ヤミ医者と孫娘2
「こんふゅーじんぐ。あまりに奇妙です」
ジィナが口を挟んだ。
同じ人型自律キカイとして納得できないことがあるらしい。
「キカイは機体固有の識別信号を発しているはずです。ミュゼから、ジィナは信号を受信しませんでした」
人間そっくりに作られている人型自律キカイたち。
だがキカイ同士は、相手が発する信号によりキカイか人間かを識別することができるのだ。
「ジィナはミュゼを自分の同類だと認識できなかった……?」
「はい」
ジィナが頷く。
「彼女は識別信号の発信を放棄していました……識別信号による通信は、自律式人型キカイの義務です」
「義務ねー。まあ、それはイカイの決まり事なんだろうから、今は置いておくとして……ヤミ医者、きみの娘のことをもう少し詳しく聞かせてくれない?」
アンバーに、グンドウはわずかに沈黙する。
それからゆっくりと薄い紅茶を一口飲んで、グンドウはミュゼとの出会いを語り始めた。
「あいつは……ミュゼは自分を人間だと思ってる」
グンドウとミュゼが出会ったのは、今から何年か前のことだった。
◆
──数年前のことだった。
小さな砂漠にある、小さな町にグンドウが住まってから、それなりの年月が経過していた。
ある朝、グンドウは思った。
そろそろ潮時か、と。
越境戦役で荒れ果てたヒガン。そのなかでも特に辺鄙な砂の町にも関わらず、このところ身の回りが物騒だった。
イカイ製の戦災遺物を修理するキカイ調律士のことを、よく思わない者たちも多い。
その砂の町はいわゆる過疎化した観光地だった場所で、不毛で不便なゆえにイカイからの侵略を免れていた。隠れ住むにはうってつけで、実際に生活は快適だった。
最初に調律したのは、オンボロの記録用キカイだった。
町を支える商会が、帳簿や名簿を管理するのに使っているもので、グンドウによって動きのよくなったキカイに商会は気を良くした。
次に、行商人たちが乗るケートラック、運搬用キカイ、その次は、その次は……と仕事を請け負うようになった。
今までの町と同じく、よく儲かった。
キカイ調律士は単純に珍しい。グンドウはどの街でも、金に困ることはなかった。
砂漠の町でも、やはり生活は順調で、おのれの腕一本で悠々と生きることができた。
腕のいいキカイ調律士がいる、という噂は少しずつ広まった。
噂は噂を呼び、はじめはキカイの調律や修理を求める客を呼び寄せて、しだいにグンドウの敵を誘き寄せるようになった。
……襲撃は、夜に行われた。
金で雇われたのか、あるいはイカイにまつわるすべてを恨む者による凶行か。グンドウを害そうという明確な意図をもって実行された襲撃から、グンドウは難なく逃れた。
強盗のフリをして押し入ってきた刺客は、金目の物には目もくれずにグンドウを襲った。
マヌケめ、とグンドウは思った。
おおかた、イカイにまつわる物をすべて憎む過激派に雇われて、イカイ製のキカイを扱うヤミ医者を成敗しようとしたのだろう。
今まで、何度も同じような目にあってきた。
避難用にスペアを用意しておいた最低限の調律道具を携えて、次の隠れ家を探そうと砂漠の街をあとにする。
慣れたものだった。
いつもの、ことだった。
ただ、ひとつだけ普段の逃避行と違うことが起きた。
人目を避けて通った森の中。朽ちかけた小屋で、あるものを見つけたのだ。
一体の、自律式人型キカイだった。
小屋はイカイ人たちが使っていた拠点の残骸だったのだろうか。
劣化して、抜けてしまった床板の下に、その人型自律キカイは隠されていた。
酷く汚れて摩耗していたが、目立った破損や欠損もなく、ただその機能を停止していた。
鳶色の髪と、あどけない顔立ち。まるで人間のようだ。
(……死体かと思ったじゃねーかよ)
バクバクと脈打つ心臓を抑えて、グンドウはそのキカイ人形をじっと観察した。
眠っているみたいだ、とグンドウは思った。
床下に隠されていたことも含めて、かなり大切にされていたキカイなのだろう……とグンドウは推測した。
……ほんの気まぐれだった。
グンドウは手持ちの調律道具で、そのキカイ人形を修理することにしたのだ。
眠る少女型の自律式キカイは、ごく一般的な規格だった。
難なく修理・修繕、そして調律を進めるグンドウは、少しの金にもならない作業に夢中になっていた。
ずっとキカイいじりが好きだった自分を思い出そうとしたのかもしれない。
疎まれる仕事であっても、ひとところに住むことすらできなくても、続けたいほどに──。
自分がただ純粋にキカイいじりが好きだったのか、グンドウはもう思い出せないでいたのだ。
──再起動。
グンドウの仕事は、完璧だった。
部品と部品が噛み合って、イカイ製の内炎機関が駆動する。キカイ人形の擬似人格が立ち上がっていく。
打ち捨てられていた自立式人型キカイは、目を開けて、言った。
……おかあさんは、どこ?