロの山から、甲高くて子どもっぽい声が響きました。もくもくと煙が立ち上り、ふんわりとした白い衣装をまとった可愛らしい少女が現れます。
「どーも、マシュちゃんだよ」
左手でピースを作り、目に近づけてウィンクという決めポーズに、神々から暖かい笑いが漏れました。
「だれかしら」
「マシュという名前でしょうね」
「マシュマロの神……」
「マシュマロ、買い足さないとだ」
ようやく周囲が反応しはじめると、マシュちゃんは思い出したように姿勢を正しました。マシュちゃんが敬礼のポーズをすると、またも神々から暖かい笑いが漏れます。
「わたし、マシュマロをつかさどるかみ、マシュちゃんです。百三十さいくらいだから、よろしくね」
神々が言葉を失いました。チャッカが呆然と呟きます。
「詐欺ですよ、これ」
その言葉で、マシュちゃんが困ったように笑いました。
「ふぁぁぁあ!」
「そういうの、ちょっと引くわ」
「だって、この子が百歳越えなんてユラギ、あなたはいいの?こんなこと、ありえない」
チャッカの全身が震えています。かれは一歩前に出て、静かに息を吐きました。
「……静かに。囲んで」
「はーい。みんなで火の周りを囲んで、キャンプファイヤーだよ」
騒ぎはおさまりました。全員で火のまわりを囲みます。かれ、マシュちゃん、チャッカ、リゼン、ユラギ。マシュマロもリゼンが補充してくれました。
「暗くしますね」
あたりは暗くなり、肌寒い風が吹きました。寒さを避けるように、神々が少しずつ炎に近づきました。
「お化けが出そう」
「怪談ならいくつか語れますよ」
「かいだんじゃなくて、『マシュマロやきたいかい』だよ」
マシュちゃんの強い主張に対して、ユラギは愛想よく微笑みました。マシュちゃんを見つめてゆっくりと首をかしげます。
「お酒、一口いかが? あたたかいわよ」
「はいっ、もらいます」
「待ちなさいっ。あっ、飲んじゃった」
ユラギが取り出したグラスを、マシュちゃんは照れながら受け取りました。チャッカはお酒を奪おうとしますが、ユラギにひらりとかわされます。
「みなさんも、どうぞ」
「未成年飲酒は反対です!」
「あら、でもマシュはとっくに成人しているのに。」
現実を突きつけられ、チャッカは目を白黒させます。何かを探すように手を動かして、そこにあったグラスを口元に運び一口飲みました。
「ふぅ。いい気分です」
「『マシュマロやきたいかい』なら、なんでわたし、よばれないのよ」
チャッカの顔もマシュちゃんの顔も、赤く染まっています。チャッカはそのままグラスを傾け、残りを一気に飲み乾しました。
「僕、眠るね」
「あれ、みんな弱いわね」
そう言ったユラギも、どこかふらついています。かれは冷静に、ユラギにたずねました。
「度数……」
「七十五パーセントって書いてあるわ」
「え。」
かれの顔がこわばりました。通常は、強いお酒でも四十パーセント台です。
「そんなに大変なのかしら。たった半分よ。ジュースは果汁百パーセントだし、混ざりものが多いほうだと思うけれど。」
「人なら死……」
「へー。人って弱い生き物なのね」
かれはリゼンを指さしました。布団を出して眠っています。チャッカは真っ赤な顔で、どこからか取り出したお酒をまた一気飲み。マシュちゃんはたくさんの薪と一緒に、夢見心地で踊っています。
「これが、私のお酒のせいなのね。それは、あやまるわ」
「ん。」
かれが手を叩くと、神々の酔いがすっと引き危険なお酒も跡形もなく消え去りました。
「あ、ありがとう」
「私、いま何をしていたのでしょう。記憶がありませんけど」
「いいじゃない、それくらい」
「じゃあマシュマロ焼き大会を始めますか」
「「はーい」」
すこし熱気の冷めた雰囲気のなか、マシュマロ焼き大会がゆるやかに始まりました。まずはそれぞれの焼き方を披露することに。
チャッカは薪を割ってつくった棒にマシュマロを刺し、炎の中に突っ込みました。もちろん、マシュマロに火がついてしまいます。
「あら、まっ黒じゃない。下手ね」
「成功です」
