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厄災遺物ギデオン

 ◆


 生きた人間同士を繋ぐ思いは、金色の糸を紡ぐ。

 手紙の魔女アンバーが紡ぐ縁の糸は、生者のためのものだけではない。

 その手紙を書いた当人か受け取り人、どちらかの命が尽きていれば、手紙から伸びる糸は──徐々に光を失っていく。


「親父が、死にかけてるってことか」


 岩と石、濡れた下草と苔。

 険しい山道を急ぎながら、男は苦々しく呟いた。


「そういうことだ。急ごう」

「だが、この山を越えるなんて……道、わかるのかよ」

「問題ない。縁の糸は、受取人にだけ伸びてるわけじゃないの。差出人にも伸びてる」


 アンバーは、くっと目を細める。

 封筒から伸びる、くすんだ糸が二本になった。一本は貸本屋に延びている。

 そしてもう一本……山向こうに伸びる糸の先を追いかければ、いかなる山道でも遭難することはない。


「ふぅん、つまり……差出人と受取人の間をつないでる糸に沿って、手紙を届けてるってことか」


 男が言うと、アンバーは意外そうに目を見開いた。


「ほー。案外、芯を食ったことを言うね」

「別に、思ったことを言っただけだ」


 魔法とやらのことはわからないし、魔女の手紙屋が語る縁の糸など見ることはできない。だが、アンバーのことは信用に値すると、男は判断していた。

 だから、アンバーの語った話を自分なりに解釈したまでのことだった。

 

「そういうわけで、私が手紙を届けている間は迷子にはならないよ。むぐっ」

「……そんなに干し芋が好きなのか?」

「集落の名物なのだってね。おいしいよー」

「それにしても食べ過ぎだろうが」

「魔法というのは、お腹が空くんだ」


 むしゃむしゃと干し芋を食べながら、アンバーは山道を急ぐ。

 本当はこの干し芋は少し炙って食べたら、もっと美味しいだろうな──とぼやく。

 迷いのない足取りに、男はついていく。


 無駄口を叩く余裕はない。

 だが、沈黙のままに足を動かすには、長い道中だった。

 平地とは違い見通しが悪い山道だ。自然、アンバーたちと男の距離は縮まった。意地をはって、はぐれてしまうような愚を犯さずに済みそうだ。


「なあ、あんた本当に魔女なんだよな。あの、伝説の……」

「伝説かどうかは知らないけど」

「……本当に実在したんだな。魔術だの、魔法だの」

「魔女だの?」

「ああ」


 越境の厄災を退けた、強大な力を持つ存在。

 そういう伝聞と、干し芋をモリモリと食いながら歩いている不可思議な女が結びつかないのだった。


「いいよな。魔術ってのがあれば、なんでもできるんだろ」

「なんでもはできない。この世界の魔力も、昔よりうんと減っているから」

「魔力?」


 むむ、と男が首を傾げる。


「火を燃やすには、紙や薪が必要でしょ。火が燃やすのが魔術、紙や薪が魔力」

「なるほどな。わかるような、わからんような?」

「とにかく、人が道具を使って起こせる現象を即時起こしたり、大規模におこしたりすることは、魔術でできる」

「……待てよ、あんたの手紙運びは?」


 男の疑問に、アンバーは少しだけ立ち止まり、ニヤリと笑って振り向いた。


「うん。いいところに気づいたねー。これ、結構な高等魔術なんだ。理をねじ曲げる、奇跡に近いかも」


 ふふん、とアンバーは胸を張る。

 


「……地味な奇跡だな」

「奇跡ってのは、得てして地味なものだよ」


 アンバーが呟いた、その瞬間。

 大荷物も武装も物ともせずに歩を進めていたジィナが、ぴたりと止まった。


「……どしたの、ジ──」

「黙って」


 ジィナが鋭い声で、アンバーを制した。

 その視線の先に、蠢くものたちがいた。


 耳障りな甲高い音が、断続的に聞こえる。

 キィキィ、ジィジィと唸っている、キカイの兵士たち。

 人の形とはほど遠い、四つ足から上半身が生えているのっぺらぼう。


 この世界にもたらされた異形の厄災。

 ──ギデオンと呼ばれる、イカイから投入された侵略兵器だった。


「ギデオンかー……このあたりは討伐されてなかったのか」

「面倒です。ゲリラ戦をプログラムされているかもしれない」


 アンバーとジィナは、その場から動かず静かに言葉を交わす。

 男は震えをおさえながら、なんとか言葉を捻り出した。


「おい、ギデオンって……ギデオンって……」


 死を、意識せざるをえない。

 ギデオンとは、イカイが開発した機械兵だ。

 集団で押し寄せ、機械的に破壊し、機械的に殺戮する。

 ただ事前に計画された通りに、暴虐を遂行する。

 

