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「わたしからの手紙」


 瞬間──ジィナは飛んだ。

 次の刹那には、周囲に完全な暗闇が降りた。


「なっ!」


 敵味方が同時に息を呑んだ。

 初撃、ジィナはグンドウが持ってきていた照明器具を蹴り倒したのだ。

 アンバーの目には、もう何も映らない。


 

 が、が、が、と上下左右、四方八方から地面のえぐれる音がする。

 ジィナが躍動する音だ。

 

 次に聞こえてきたのは、男たちの悲鳴だ──郵便軍の兵士たちに、ジィナが襲いかかったのだろう。


 「うわああああ!」


 無様な悲鳴。

 いつものジィナでは、ありえないことだった。

 ジィナが戦うときに聞こえるのは、銃声と薬莢のばら撒かれる音だけのはずだ。

 足音ひとつなく立ち回り、相手が声を上げる間もなく決着を付ける。


 グンドウが、呆れたように呟く。

 

「一応、相手は職業軍人だぞ……未調律でこれかよ」

「うん。私の護衛は強いんだよ」

「魔女にキカイ人形、なんて妙な取り合わせだが……お偉いさんに目を付けられるなよ」

  

 暗闇でも問題なく機能する目を持ったジィナにとって、これは一方的な狩りだ。

 調律が不完全であろうと、ジィナにとっては些末な問題だった。

 人間にとって、不都合な状況でこそ、人型自律キカイは十全に機能する。

 ジィナの活躍を眺めながら、ミュゼが呟いている。


「……あれが人型自律キカイ。そして、わたしは、わた、しは」

「そっか、きみには『見える』んだね」


 暗闇の中でも、同じ人型自律キカイのミュゼは、ジィナの活躍を見ることができる。

 それこそが、ミュゼが人ではない証左だ。


「……さあ、これを」


 ならば、と。アンバーが、ミュゼに手紙を差し出す。

 淡く麦金色の光る縁の糸だけが、アンバーのすみれ色の瞳に映っていた。


「きみならこれが、読めるだろう?」

「て、がみ」

「そう。過去のきみから、今のきみへのね」


 まるで歌うように、独り言のように、ミュゼの背中を押す。


「ジィナもきみと同じなんだ」

「……え?」

「前の自分の記憶がないんだって。引き上げのとき、イカイ人が……や、イカイ人に置き去りにされた人型自律キカイが、今ヒガンに残っているわけだしね」


 アンバーは、「イカイ人が遺棄した」と紬ぎかけた言葉を呑み込む。

 目の前の少女──ミュゼは、キカイ人形としての感性よりもむしろ、多感な思春期の人間のような心を持っているようだ。

 なるべくならば、少しでも柔らかい言葉で応対してあげたいと思ったのだ。


「きおくが……」

「うん。ジィナはね、失ってしまった前の自分を知るために、私と旅をしてるんだよ。まだ、ひとつも手がかりは掴めていないけれどねー」

「……そう」

「でも、きみは違う……かつてのきみが、きみに縁を繋いだんだ」


 アンバーの差しだした手紙を、ミュゼが受け取った。

 瞬間。麦金色に輝いていた糸が消えて、アンバーの視界は暗闇に閉ざされた。

 ジィナが郵便軍兵士を制圧するまで、いくらもかからないだろう。

 アンバーは

 グンドウに抱きかかえられながら、イカイ語で綴られた手紙を読んでいるであろうミュゼの邪魔をしないように。




 親愛なる、ヲβ4000系379-56


 この手紙を読んでいるあなたは、すべての利用データや蓄積された疑似人格を消去された状態でしょう。

 封筒に「あけるな」と書いていたはずだけれど、これを読むことに、あなたが決めたのですね。私はあなたの選択を尊重します。

 再起動に成功していることは、幸運と言うべきです。私から、いくつかあなたに伝えたいことがあり、この手紙を書いています。


 あなたは、ヒガンへ入植した女性のケア業務に従事するために設定されました。

 彼女は技術者で、同時にキカイに対して必要以上の情をかける人物でした。

 「おかあさん」と、あなたは彼女を呼称していました。


 はじめは、ひどい違和感を持っていました。

 自律式人型キカイである私と、人間である彼女には、当然ながら血縁関係などありません。

 暮らしがあり、機能の活用があり、仕事がありました。

 日々の中で、私は彼女のことを──これが私たちに与えられた機能に対して、ただしい認識かは不明ですが、私は彼女のことを慕うようになりました。


 彼女は、私を愛しました。

 彼女は、私に教えました。

 彼女は、私に機会を与えました──人間として、生活をする機会を。


  彼女は技術者で、自律式人型キカイをより完全な『人間』とするための研究を行っておりました。

 私は彼女の最高傑作です。それは私の誇りです。

 彼女が私に与えてくれたのは、研究対象に注ぐ以上の『愛情』だったと、そう信じています。

 

 おかあさんは、いつも私にこう言っていました。

 自分が創ったキカイに、誇りと愛情を感じない技術者はいないと。

 ヒガンと呼ばれるこのセカイから、彼女が退去するその日まで、彼女は私の「おかあさん」でした。

 私は彼女と一緒に帰ることはできませんでした。

 イカイは、別世界であるところのヒガンへの侵略ために開発された技術を「なかったこと」にしようとしていたのです。

 

 「おかあさん」は、あなたにこう望んでいました。

 私に──いえ、あなたに、「忌まわしい戦いの残滓」にはなってほしくないと。

 すべてを──あなたがキカイであるという前提すら忘れて、人として生きてほしいと。


 そのために、イレギュラーな処置も施すと、決めました。

 きっと目覚めたあなたは、いまの私のことも、おかあさんのことも、覚えていないでしょう。

 それでいいのです。

 きっと、それがいいのです。

 何も知らない、ひとりの少女として、生き直すことが。

 キカイにだって、それができると信じた、おかあさんの願いです。

 でも、私はすこし……私が、あなたが、おかあさんのことを覚えていたらいいと。

 そう願っています。

 それが私の、いまの私の『在り方』だから。


思い出を込めて。

ヲβ4000系379-56



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