チャッカは串を振ってマシュマロの火を消すと、平然と口に放り込みました。さらに、串にマシュマロを十連刺しにして、またも炎の中に突っ込みます。十連刺しの焦げマシュマロが次々に生成されていきました。リゼンがまた一瞬だけ消えて、紙皿を持ってきてくれました。
「早く焼けるので、たくさん食べられるのです」
「ひとつ、もらうね」
「もちろんです。十連刺しを一本どうぞ」
マシュちゃんは丁寧に息を吹きかけて冷ましてから、小さな一口を食べました。十分に冷めたことが分かると、すぐに一本を食べきってしまいます。
「カリッとして、とろとろ。でも、まんなかとか、ねもととか、まだやけてないよ」
「もう少し焼きましょうか。もう一本食べますよね」
「いや、もういいや」
「えっ。」
落胆のあまり、チャッカの手が緩んでしまいました。火のついたマシュマロ串が落ち、芝生と薪に燃え移ります。たちまち、広場は炎に包まれました。
神々は慌てて空へと避難しました。ユラギが呆れたように言い放ちます。
「だからいけないのよ」
「申し訳ありませんねっ」
チャッカは顔をしかめて、とげとげしい口調でユラギに謝りました。
「ユラギさんにあやまるの、そんなにいやなんだね」
「だって、ユラギも火事になるなんて思っていなかったんですよ。それなのに事が起こってから『ほら、言ったわよね』みたいに。ユラギ、なにも言っていませんよね」
「リゼン……」
かれに促され、リゼンは空間に穴を開けました。穴から大量の水が流れてきて、鎮火されていきます。
「うみとつなげたのかな」
「いや。どっかの湖かな、たぶん」
鎮火はしたものの、広場がずぶぬれです。しかも、九割がたの薪は炭と化してしまいました。チャッカが広場全体を熱して水分を飛ばそうと試み、それは大方うまくいきました。ただ、温度を上げ過ぎて火事がまた起こりそうにもなりましたが。かれが止めて事なきを得たので大丈夫です。
石を敷き詰め、まわりの草を根こそぎ抜いたうえで、チャッカは残った薪で焚火をつくり直しました。
「次は私です。まったく、チャッカだけでどれだけ時間を使うつもりなのよ」
ユラギは炭を取り出し、火をともしました。時間がかかるからなのか、一気に数十個のマシュマロを焼いています。赤く光る熱でマシュマロがじっくり焼けていきます。
「時間がかかりすぎです。ユラギが一つ焼く間に、私は二袋焼けますよ」
「だから一気に焼いているのよ。それに、マシュマロは量ではなく質よね」
また火花が散ろうとしていたところに、マシュちゃんが割り込みました。
「あじみさせて」
「待ってくださいね。まだ焼きあがらないのです」
一番に焼けたマシュマロを、マシュちゃんは遠慮せずに受け取りました。
「どうぞ」
「おいしい。とろとろだよ」
「ふふ、ありがとう」
「マシュちゃん、ユラギのマシュマロにダメなところはないのですか」
「まつの、つまんなかったです」
チャッカは勝ち誇ったように笑い、ユラギをあざけります。ユラギも自分のことを棚に上げていると応戦しました。
「ぎゃっ、ねずみ!」
ユラギの悲鳴があがりました。忘れていた焼き途中のマシュマロ。それを食べようと集まってきた大量のねずみたち。
「私、虫は無理」
「むしじゃないよ。ねずみだよ」
ユラギがそうそうに空と逃げる一方、マシュちゃんは興味津々でねずみに近づいていきます。
「だめです」
チャッカは慌てて空間のゆがみを作り、すべてのねずみを自室である遊戯ルームへと送り込みました。
「ねずみ地獄だぇ!」
まきじいの悲鳴が聞こえてきましたが、穴は残酷にもすぐに閉まってしまいます。
「あーあ、まきじいがさらに大変なことになっちゃった。空間に穴を開けたいなら、僕に任せてくれれば良かったのに」
リゼンはそう言っていますが、言葉と裏腹に満面の笑みです。
「リゼンに任せたら、まきじいの服の中にでも入れそうです」
「そんなことしないよ。まず、ねずみにパワーエサをあげて」
「やめな」
かれの一言で、リゼンは口を閉じました。
「ねずみさん、いなくなっちゃいました」
