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2話 侵略者からの手紙(1)



「──交渉成立だ、持っていけ」

 

 石造りの屋敷の一室。

 大窓を背にした白髭の男は、しかつめらしい表情で小切手に少なくない金額を書き入れ、サインをする。

 それを受け取ったのは、麦金色の髪をした若い女だ。

 ほれ、と男は小切手を差し出す。

 

「受け取れ。アンバー」

 

 アンバーと呼ばれた女は、旅に汚れた綿入りワンピースを恥じることもなく、堂々と男の前に立っていた。


「毎度どうも、タシス局長殿」


 受け取った高額手形をひらめかせ、アンバーは慇懃に礼をした。

 ここにきてやっと、被っていた大きなつば付き帽子を脱いだアンバーを、タシスと呼ばれた男は呆れた表情で眺める。


「ふん、下請けご苦労だな。連邦郵便省の名を汚すなよ」

「ご心配には及ばないよ。君らが届けられない手紙は全部、この手紙の魔女にお任せを」


 尊大な台詞である。

 けれど、タシスはそれ以上は言い返せなかった。

 連邦郵便省は、ごく限られたエリアの手紙しか集配することはできない。

 エリアから外れた、あるいは何らかの事情を孕んだ郵便物については、時折アンバーが配達を請け負っているのである。

 もちろん、有料で。

 当然のごとく、時価で。


「って、ごめん。君、また老けた……?」

「うるさい。お前から見れば、誰でも老け込んで見えるだろう」


 白髭の男──タシスは、実際はまだ壮年と呼べる年齢だが、気苦労のせいなのか老けて見える。彼はイカイからの侵略で衰えたヒガンにおいて郵便事業を行う数少ない機関『連邦郵便省』の人間だ。気苦労が絶えないのだろう。

 詰め襟の士官服をきっちりと着込んだタシスからは、生来の生真面目さと、それが徒となった偏屈さが滲み出ている。

 だが、それはアンバーはそれを好ましい性質だと思っているらしい。

 アンバーが手紙の魔女として交流を続ける数少ない人間のうちのひとりが、このタシスである。


「しかし、珍しいこともあるものだ。お前から仕事をとりにくるなんて」

「ちょっと、通貨が入り用でねー」

「……通貨か」


 タシスは葉巻入れから一本の上物を取り出し、鼻先に近づけた。

 煙草が手放せないタシスであるが、郵便局内で火を付けることはない。葉巻の香りで、紫煙切れの焦燥を慰めているのだ。


「ところで、いつもの物騒な小娘の姿が見えんな」

「……あー」

「金が入り用なのは、あれ絡みか」

「んー、ご想像にお任せするよ」


 タシスは葉巻をくるくると指先で弄ぶ。


「……あまり面倒なものを持ち歩くなよ。いよいよ帝国領土では、イカイ製の武器の流通や修理を行う人間の摘発を本格化させるとか」

「いまだに手紙の一通もまともに届けられない人間様が、聞いて呆れるね」

「おい、俺はこれでも心配して──」


 旧知の男の言葉を無視して、アンバーはくるりと踵をかえして石造りの部屋を後にする──間際に。


「ああ、そうそう」

 ぽん、と手を叩いてアンバーが振り返る。


「小娘じゃない。ジィナにはジィナっていう素敵な名前があるんだよー?」


 次はないぜ、とタシスを指さして、アンバーは軽やかに局長室を後にした。

 麦金色の髪に、大きなつば付き帽子。たっぷりとしたワンピースにマントや綿入れを重ね、身体のラインをすっかり隠してしまっているアンバーの姿は、少女のようなまま老いた女にも、まだ垢抜けない少女にも見える──出会った頃から少しも変わらない姿の魔女を見送って、タシスはふっと吐息を漏らした。


 ◆


 郵便局を出たアンバーは、街外れの広場に向かった。

 喧噪の中に相棒のジィナを見つけて、「おーい!」と大きく手を振る。

 

「ごめんごめん。お待たせしたねー」

「いえ。待機に対して、謝罪は必要ありません」

「ちょっとふくれ面とかしてもいいよ」

「……アンバーの欲求を満たすためにですか?」

「ちがうってー! 相棒への軽口って、なんかいいじゃん」

「のーさんきゅー。やっぱりアンバーの欲求のためじゃないですか」

 

 広場の片隅にある銅像の台座に座っていたジィナが、ひょいと立ち上がる。

 白い洗いざらしのシャツに、サロペットつきの短パン。大きすぎるモッズコートをマントのように肩にかけて羽織っているのは、右腕を三角巾で吊っているからだ。

 大型魔獣・火熊との戦闘で追った破損である。

 そう、破損だ。


 ジィナは、人間ではない。

 この世界──ヒガンで生まれた存在でもない。

 かつて、このヒガンに侵略をしかけてきたもうひとつの世界、イカイで製造された人型自律キカイと呼ばれる工業製品だ。

 厄災戦役の後、アンバーが川沿いにある村で放棄されていたジィナを見つけ出した。それ以来、こうして一緒に旅をしている。

 ジィナは放棄される以前の記録を保持していない。

 かつてイカイによって創られて、何かの目的で運用されていたはずだけれど、それが何だったのかはもう分からない。


「アンバー」


 広場を歩くアンバーに、ジィナが声をかけた。


「んー」

「何度か伝えていますが、ジィナの右腕の修理に緊急性はありません。機能は53%ほど低下していますが、戦闘時にはかろうじて機能するかと。のーぷろぶれむ」

 

 アンバーは、くるりとジィナに向き直る。

 つい、とジィナの鼻の頭に指をつきつけた。

 

「だーめーでーすー。ちゃんと修理しなさい」

「……費用がかかります。アンバーはいつもお金に困っているでしょう」

「必要経費だよ。ジィナの腕には、それだけの価値がある」

「かち」

「そう。手紙魔術を使っていると、私は他の魔術を使えない──無防備ってわけだ」

 

 一度に使える魔術は、一つだけ。

 世界の理に干渉するような術は、いくつも並行して行使できない。

 魔女と呼ばれるアンバーにとっても、それは制約として課されている。


「だから、ジィナには私の手となり足となり、私を助けてもらわないといけないんだよー? それなのに、右腕が一本欠けてたら大問題だよ」


 うんうん、とアンバーは自らの主張におおいに頷く。


「いやむしろ、私の分の腕も生えててほしいくらいだ!」

「……腕を四本にしろと」


 そういうアタッチメントもあるかもしれません、とジィナ。

 アンバーは「あはは!」と笑って歩き出す。

 タシスが回してくれた仕事のおかげで、ある程度の資金はできた。

 あとは──移動するだけだ。


「ってことで、出発は明日だよ。きみの右腕を修理しよう」

「わかった。了解」

「さーて、あとは手紙を書くだけだねー」


 街から街を移動するのは、手紙の配達を請け負ったとき──それがアンバーの『手紙の魔女』としての在り方だ。

 だから、これから出向く先に行くための手紙きっかけをときにはアンバー自ら届ける手紙を用意する。


「……できれーす」


 ぼそ、とジィナがつぶやいた。

 それはちょっと、聞き捨てならない。


「違う違う、根回しは大事だよー。ちゃんと、修理依頼を書かないと」


 そう、根回しは大切だ。

 『キカイ調律士』というのは、だいたいが偏屈で気難しいのである。




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