 ──この山の中に配備されたギデオンは撤収も駆逐もされず、残っていたらしい。

 越境の厄災の負の遺産(といっても、正の遺産など何もないのだが)は、『厄災遺物』と呼ばれている。


「この山を越える人間がいないわけだね」


 呟いたアンバーに、男が食ってかかる。


「あんたら、なに落ち着いてんだよ! に、逃げないと……俺たちは」

「逃げる?」


 アンバーがくすりと笑う。

 ギデオンに命じられているのは、ヒガン人の殺戮だ。

 逃げれば最後、どこまでも追跡されることになる。

 そのまま人里に逃げ込めば、ギデオンを狩り場に招き入れることになる。


 ──ならば。


「頼むよ、ジィナ」


 人と人を繋ぐ手紙屋が、道半ばでギデオンと遭遇した場合の最適解。

 それは、破壊だ。


「了解」


 刹那のうちに、ジィナが──跳んだ。

 目にもとまらぬ、人間離れした跳躍だった。

 一瞬遅れて、ジィナの立っていた場所には、たくさんの旅の荷物を詰め込んだ背嚢がドサッと重たい音をたてて落下した。


 ギデオンは動く物体に反応する。

 彼らの胸部に取り付けられたセンサーが、一斉にジィナを追って動いた。

 ジィナに異形の群体による掃射が降り注ぐ……はずだった。


「遅いです」


 短く連続した銃声。

 どご、がき、という鈍い音とともに数体のギデオンが破壊された。

 ギデオンが纏う装甲を避け、関節部を破壊する見事な動作だった。


 そう。

 ジィナは、同期された動きをするギデオンたちが銃弾を放つ一瞬前に、モッズコートの中に仕込んでいた戦闘用鉈(マチェット)で数体を破壊したのだ。


 わずかに放たれたギデオンの銃弾は、ジィナを捉えることはなかった。


「は……? なんだよ、あれ」


 男の声が震える。

 なぜなら、ジィナの動きは人間のそれではなかったから。

 銃弾の速度を超える駆動、刃物ひとつでギデオンを破壊する怪力。

 ──すべてが、ありえないことだった。


「あんなの、人間じゃあないだろ!」


 男が叫ぶ。

 それに反応した周囲のギデオンの銃口が男に向く。


「ひっ」


 事態に気がついた男が、小さく悲鳴をあげる。


 銃声。銃声。銃声。

 轟音とともに。

 ……ギデオンどもの上半身が崩れ落ちた。


「え……俺、生きてる……?」


 横転したギデオンの四つ足が空を切り、やがて停止する。

 ジィナの放った短機関銃の弾が、ギデオンの間接部を貫いたのだ。

 本来であれば、フル・オートマチックで銃弾をばら撒く局面のはずだが、ジィナは単射モードのままで見事にギデオンを機能停止に追い込んだようだ。


「最悪です。銃弾が減ってしまいました。のーまねーなのに」


 ジィナが小さく呟く。

 銃はイカイからもたらされた武器だ。

 メンテナンスができる人物も、銃弾の補充手段も限られている。

 少しの無駄撃ちが、懐を圧迫するのだった。

 フル・オートマチックでの掃射など──ギデオン程度の相手に実行するなど、ジィナの選択肢にはなかった。


 嘆く間にも、ジィナは動きを止めない。

 山中に潜むギデオンどもの間を駆けて、破壊の限りを続けている。


 ──イカイのものは、イカイのもので破壊する。

 そう、これは極めて効率的な。


「うん、ジィナは人間じゃない」


 棒立ちのままアンバーが、男を振り向くこともなく言う。

 魔女のすみれの砂糖漬け色の瞳は、彼女の従者の戦いを見つめたまま。


「人間じゃないって……じゃあ、やっぱりあいつも魔女なのか!?」

「違うよ、彼女はギデオンと同じ。イカイからもたらされた物品だ」

「イカイ、の……?」


 高度な機械文明(イカイ)の産物。

 人と見分けがつかない人形。


「この世界への入植の際に投入された人型自立機構──それがジィナだよ」


 入植するイカイ人の慰めと護衛を目的として運用されていた、極めて人間に近い高機能モデルだ。

 さらに。

 ジィナには戦闘行為への参加にも耐えうる調整が施されている。


 子守から戦闘まで。

 あらゆる用途に対応可能な、戦う少女人形。


「……終わりです」


 絶え間ない銃声と爆発音を奏でて、ジィナは歌うように呟く。

 その次の瞬間、周囲に蠢いていたギデオンはすべて機能停止していた。


「制圧完了、おつかれさまでした」


 ジィナは、擬似呼吸のひとつも乱さずに戦闘状況の終了を宣言した。

 完全に沈黙したギデオンどもに目をくれることもなく、放りだしていた大荷物を背負いなおす。


 自律式人型キカイは、未知の彼岸(セカイ)に骨を埋めることになった人間たちの伴侶として投入された、模擬人格を有する機種だ。

 とはいえ。

 ギデオンと違うのは、個としての自律した行動原則を持っていることだけ。


 ──ジィナもまた、イカイからもたらされた厄災遺物のひとつである。



「おつかれさま。ありがとう、助かった」


 アンバーが労うと、ジィナはそっけなく返答する。


「いえ。ジィナはアンバーのお世話係ですので」

「だから、お世話係じゃなくて護衛だってば」


 すっかり腰の抜けてしまった男は、二人のやりとりをポカンと口を開けたまま眺めていたが。


「先を急ぎましょう。歩けないのでしたら、運搬します」

「う、うわ! いやいや、歩けるって!」


 見た目を上回る怪力を有するジィナに横抱き──いわゆる、お姫様抱っこの状態で運ばれる男だった。


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