「ごめんなさい。でも、ねずみは伝染病も持っていますし、危ないから触っちゃだめなんです」
今にも泣きそうな顔のマシュちゃんに、チャッカの手は行き場もなく宙をさまよいます。
「なんて、うそだよ」
「ウソ泣きですか!」
「ないてないもん」
チャッカは、マシュちゃんも嘘をつくと知ってもはや涙目ですが、それはそれとして。
「ユラギさんもハプニングを起こしたね」
「次はリゼンの番よ」
チャッカはユラギの声に反応してふと顔を上げ、すぐに駆け寄りました。
「ユラギ、ねずみを消したのは私です。感謝の言葉をください」
「嫌だわ」
「ねずみは殺したわけではありません。いまここでまた出すこともできますね」
「……ありがと」
ユラギは自分の服の裾を握りこんで言葉を絞り出しました。チャッカは得意顔です。そしてまた二人の争いが始まるかというとき。
「「生派かよ!」」
「ん。」
かれは、生のままのマシュマロを三つまとめて口に入れたのです。
「……リゼンを、見て。」
「僕の番だね」
かれに促され、チャッカとユラギはリゼンの元へ向かいました。
リゼンは淡々とマシュマロを焼きます。そして、焼けたものを残して一瞬だけ消え、山ほどのクラッカーを抱えて戻ってきました。リゼンは焼きマシュマロをクラッカーで挟み、二口で食べきります。
「わたしもほしい」
「あげる」
そう来ることは予想していたのか、すぐにマシュちゃんに渡されました。
「おいしい」
「感想はそれだけですか」
「うん。チャッカもたべようよ」
そう言われては、さらに追及できるわけがありません。チャッカは唇を噛み、リゼンの手からマシュマロを奪い取りました。
「盗人め、ここにいたか!」
場違いな怒声が響きました。チャッカは反射的に、奪ったマシュマロを後ろ手に隠しました。声の主は雑貨を司る眷属神「店長」でした。
「お前うちの店から、マシュマロとクラッカーと平らな石と地下水とイスを盗んだな」
チャッカは隠してしまったマシュマロを口に運び、一息つきました。
「自首をおすすめします」
「うそはだめだよ」
「犯人……」
「どうりでタダだったわけね」
神々はリゼンから距離を取りました。完全に見放されたリゼンは、大げさに肩をすくめました。
「じゃあ、遊んでくるね」
そう言ってリゼンは、店長とともに姿を消しました。残された神々は何事も無かったかのように話を続けます。
「あとはマシュちゃんよ」
自然と、まだ発表していないマシュちゃんに視線が集まりました。
「わたし、しんさいんです」
「審査員ですか。マシュマロを司る神ですからね。それが良いでしょう」
「ごめんなさい」
「誰も責めていませんから、どうか安心してください」
泣きそうな顔のマシュちゃんに、チャッカは慌てて対応しました。しかし、それもまた演技でした。チャッカは脱力してしまいます。
「さてと。マシュマロの焼き方ナンバーワンは、どうやって決めようかしら」
「うーん」
マシュちゃんは腕を組んで唸っていました。
「きめるね。ユラギさんの『のこりずみでとろーり』がゆうしょうだよ」
「まさかの独断」
「あら、うれしいわ」
「やくじかんが、わびさびなの」
ユラギはゆらゆらと揺れました。マシュちゃんは唖然としている一同をよそに講評を始めます。
「リゼンさんはよいとおもう。でも、ここにいないもん。どろぼうは、だめだよ」
「かれさん。なまは、しっかくだよ」
「チャッカさん。いっきにもやすのは、こころのじゅんびができないし、マシュマロをあじわってほしいな」
「はい」
チャッカが肩を落としていますが、それはそれとして。マシュちゃんは講評を終え、ユラギに命じました。
「ユラギさん、わたしをやいて。」
「えぇ、もちろん――え、なんて?」
ユラギは思わず素でこぼしてしまいました。マシュちゃんは自分の世界に入ったときのように、うっとりとした様子で語ります。
「わたしはマシュマロだから。さいこうのやきかたでやかれるのが、ゆめなの」
「マシュマロを司る神って、マシュマロとは違うわよ」
