憂鬱な初登校
「やっと…自由だ」
本当に、長かった。
今日から俺は、岡山桃高校に通うことになった。
立花優斗――両親が“優しい子に育ってほしい”って願いを込めてつけた名前らしい。
…でも、そんなこと、今となってはどうでもいい。
「ばあちゃん、行ってきます」
そう言って玄関を出た。
俺の目標は、誰にも関わらず、静かに過ごすこと。
他人なんて、信用できるわけがないから。
3月というのに、まだ寒い日が続いている。
春の気配は、桜のつぼみが膨らみ始めた枝先に、ほんの少しだけ。
祖母が編んでくれたマフラーを指先でなぞりながら、歩き始める。
商店街を抜けると、駅が近づいてきた。
「人が多いな…」
胸の奥が、ズキッと痛んだ。
前方に、父親とその子どもらしき二人が、楽しそうに話している。
「男なんだから、甘えるな」
頭の奥に、あの声が響いた。
嫌な記憶が、じわりと浮かび上がる。
優斗は、足を少し速めた。
無事に、予定通りの電車に乗れた。
人の多さに少し酔いながら、優斗は座席に身を預ける。
スマホを開く気にもなれず、ただ窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。
また、昔のことを思い出してしまった。
優斗の父と母は、どちらも浮気をしていた。
小さい頃から、夫婦仲は悪く、家の中ではいつも喧嘩が絶えなかった。
その理由は、いつも自分のことだった。
「お前がいるせいで離婚できない」
幼い優斗が泣いていると、父は言った。
「男なのに、泣くな」
そして、右頬を殴られた。
今朝の冷たい風が、頬に触れるたびに、あの痛みが少しだけ蘇る。