3話 親友からの手紙(2)
そういうわけで、アンバーは公式書簡を送り届ける一団に加わることになった。
「まったく、あんな話を聞かされたら断れないよ」
「アンバーは、甘々ですから」
「む? 心外な。甘々な魔女なんて、かっこつかないでしょ。魔女には威厳が大事なんだから」
「そうですか。いつもお腹ぺこぺこで、喉もカラカラなので、甘々ひとつ増えたくらいでアンバーの威厳は揺らぎません」
「…………それ、すでに威厳ないって言ってる?」
馬車に揺られている間、アンバーとジィナは軽口をたたき合うことくらいしかすることがない。
タシスが率いる一団は『使節団』ということになっており、馬も車輪も宿も、連邦内のものは何でも使うことができるようだった。
実に快適な旅路だ。
「馬車とは豪勢だね。こんなに迷わずに済む旅路は久しぶりだなー」
「方向音痴ですからね、アンバーは」
「ばさっといくね、ジィナ。回り道が得意なだけだよ、私は」
アンバーの屁理屈を向かいの席に座って聞いていたタシスが肩をすくめた。
「それでよく郵便配達など……ああ、そうか」
「うん。普段は糸を辿ればいいからねー。っていっても、歩きやすい道を教えてくれるわけじゃないけど」
「そうなのか?」
「大きな岩を貫いて糸が延びてれば、回り道しなくちゃいけない。川があれば渡し船を探すし、そもそも曲がりくねった小道で迷ったりもするよ。どう歩けばいいか、わかんないし」
アンバーが手紙から紡ぐ縁の糸は、あくまで手紙を中心に人と人とを糸で繋ぐ魔法だ。
それを辿って、アンバーは宛先不明の手紙を受取人まで確実に手紙を届けることができる。
だがそれは、進むべき方向を教えてくれるだけだ。
目的地はひとつでも、道はいくつも存在する。
「岩も川も、魔法でどうにかならないのか」
タシスが素朴な疑問を口にした。
アンバーはちょっと考えてから、鼻を鳴らした。
「めんどくさいもーん」
手紙の魔法を使っている間は、他の魔法は使えない。
──それはアンバーにとって、絶対的な弱点だ。
タシスとの付き合いは長いが、それを知らせるほどに信用できる人物かはまだ判断がつかなかった。
それに、タシスだけならまだしも、今は郵便兵たちが周囲で聞き耳をたてていることだろう。
「面倒臭い……」
「うん。魔法って、なんでもお手軽にできるってわけじゃないんだよ?」
「そうなのか。まあ、そういうことであれば、我々のように移動ルートを前もって地図上で決めているほうが早いのは当然だろうな」
「でしょ? そもそも、正確な地図なんて下々には手に入らないしー」
詳細な地図が一般的に出回ることは、ほとんどない。
かつて存在していた地図も、越境戦役中に失われてしまった。
「馬車で移動というのも、ジィナは初めて経験します」
「だね。まあ、本当はケートラックのほうが早く到着できそうなものだけど」
「おい」
アンバーの発言を、タシスが聞きとがめる。
「連邦は戦災遺物を認めていない。滅多なことを言うな」
「今更でしょ……って、ああ。あの人たちね」
整備された街道をゆくのは、アンバーとジィナ、そしてタシスが率いる五人の精鋭郵便軍兵士。
アンバーたちを乗せた馬車の御者と、護衛の騎馬に分散している。
彼らは人型自律キカイを含めた戦災遺物を取り締まる連邦軍の人間だ。タシスとしては、戦災遺物に対するコメントは控えたいのだろう。
合計八名での旅だ。アンバーの旅に、このような大所帯は珍しい。
気ままな二人旅とは違って、軽口のひとつも叩けないのはなんだか息苦しかった。
「彼らに無用な詮索をさせないでくれ。優秀な部下たちなのだ」
「ま、たしかに腕利きだね。ここまでで野盗を三回も撃退したし。すごかったなー」
「ジィナも楽ができています、はぴねす」
──越境戦役以来、街と街が分断し、あちらこちらに魔物や戦災遺物が蔓延っている。
そうして、武力や機動力を持たない庶民は自由に行き来することはできなくなった。
馬車とみれば、野盗が襲いかかってくる世の中である。
「しかし、順調すぎるほどだね。街道がばっちり整備されてる。そのへんの都よりも馬車の揺れがないなんてね」
「……連邦からの支援は、継続的に紛争地帯に届けられている」
「なるほど。ジィナは理解しました。この道は、補給路」
タシスは頷いた。
なるほど、連邦所属の都市が奪取されないように連邦をあげて支援していたわけだ。
「向かっている街は、連邦としても失えない地理的・防衛的な要だ……イカイの思想に穢された独立都市国家ごときに明け渡してはならない」
「穢された?」
ちくり、と刺されたタシスはイカイ製のジィナをちらりと見て「すまない」と吐いた。
アンバーは溜息をつく。
「独立地域と連邦の都市の小競り合いかぁ……まったく、争いごとが絶えないね」
「ああ。越境戦役の当時のほうが、少しは平和だった……と皮肉を言う者もいるな。もちろん、彼らもたまたま戦災のただなかになかっただけにすぎないが」
「…………それで」
アンバーはタシスの政治談義には答えない。手紙の魔女には必要のない会話だから。
そのかわりに、タシスに聞かねばならぬことがあった。
「きみの友人が殺されたって話。すこし聞いてもいい?」
タシスの目が、わずかに泳ぐ。
「だって、紛争中に死んだ人が偶然きみの友人だった……ってだけで動くほど、きみは情に溺れる人ではないでしょう」
「はは。さすがだな」
力なく笑って、タシスが大きく息を吐く。
外にいる精鋭郵便兵たちに聞かれたくないのだろう、タシスは声を一段と落とした。
「私の……俺の友人はな、密偵だったんだ」
もういない人を懐かしむ声色だった。