「とにかくわたしをやいて」
かれはため息をつき、出動しかけていた警察に「マシュちゃんは自殺志願者ではない」とメールを送りました。
「まさかマシュちゃん、いやマシュ様。私のせいなのですね。申し訳ありません。私これからマシュマロを味わうから、消えないでください、お願い」
チャッカはマシュちゃんの体を強くゆすりました。
「やめて、あたまがぐらぐらしちゃう。もうっ。ユラギさん、ちゃんとやいてよね」
マシュちゃんはその言葉を最後に、ふっと消えました。
「消え、ました?」
「それ」
地面にぽつんと置いてある、紙皿に乗ったマシュマロ。チャッカは反射的にそれを取ろうとしますが、ユラギに奪われました。
「焼くのは私に任されたのよ」
「それはマシュ様なのです。ユラギは神殺しになってしまいますよ」
言いながら、マシュマロを奪おうと手を伸ばします。ユラギに簡単に避けられました。話しながらもチャッカは何度も挑みますが、すべて避けられてしまいます。
「人聞きが悪いわね。マシュはこのマシュマロに、一時的に憑依しているだけ。」
「つまり、このマシュマロはいま、マシュ様なのです」
「嘘が、好き」
「嘘……?」
チャッカは手を止めて、かれの言葉を反芻しました。
「私を驚かすための嘘ってことですか」
「ん。」
「納得したかしら。焼くわよ」
ユラギは炭火の前に腰を下ろしました。いつの間にか出ていたイスも、リゼンがあの店から盗んだものなのでしょう。微かな音とともに、赤く光る炭がゆっくりと呼吸するように揺れています。
ユラギの手には、串に刺さったひとつのマシュマロ。彼女はそれを炭の上にそっとかざしました。マシュマロの表面が、ゆっくりと色づいていきます。白から、淡い黄金色へ。
香ばしい香りが、そっと鼻をくすぐります。ユラギは手首を返し、反対側を同じようにじっくりと炙りました。にわかにマシュマロがふくらみます。
マシュマロがきれいな飴色に色づき、その香ばしさが空気に溶けだしました。
「完成よ。チャッカ、食べる?」
「無理です」
「じゃあ私が」
マシュマロが、ふいに湯気を立てはじめました。最初は細く、そして次第に勢いを増し、蒸気は途切れることなく立ちのぼっていきます。みるみるうちに、白い塊は人影を作り出していきました。
現れたのはマシュちゃんです。彼女の声は湯気のように儚く、でも確かにそこにありました。
「ありがとう。うれしくて、わたし、じょうぶつしそうだよ」
それが、マシュちゃんの最後の言葉でした。
マシュちゃんはゆっくりと、静かに、けれど迷いなく空へと昇っていきます。まっすぐ、どこまでも。姿は次第に薄れて、やがて空気に溶け、完全に消えてしまいました。
静まり返ったなか炭火の赤い灯りだけが、ささやかに場を照らしています。チャッカは、ためていた息を静かに吐き出しました。
「消えてしまいましたね」
「このマシュマロ焼き大会、マシュちゃんが私たちに会いたくてセッティングしたのかしら、なんて。」
「違う……」
感傷にひたっていた神々のもとに、スーツ姿の会社員が現れました。彼も神見習いです。
「会議は終了いたしましたでしょうか。結果の集計に伺いました」
「私の勝ちよ。『残り炭でとろーり』ね」
「えっと。」
「マシュマロを残り炭でとろーり焼いた、私の勝ちよ。ちゃんと書いておいてよね」
スーツの人は困ったように言いました。
「本件は『真冬の薪分配』でございます。こちらに積まれておりました今冬用の薪を、火の神の皆様で分配していただく会議でございます。薪はすでに各保管場所に運ばれているのでしょうか」
「え?」
一同が硬直しました。
「でも、だれかが『マシュマロ焼き大会』だって言っていたでしょう」
「最初に言っていたのは、たしかリゼンね。彼女に嫌がらせでもしようかしら」
「どうせもう獄中でしょう」
その年の冬、火の神たちは一か所に集まり、震えながら過ごすことになりました。
そんな中マシュちゃんだけは、ふわふわの布団にくるまれながら焼きマシュマロの夢を見て、にこにこと眠っていたのです。




