誘拐事件2
アンバーが提案したのは、至ってシンプルな解決策だった。
「俺が、あいつに手紙を書く?」
手紙の魔女は頷く。
グンドウがミュゼに対して、強い絆を感じていることは明白だった。そして、ミュゼからグンドウに対しても。
「縁が強ければ強いほど、求める心が切実なほど、手紙の魔法は強くなる」
「……あんたの魔法ってのは、相手がキカイでも有効なのか?」
「私が届けられない手紙はないよ……ほとんどね」
アンバーは、人差し指をたてる。
ミュゼを鮮やかに攫った手口、アンバーたちに尾行を気取られなかった手腕。
相手は明らかに手練れ──プロフェッショナルだ。
「グンドウ。きみの手紙が必要だよ」
「あぐりー。アンバーの言う通り、闇雲に探し回るのは得策ではありません」
「……その手紙ってのは、誰が書いたもんでもいいのか?」
「うん?」
グンドウの質問の意図をとらえかねて、アンバーが首を傾げた。
てっきり、こういう状況にでもなれば、グンドウとて手紙をしたためると思っていたのに。
けれど、どこか納得していた。
──あの、ジャンクの山に紛れるように仕舞い込まれていた、古い封筒を見ていたから。
「手紙の魔女さんよ。この手紙を、使ってくれ」
例の古い手紙を、グンドウが取り出した。
イカイ文字で表書きの書かれた封筒だ。
グンドウは、「ほら」と封筒をアンバーに押しつける。
「……俺があいつを見つけたとき、あいつが握りしめてた手紙だ」
「ミュゼくんが?」
「ああ、そうだ」
ふぅん、とアンバーは握らされた封筒を眺める。
本当はグンドウが書いた手紙で、ミュゼに繋がりたかったのだが。たとえそれが、たどたどしくても。走り書きでも。
「ミュゼが握りしめていたのなら、差出人か受取人……どちらかがミュゼの可能性がたかい」
「そりゃ、そうだけど……こんなときに?」
「こんなときだから、だ」
グンドウはくしゃりと笑う。
「こういう機会でもなけりゃ、この手紙……俺が死ぬまでこのままだろうからよ。それに……この手紙が、もしもあいつの『お母さん』とやらに繋がっているなら、そっちを辿ってやってほしい」
「……なるほどね」
「それに、一度くらい試してくれねぇか? ミュゼを攫ったやつらの目的は、俺の足元を見ることだろう。すぐに身の危険があるわけじゃないだろう……あいつは良くも悪くも、人と見分けがつかない」
人型自律キカイが、そうであるとヒガン人に知れてしまうのは、際だった無表情や平坦な声色のせいだ。
そして、ミュゼにはそれがない。
自らを人間だと信じ込み、人間として生きている。
「なるほど……時間的な余裕がある、とグンドウは推測しているのですね」
「まあ、平たく言えばそうさな」
「のーぷろぶれむ。それに、ジィナたちはキカイです。もし壊されても……スペアがあれば、こうしてまた修繕ができる」
未調律ゆえに上手く動かすことができず、ぶらぶら揺れる右腕を、ジィナが左手で持ち上げて見せた。
グンドウはジィナの言葉に苦笑して、「あんたは、キカイ人形らしくていいな。わかりやすいや」と小さく呟いた。
アンバーは「ああ、わかった」と頷いた。
ミュゼが口にした『おかあさん』への糸口を掴むことが、グンドウの本来の目的なのだろう。
「わかった。きみの願いを承ろう。……ただし、魔法は一度に、ひとつしか使えない……ミュゼくんの救出には、魔女の力は借りられないぞ?」
「ああ、それなら問題ねぇですよ」
グンドウが、ニヤリと笑う。
その手には、イカイ製の物騒な道具が、いくつも握られていた。
ハンドガン、グレネード、その他、アンバーが見たこともない得物たち。
ヤミ医者、ヤル気満々。
グンドウの目は、爛々と光っていた。
アンバーは思わず吹き出す。
「ぶっ! きみ、そんな血気盛んな性質だったかい?」
「血気盛んじゃなきゃ、あちこちから追い回されながら調律師なんかやってねぇや」
「いいね、気に入った」
正直、ただの人間程度ならば、本調子ではないジィナでも余裕で制圧できるのだ。
アンバーは封筒にそっと、口づけた。
麦金色の髪があわく輝き、封筒から不可視の糸が延びる。
「……いいだろう。縁の糸は紡がれた」
古い、古い。
イカイ文字で書かれた封筒の手紙。
それにたしかに、アンバーの魔法は反応して、差出人と宛先を結ぶ糸を伸ばした。
初めて魔法を目にするグンドウが、思わす息を呑む──が。
「……んふぇ?」
荘厳な光の中、アンバーはマヌケな声をあげた。
「なんだよ!」
「いや……ん? うん、と……なんでもない!」
「まじで、なんなんだよ……」
いぶかしむグンドウに、アンバーは「ごめん、ごめん」と軽く謝った。
「気を取り直して……行こう、ミュゼのもとに。──縁の糸が、導くままに」
封筒から伸びる、一本の糸をたどって、アンバーたちは出発した。




